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44.2/3 豆まき

本日短いです。すみません。

「アオヤマさんは確か日本から参加してなかったかしら?」


コーラス練習の合間、譜面を閉じてひと息ついたところで、ロザンナ先生がにこにこと話しかけてきた。

やわらかい声に、つられてこちらも少し肩の力が抜ける。


「はい、そうですよ。」


私がうなずくと、先生はぱっと表情を明るくした。


「では、今日の『まめまき』は馴染みのあるイベントね。日本ではDevils(悪魔)が街を歩くの? ハロウィンみたいに?」


悪魔が街を歩く。

その言葉の響きに、頭の中に浮かんだのは、鬼の仮面の大人が、虎柄のパンツ一枚で堂々と街を練り歩く姿だった。

思わず、ふっと笑ってしまう。


「……それはちょっと、見てみたいですけど。」


くすりと笑いながら答えると、先生もつられて微笑んだ。


「実際には、家の中でお面をつけるくらいのお家が多いと思います。それも小さな子どもがいるお家だけ、ですかね。」

「まぁ、そうなの。」


ロザンナ先生は頬に手をあてて、少し意外そうに首を傾げた。


「そんなに大きなイベントではないのね?」

「そうですね……」


私は少し考えながら言葉を選ぶ。


「保育園とか幼稚園では、ほぼ必ずやる行事なので、みんな知ってはいるんですけど。」

「ああ、子どもの行事なのね。」

「はい。豆をまいたりして、『鬼は外、福は内』と言いながら、悪いものを追い払うんです。」


ロザンナ先生が、へぇ、と小さく感心したように息をもらした。


「追い払う……」


その言葉を、少し大事にするように繰り返す。


「ええ。あと、お寺や神社で『厄落とし』のお祭りがあることもあります。」

「厄落とし?」

「えっと……」


私は少しだけ言葉を探した。


「『悪運をなくす』というか……よくないことを遠ざけるための儀式、みたいな感じです。」

「なるほど……」


ロザンナ先生はゆっくりとうなずいた。


「豆をまいて、悪いものを追い払って……」


先生はふわりと微笑む。


「なんだか素敵ね。子どもの幸運を祈るイベントみたいね。」

「そうかもしれません。大人だけですることは少なくなってますから。」


目を細めて答えると、ロザンナ先生も笑い返してくれた。


「あら、もう時間ね。さぁ、続きにしましょうか。」


先生はぱん、と軽く手を叩いた。


「今日は『悪いものを追い払うつもり』で歌ってみましょう。」

「はい。」


私は小さく笑って、もう一度譜面を持ち直した。



練習が終わると、やっぱりというか、予想以上にというか。

参加者のみんなが興味津々といった様子で、次々に話しかけてきた。


「さっき言ってた『オニ』ってなに?」

「どうして豆を投げるの?」


矢継ぎ早の質問に、私はちょっとだけたじろぐ。


「えっと……」


私は質問を順番つけながら、ゆっくり答えていく。


「鬼は……怖い存在、ですね。悪いことを運んでくる象徴みたいな……」

「なるほど、シンボルなのね。」

「そうです。で、その鬼を外に追い出すために、豆を投げて……」

「どうして豆なの?」

「……どうして、でしょうね?」


自分で言いながら、ふと止まる。

言われてみれば、ちゃんと考えたことがなかった。

昔、豆を投げられた鬼がやけどしていた絵本の記憶がうっすらあるような⋯。

あとは語呂合わせ?


「えっと……『魔滅』⋯、語呂合わせで、悪いものを消し去る、みたいな意味があったような……?」

「語呂合わせ?」

「あとは熱い豆で鬼が火傷するみたいな話も聞いたことがあるような?」


自分で言っていて、ちょっと不安になる。

みんなが一瞬きょとんとして、それから笑った。


「色んな話があるのね。」

「歴史があるということだね。」

「あと、『福は内』って言って、いいものを呼び込むんです。」

「追い出すだけじゃないのね。」

「はい、たぶん……バランス、みたいな。」


説明しながら、私は内心で首をかしげていた。

あれ、節分って、こんなに説明が難しかったっけ?


「いまいちよくわからないイベントだな……」


思わず小さくつぶやくと、隣にいた人がくすっと笑った。


「自分の文化って、そういうものよ。」


結局、質問がひと通り終わるころには、ちょっとしたミニ講義みたいになっていて、私は軽くぐったりしていた。


「ありがとう、アオヤマさん。」

「いえいえ……」


にこやかに手を振って別れる。

時間を見ると、少し早めのお昼どき。


「……の前に。」


私は小さく息を吐いた。


「歩こう。」


これでも真面目に歩き続けてるんだよ。

デッキに出ると、海風がふわりと頬をなでた。

少しひんやりしていて気持ちいい。

ぐっと伸びをして、一歩踏み出す。


「……あ。」


向かいから歩いてくるそれに、思わず足が止まった。

全身真っ黒。

つやのある布に、マントのようなものを羽織っている。

そして頭には、赤い角。


『……鬼?』


いや、違う。

なんというか、もっとこう


『悪魔?』


そんな見た目の人が、堂々とこちらに向かって歩いてきていた。

その周りでは、乗客たちが楽しそうに何かを投げている。

よく見ると、小さな袋だ。

ぽいっ。

ぽいっ。

それを、悪魔がひょいひょいと拾っている。

そして誰かが声を上げた。


「悪魔は去れ! 幸運を呼び込め!」


ああ、と私は思い出す。

今日の船内新聞。

そこに確かに書いてあった。

「アシアの豆まきイベント開催。悪魔が船内に出没!豆を投げて退治せよ!」

でも豆は、


『ピーナッツなんだよね。』


思わずつぶやく。

私はサコッシュを開けた。

中には、小袋が2つ。

船内新聞に添えられていたものだ。

取り出して、改めて見る。


「ハニーローストピーナッツ」


金色のパッケージがきらりと光る。


『……ちょっと違うな。』


思い浮かべるのは、炒り大豆。

ころころして、少し素朴な、あの豆。

でもこれは――

甘くて、ちょっとおしゃれなお菓子だ。


「まぁ、海外船だし。」


私は苦笑して、小袋を握り直した。

鬼役の人は、投げられた小袋を拾っては、また別の人に向かって軽く放る。

まるでキャッチボールみたいだ。

そして気がすむと、乗客はまた拾って、にこにこと歩いていく。

なんだか、思っていたより平和だ。


ちょうど、さっきの鬼がゆっくり歩きながらこちらに近づいてくる。

目が合った。

にやり、と口元が笑い、来い、というように手をちょいちょいと動かす。

私は小さく息を吸って。


『鬼は外!』


ぽい、と小袋を投げた。

ふわりと弧を描いて、悪魔へペシっと当たって足元へ落ちる。

すぐに拾い上げられて、こちらに向かって軽く投げ返された。


「悪魔は去れ!」


誰かの声に乗って、私も小さく口を開く。


『⋯福は内!』


ちょっと照れくさい。

でも、なんだか、悪くない。

悪魔はくるりと背を向けて、また次の人のところへ歩いていった。

その背中を見送りながら、私は当て返された小袋を拾って手のひらで転がす。


『いまいち分からないけど……』


海風がまた吹いた。

遠くで笑い声が上がる。


『これはこれで、楽しいかも。』






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