深夜2時、四畳半で
初作品です。よろしくお願いします。
遠坂伊織、24歳、職業小説家。
企業に出したESはことごとく惨敗。かろうじて通過しても一次面接で持ち前の緊張しいを発揮しお祈りメールを送られる日々を過ごしていた大学4年の初夏、何を思ったかこの時の俺は突然小説を書き出し新人賞へ応募した。
面接官からの嫌味な質問、「君、社会に向いてないよ」という小言、さらには無慈悲に送られてくるメールに嫌気がさしたのだろう、これまで貯めてきた負の感情を爆発させるように俺は紙に文字を綴った。
書き終わった頃には総ページ数200越えの作品が卓上に出来上がっていた。久々の達成感にほんの少しの高揚感を感じた俺はこの作品を小説の新人賞に応募した。まあ記念に、少し気持ちも晴れたし明日から頑張ろう。そう軽い思いで応募用のホームページに作品を送信した。
俺はこの事がきっかけで現在小説家として生活をしている。
なんでもこの時送った作品が審査員を務めていた大物小説家の目に留まり一次審査、二次審査をトントンと通過し最終審査候補にまで残っていた。そのことを知ったのは大学4年の10月、見知らぬ番号から電話がかかってきたと思えばあなたの作品が最終審査まで残りましたという担当者からの連絡だった。その頃の俺は例の如く就活に惨敗していた為、環境が違えばこれほどスルッと通過するのかと驚きを隠せなかった。
結果として俺の書いた作品は特別賞を受賞していた。大勢の観客やカメラの中、1着しかなかったリクルートスーツを着て俺は壇上に上がり俺を推してくれていた大物小説家の横で気持ち悪い笑みを浮かべて写真を撮られていた。人前に出る気分の悪さとチカチカする会場、喉まで込み上がっていた胃酸をグッと飲み込みながら必死に作った笑みはさぞ気持ち悪かったのだろう、目の前のカメラマンたちが若干引き気味でいたことを覚えている。
特別賞には特典があり、なんとこの新人賞を主宰している出版社から書籍として販売されるものだった。着々と販売まで流れが進んでいき俺の作品が書籍として本屋に発売されたのは大学4年の3月。大学卒業前になんとか「職業小説家」という肩書きができたのだ。そして、「私が本の帯に推薦文を書く」と申し出たあの大物小説家のおかげか俺の作品は飛ぶように売れていった。
「期待の新人」「原石の発掘」など当時もてはやされた俺だったが現在は四畳半の自室の中で次回作の原稿と顰めっ面で睨み合っている。
あれからありがたいことに、あの新人賞を取って以降、2作品目、3作品目も順々に発売され独り身として安定した暮らしを送れるほどの収入は得られるほどになった。
「一発屋にならなくてよかったね」なんて心無い言葉をかけられることもあるがまさにその通り、本当に一発屋にならなくてよかったと俺自身も思っている。
なんせ必死だったのだ。小説家になるなんて両親に言えば就活失敗続きで頭がおかしくなったのかと精神科に連れて行かれた。賞を取って本も出版されることになったんだと言えばもしかしたら悪いものが憑いているかもしれないと神社にお祓いを申し込もうとしていた。これは流石にやばいとあの大物小説家、綾瀬成彦先生を呼び出して説得してもらい、やっとその場を収める事ができた。
あの件から早2年、両親も俺の作品が3作品も出ていることでやっと落ち着いたらしく今は「ちゃんとご飯を食べているか」ぐらいしか小言を言わなくなった。
でもごめんね母ちゃん、俺、全然ちゃんとしたご飯食べてないわ。
「4作品目は今までと異なる路線で行きましょう」と恋愛モノを担当者から提案され書き出してはいるが、この世に生を受けて24年、中高まで男子校、大学に入学後も授業のグループワーク以外で異性と話さなかった俺にはあまりにも難しすぎるジャンルだった。
思うように筆が乗らず、書いては消しての工程だけで時計の針が右に何度も動いていく。
気付けば現在の時刻深夜2時、頭がうまく回らなくなるのと空腹が重なり限界を迎えていた俺は四畳半の自室からキッチンへ移動する。
何か軽いものでも作るのかと思われそうだがそうではない、やることと言ったらいつもと同じ、冷凍庫から冷凍商品を取ってレンジに入れるだけ。ピッという電子音が鳴りレンジの周りだけ薄赤く光っているのを横目で見るのが日課となっていた。
この時間帯に包丁で食材を切って炒めるなんて行為、するだけで頭がパンクしそうになる、俺はもっぱら食事は冷凍食品で済ませる主義なのだ。なんて偉そうに言えたことではないが、やはりレンジに入れて待つだけで料理ができることはなんとありがたい。そう思っているとレンジのタイマーは残り3分を切っていた。眠気覚ましにコーヒーでも淹れるかとレンジの横に置いていたポットに水を入れスイッチを押す。
レンジのぐわんぐわんという音とポットのこぽっこぽっという音が共鳴しているのを横に皿とコップの準備をする。そして、温めが完了した音と同時にお湯が湧いた音が鳴り俺は急いで二人の前に行く。
今日の晩餐はナポリタンにミルクたっぷりのコーヒー。こいつらをトレーの上に乗せ、四畳半の自室に戻る。
この家の中で机は俺の部屋にしかない。そう言っても机の上は描きかけの原稿が映されたノートパソコンに参考資料として担当者が持ってきた雑誌の山などにより追加で何かを置けるスペースはほとんどない。なんとか肘を使って雑誌を端に寄せ隙間を広げトレーを置く。いつものようにノートパソコンの画面を変えて動画を見ながらナポリタンをクルクル巻いて口に入れる。少し酸味の効いたトマトケチャップにお飾り程度に入ったピーマンにソーセージ、皿に移した後きちんと混ぜなかった為かソースとの絡みが薄いパスタ麺。いつも通りの変わりない味、そいつをコーヒーでグッと流し込む。
なんともない深夜2時の健康に悪い食事だが、これは俺にとって毎日欠かせないルーティンなのだ。担当者からの難しい指示に送られてくる感想の中にある心にもない言葉たち、そいつらをパスタと一緒に噛み砕いてコーヒーで胃の中に流し込む。胃酸でそんなもの溶けて無くなってしまえと念じながら何度も、何度も噛んでは流し、噛んでは流し、そうこうしているうちに皿に盛り付けられていたナポリタンは無くなっていた。
皿の上からナポリタンが消えてもパソコンの画面を切り替えれば担当者からのメールは全く無かったことになっていないし、机の上にはあのファンレターたちも残っている。でも心なしかスッキリした気分になるのがこの深夜2時、四畳半の自室で食べる健康に悪い食事なのだ。
多分明日も担当者からの連絡は来るし、悪意しかない批判家たちからの手紙を持ってくるだろう。だが、それならまた今日みたいに深夜2時、頭の悪そうな料理と一緒に流し込んでしまえばいい。そしてあんな奴らをギャフンと言わせるような作品を書いてやる。
遠坂伊織、24歳、職業小説家。四畳半の自室で今日も今日とて筆を進めるのだ。