表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蠱竜陀 -最凶の四人で『蠱毒』してみた-  作者: 節兌見一
第一章『虫斬り雹右衛門』
1/32

1-1 逝原 -Killing Field-

完結まで毎日更新(予約投稿済)

「今年の夏は暑すぎる。人間ごみが増えすぎたせいだな」


はらの都では、ねったいが続いていた。

もうけだというのに、どこからかセミの鳴き声がしてやかましい。

あまりに気温が高いから、きっと昼だとかんちがいしているのだ。


涼しげなのは、空高くにる青白い月ぐらいなものだろう。


いくさでも起きてあたまかずが減れば、きっとまた涼しくなる」


遠くにはらじょうと月を眺めながら、さむらいはぼやいた。

骨に皮を貼って服を着せただけのような、やせ細ったさむらい

しかし、その目だけは炎のような力強いがんこうはなち、輝いている。


さむらいは、名をさいばらざんといった。


「なあ、そうは思わねえか?」


ぼーっと空を眺めていた禍山は、ふと背後の暗闇へとかえった。


「出て来いよ。さっがダダれだぜ?」

「……っ!」


物陰からちょうにんがひとり進み出て、禍山かざんの前に立ちはだかった。

中年の男だ。

目の下には、泣きらした後のような深いくまが刻まれていた。


えんりゅうけんじゅつどうじょうの主、さいばらざんだな」

「おう、何の用だ?」

「とぼけるな。お前たちえんりゅうまちむすめをさらってはらんぼうし、しょういんめつのために殺してているのは知っている」


ちょうにんは、鬼のぎょうそうざんをにらんだ。


「娘を、おきくを返せ……ッ! この、どうめ!」

「んぁー? 一般人パンピーかよ」


ざんはどうでもよさそうにあごさきをかいた。


「女子供なんざ、つまらんから俺は斬らんぞ? そういう悪さは、『えんりゅう』の名前を貸してやってるおいの仕業だな。文句なら、道場で酒飲んでるロクでなし共に言ってやってくれ」


とうしいと言わんばかりに立ち去ろうとする禍山に、ちょうにんぞうを強めた。


「ふ、ふざけるな! 『えんりゅう』のせいで、いままで何人が泣きを見たと思っている! りゅうの罪、キサマが死んでびろ!」


ちょうにんは、背負っていたながものの包みを解いた。

中から現れたのは、くろがねの筒に引き金のこうを備えた兵器。

はらの国で、その武器を知らぬ者はいない。


「おっ、てっぽうじゃん」


向けられた銃口を前に、ざんは目を閉じ、思いっきり鼻で息を吸った。


「んー、火薬のいい臭いが香ってくるぜ。懐かしい」

「死ね!」


ちょうにんが引き金を引くと、閃光と衝撃が轟いた。

いくつものかなづちを一斉に振り下ろしたような破裂音が、夜闇に響きわたる。


「あ、当たったか……?」


月光が、ひとときだけ雲の欠片に隠されていた。

暗い闇の中、ちょうにんの視界には鉄砲が吐いた煙と、棒立ちのざんだけがうっすらと映っている。


「当たったはずだ……何度も練習した。奴がけた様子もない……」


弾は、間違いなくざんに当たったはずだ。

雲が晴れれば、禍山の身体にかざあなが開いているのが見えるに違いない。


「死ね……そのまま倒れて、くたばってしまえ……っ!」


ちょうにんは、強くのろった。

しかし。


「……うぅ」


禍山がうめきながら手で押さえたのは、鉄砲でいた傷口ではなく、後頭部だった。

それもそのはず。

再び月に照らされた禍山は、無傷だった。


「音がわんわん響いて、頭が痛ぇや」


まるでなにごとも無かったかのように、禍山はぼやく。

町人は、次の弾をそうてんするのも忘れて、目をひらいた。


「嘘だ……いま、確かに当てたはず……ッ!」

「ばぁか。そこ、見てみろよ」


くもからした月光が、禍山の足元に転がる物体を照らし出した。

鉄砲から打ち出されたはずのなまりだまだ。


「ほれ。この通り」


いつの間にか抜き放っていた刀の先でなまりだまをなでると、玉は真っ二つに割れた。

その断面は鏡のようにこうたくはなち、月光を反射していた。


「まさか、てっぽうだまを斬ったのか……!?」

「逆に聞くけどよ、なまりだまも斬れない奴がいまどきけんじゅつやってると思うか?」

「そ、そんな……」


怒りと憎しみで真っ赤に燃えていたちょうにんの表情が、ぐにゃりとゆがんだ。

わりに現れた感情は、恐怖。

そして、もう一つ。


「た、たつじん……ッ!」


つわものに対する、ぬぐいがたいけいじょうだった。


天下分け目のおおいくさが終わり、幕府がかいびゃくしてからまだ二十数年。

武術が強いこと、特に武士の心である刀の腕がたっしゃなことは、今でも人々の心をきつける。

たとえそれが、憎むべき家族のかたきであっても……


ちょうにんは、てっぽうを握りしめたままその場に棒立ちしていた。

怒りと絶望、そして、堕落した達人に対する深い失望がないまぜになった顔で、震えている。


「それほどのうでまえを、どうして人殺しなんかに……」

「余計なお世話だ。たまれなら、さっさと死ね」


ざんちょうにんに迫ると、刀をかまえた。


「ひ……っ!」


次のせつ

ざんかたなが、ちょうにんの胸をひときにつらぬいた。


「ぐぉ……げぶっ!」


ちょうにんの口から、にごった色の血が噴きだした。

火が付いたかのような激痛に、絶望していたちょうにんの心が現実へと引き戻される。


「ま、まだだッ!」


ちょうにんとて、戦国の時代を経験した一人だ。

いくさにこそ出たことはなかったが、命の使いどころはこころている。


「こうなれば、キサマごとみちれだッ!」


ちょうにんは、ふところからたんとうを取り出した。

禍山かざんの刀はまだ胸に刺さったまま。

この距離なら、れる。


「覚悟しろ、ざんッ!」


ちょうにんは、前進した。

ズブブと刀が深く胸にめり込んでいくのにもかかわらず、前進した。

胸の傷はめいしょうだ。

だから、自分がぜつめいするよりもはやく、ざんの首にやいばを突き立ててやるのだ。


「死ね……ッ!」


ちょうにんは、残った命をふりしぼって短刀を振り上げた。

後は、刃を振り下ろしさえすれば、ふくしゅうたされる。


しかし。


「お、やっと人殺しの目になったな」


ざんはそんな状況でも笑っていた。


「特別だ。お前さんには、俺のわざものを見せてやろう」


ざんは、刀のつかから伸びた引き金を引いた。

引き金は、れんどうしたゼンマイへと力を伝え、かいてんりょくとなって握りしめられたつかの内側のけをどうする。


かち、かちかちかちかちかちちちちちちち……

ぼぅッ!


何かが激しく打ち合う音と共に、刀から火炎がき起こった。

ちょうにんの胸に突き刺さっていた刀が爆発し、爆炎がちょうにんの全身を飲み込んだ。


「グアァッ! あっ、あっ、あ……っ!」


全身のあぶらを燃料に炎が燃え盛り、傷を焼いてもろくろずみへと変えていく。


「ぐ、ごげ、ごぉッ……! う、あぉ…………ッ!」


炎に包まれもだえるちょうにんを、ざんはうっとりと眺める。


「色っぽい火だろう? かっせんじゃあ城ごと五〇〇人を焼いた、地獄の炎だ。あの世で娘とやらにまんするといい」

「おきく……すま……な……い……………………」


ざんは刀を引き抜くと、すみクズとなったちょうにんなきがらを近くの水路へとてた。


「っと、いけねぇいけねぇ。いくらヒマだからって、こんなをいたぶるようになったら俺もおしまいだ」


ざんは再び空を見上げた。


「お月様は涼しそうでいいなぁ。俺も、久しぶりにゾクッとする斬り合いがしてぇ……」


ぼやきながら、ざんはあてもなくぶらりと町を歩きだそうとした。

その時だった。


「……おぅ?」


暗い道の向こうから、スゥッと人影が歩いてくるのが見える。

明かりも持たず、ろうにんがさをかぶって顔を隠したさむらいだ。


「ちっ、見られたか」


ざんは舌打ちした。

人殺しなど何とも思わない禍山かざんだが、意味の無い面倒に巻き込まれるのもしゃくだ。


「おい、今見たモンは忘れな。でないと、次はお前さんが水浴びすることになるぜ?」


ざんは低い声でおどした。

並みの人間なら、恐ろしくてそそくさと立ち去るだろう。

突っかかってくるようならば、その時は斬ればいい。


「さあ、どう反応する?」


ざんは心の中でそう問いかけ、舌なめずりをした。


「……」


しかし、さむらいは答えない。

まるでざんなど存在しないかのように、横をすり抜けていく。


「ほぅ?」


すれ違って初めて、ざんは相手の異様さに気が付いた。

かさだけではない。えりの立ったおりを着込んで顔を隠し、手にはぎぬの長手袋をはめている。

まるで、肌ががいに触れることすら嫌がっているかのような厚着だ。


「クソ暑いってのに、変わったかっしてるじゃねぇの」


目だけでその背を追い、ざんは口元に笑みを浮かべた。


「斬ってやったら、どんな顔をして死んでくんだろうなぁ……?」


心の中でつぶやくと、ざんは静かに刀へと手を伸ばした。



好奇心。



ざんにとって、人を斬るのにそれ以上の理由はらなかった。

音も無くばっとうし、さむらいの背に向かって飛び掛かる。


りょうだんッッッ!!!」


心の中でねんじながら、さむらいの背に向けて刀を振り下ろした。


「ぬ?」


ざんの一撃は、予想に反してくうを切った。

まるで背中に目が付いていたかのように、さむらいがすばやく身をかわしたのだ。


「っとと。気配は消してたんだが、よくかわしたな」


ざんしゅうの失敗に身を退きながらも、わるびれもせずに笑った。

たいして、さむらいは静かにかえり、自らの刀へと手を伸ばした。

あみがさの奥で、月のように涼やかな目が光を放っていた。


さいばらざんだな?」


たずねられて、禍山かざんはおやと目を丸くした。

相手が自分の名を知っていたから……ではない。


動きから想像したよりもずっと、声が若かったのだ。

恐らくは二十歳にもまだなっていない、青臭さの混じった声。


わせ願おう」


さむらいは短く告げると、腰にしたを引き抜いた。

その短い刀身の刃先から液体が垂れ、地面にしたたる。


ぽたっ。

……じゅっ。


液体は地面を跳ねると、白い煙を生じて空気に溶けていく。


「んぁ? ぶすでも塗ってんのか? おもしれぇ」


ざんざんくすぶっている刀をかまえ直すと、再び刀の引き金に指をかけた。

つかの中のゼンマイが巻かれ、連動した歯車が火打石を打ち合わせる。

その火花が刃のみぞに染み渡ったぶんし、てんした。


さいばらざんサマのわざもの加具土かぐつち』と、どっちがヤバい殺人兵器か競い合おうじゃねぇか!」


刃に火炎が燃え盛り、夜の闇を赤く染め上げた。

ジメジメとした夏の湿気すら燃やし尽くす、乾いた熱気が辺りを包み込んでいる。


「オラ、テメェも名乗れや!」


燃え盛るつちさむらいに向け、ざんたんを切った。


「……死にく『虫』に名乗ってやる名などない」

「あ?」


さむらいは静かに告げると、さきを下に向けて低くかまえた。

刀身を濡らす液体が、手元にしたたってこないようにするための、どくとくかまえ。


「俺が虫だと? だったらテメェはなにさまだ!?」


燃え盛る刀を高く振りかざし、ざんさむらいに斬ってかかる。

それに合わせて、さむらいもまた剣でおうじた。


ひゆん、ひゅ。

ひゅっ、ひゅひゅっ。

ひゅひゅん。

ひゅっ。


じょうじんがようやく刀を一度振れるような短い時間に、いくつものかざおんきざまれた。

二つの影がすれ違って立ち位置を入れ替わるまでに、赤と白のけんせんいくすじにもわたってちゅうを走る。


「いまどきの剣士にしては、なかなか動けるじゃねぇか」


ざんは、相手の方へと振り返りながら笑みを強めた。


「だが、はやさは俺の方が上だったなァ?」

「く……ッ!」


さむらいのかぶっていたかさが、ざんの一撃を受けて時間差でぜた。

その中から現れたのは、鋭い目つきをしながらも、どこか幼さを残した若者の顔だった。


「ほう、思ったより若いな。なかなかすえおそろしい奴……」


ざんは燃えるつちかまえ直しながら、うっとりと若者を眺めた。

無意識に尻の筋肉がきゅっとまり、背筋をゾクリと寒気が走る。

良い斬り合いをした時にだけ感じられる、どくとくの寒気。

ざんは、どんな快楽よりもこの寒気をこのんだ。


「まだだ、まだへばるなよ。久々の強敵、もっとじっくり、一晩中ゾクゾクさせてくれよぉ……ッ!」


ざんは、次の斬り合いに備えて集中力を高めた。

しかし。


「……んあ?」


対して、若者はかまえ直さない。


「どうした? もう、斬り合いはおしまいかよ?」

「そうだ」


がち、がち、がち……


「ん?」


何か、石のようなもの同士を打ち合わせたかのような音が、ざんの耳にひびいた。


「あ? 何の音だよ、おい」


がち、がちがちがち、がち。

がちがちがち、がちがちがちがちがちがちがちがちがち。

がちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがち!


「あぁ? こりゃあ、俺の歯の音か!?」


ざんあごが上下に震え、上と下の歯同士がぶつかり合っている。


「おいおいおい! しゃぶるいにしちゃ、ちと震え過ぎじゃねぇか……ッ!?」


身体の震えが止まらない。

むしろ、大きくなっていく。

きざみだった震動がどんどん大きくなっていき、肩が上下し、膝までもが笑い始めた。


「な、何だ、こりゃあ……ッ⁉」


胸が固くこわり、息が思うようにできない。

かろうじて口からもれる息が、まるで冬のように白い。


「何を、何をされた!?」


うすくらやみの中、いた手で胸をさぐる。

すると、雪に触れたかのようなヒンヤリした感触と共に、手が濡れた。

それは、冷え切った血液だった。


「き、斬られてたってのか! この俺が……ッ!?」


痛みを感じないのは、胸の傷を中心に身体が凍っていたからだ。

その代わりに、激痛を上回る寒気がざんの全身をさいなんでいる。


「うわ、あ、さ、寒い……ッ! 冷てぇっ! 冷てぇよぅ!」


ざんはその場にひざをついて、うずくまった。

まるで、もうぶきの中に放り出された旅人が、寒さに負けて雪にうもれていくかのようだ。


そんな禍山かざんを、若者が見下ろしていた。


「斬り合いは、楽しむものじゃない。可能な限りはやく終わらせるべきぎょうだ。斬り合いの快楽を目的としてしまった時点で、お前は剣士として終わってしまっていたのだ」


若者がを振るうと、刃にこびりついていた赤いかたまりが、雪のようにちゅうを舞った。

凍り付いた、ざんの血だ。


「ま、まさか……この俺が、はやさで、負け……」


ざんはブルっとけいれんすると、その体勢のまま横に倒れた。

そして、そのまま二度と動くことはなかった。


「……死んだか」


そのがおは、どうもうな笑みのまま固まっていた。

目だけが残り火のように光を放っていて「面白くなってきた」「次は負けない」と、さつたぎっているようにも見える。

だが、やがてそのともしびも消えるだろう。


「そんなに斬り合いが楽しかったのか。はた迷惑な『虫』め」


ざんの刀を拾いあげると、若者はきびすを返した。


わざものつち』は、返してもらうぞ」


若者はそのまま闇の中へと消えていった。


ランキングに載るか試したいのでブックマーク&高評価よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ