43.2/2 ビンゴ大会
メインホールへ足を踏み入れるといつもとは別の顔をしていた。
なんというか、どことなく「夜」だ。
昼間は映画とかが流れて落ち着いた雰囲気なのに、今は照明がぐっと落とされ、天井からはギンギラのライトがくるくると回っている。
壁際の柱にはカラフルな光が流れていて、まるでショー会場みたいだ。
ステージの中央には大きなスクリーン。そこに数字が増えていくたびに効果音が鳴る。
「65!」
司会者の声に、「キャーッ!」と歓声が上がった。
手を挙げた女性のもとにスタッフさんが駆け寄り、手元のカードを確認した後、「ビンゴ!」と大きな声で叫んだ。
パチパチパチ、と拍手が起こり、スクリーンには景品の写真が映し出される。
「ロゴ入りトートバッグ」
船のロゴが大きく入った、青いキャンバス地のバッグだった。
「わぁ! いいな。サコッシュちょっとちっちゃいんだよね。」
私はスクリーンを見ながらつぶやいた。
「同じ景品も出るといいわね。」
隣でアマンディーヌが微笑む。
「私、もっといいやつがいい。」
マリナが即答した。
「俺ももっと豪華なやつがいいな。バッグはいらない。」
バイロンが肩をすくめる。
その言い方に、後ろにいたセルヒオとウィリアムがくすっと笑った。
「新しいカードはいかがですか?」
入口で立ち止まっていた私たちに、カウンターからスタッフさんが声をかけてきた。
中ではすでにゲームが進んでいて、歓声と拍手が何度も起こっている。
入口付近に固まっていた私たちは、どうやらちょっと通路の邪魔になっていたらしい。
「あ、すみません。」
慌てて身を寄せて、カウンターの方へ向かった。
「これで交換できますか?」
船内新聞に挟まっていた引換券を差し出すと、スタッフさんはにこやかにうなずいた。
「もちろんです。」
カウンターの下から、ぱさっと紙の束を取り出して手渡してくれる。
受け取った瞬間、私は首をかしげた。
「……あれ?」
思っていたビンゴカードと違う。
日本でよく見る、1枚に25マスのカードじゃない。
1枚の紙に、5×5のビンゴが6面も並んでいる。しかもそれが5枚綴りになっていた。
「多いね。」
マリナが横からのぞき込む。
「6個同時?」
「忙しそうだな。」
セルヒオが笑った。
スタッフさんが説明してくれる。
「次の赤のビンゴから始めてください。揃えるマス目はその都度スクリーンに映されます。」
「スクリーン?」
私が聞き返すと、スタッフさんはうなずいた。
「はい。ビンゴの形は毎回変わります。」
そして一枚の紙を差し出してきた。
「説明の紙はご入用ですか?」
日本のビンゴとちょっと違うことを察して、私はすぐに頷いた。
「お願いします。」
紙を受け取ると、例として小さな図がいくつも載っている。
✕印。四隅。十字。コの字。
「へぇ……」
バイロンが感心した声を出す。
「面白いなこれ。」
どうやら、選ばれた数字をチェックしていくのは同じルールだけど、1度に6面同時進行で確認しないといけないらしい。
当たる確率は上がる、けど。
「大変そう。」
私は思わずつぶやいた。
そしてさらに、日本のビンゴと大きく違うのはもう一つ。
縦横斜めの5マスを揃えるわけじゃない。
毎回変わる「正解の形」を完成させる必要がある。
ふとスクリーンを見る。
今表示されているのは、一番上の横1列と右上から左下へ伸びる斜め。
「……7みたい。」
私が言うと、
「ほんとだ。」
アマンディーヌが笑った。
説明を読みながら、私たちは空いているイスに座った。
ステージではちょうど一つのゲームが終わったところらしく、誰かが景品を受け取っている。
その間に、カードを広げて確認する。
「多いなぁ。」
マリナがカードをぱたぱためくる。
「目が足りない。」
「6面同時とか、絶対見落とすぞ。」
セルヒオが苦笑する。
ウィリアムがカードをめくりながら言った。
「次の赤からスタートだね。」
カードの端を見ると、確かに縁の色が違う。
1シートごとに、赤、青、オレンジ、ピンク、黄色と色分けされている。
「ほんとだ。」
私は指で縁をなぞった。
「赤から始まって、順番に進むみたい。」
「つまり5回チャンスがあるってことか?」
バイロンが言う。
「そうなるね。」
「いいじゃん。」
マリナがにやっと笑った。
「これなら私、商品券当たる気がする。」
「まだ言ってる。」
セルヒオが肩を揺らして笑う。
そのとき、ステージのマイクが再び鳴った。
「皆さんお待たせしました!」
司会者の明るい声が響く。
会場がざわっと前のめりになる。
「それでは次のゲーム──」
スクリーンに赤い枠が表示された。
「赤のビンゴカードをご準備ください!」
私たちは一斉にカードをめくる。
「赤、赤……」
「これだ。」
ウィリアムが赤い縁のシートを指差した。
「よし。」
バイロンがペンを構える。
ステージの横では、抽選機がゆっくり回り始めていた。
カラカラカラ……
その音を聞きながら、私は6つ並んだマス目を見つめる。
「……これ。」
私は小さくつぶやいた。
「絶対忙しいやつだ。」
隣でアマンディーヌが、くすっと笑った。
1番最初にそろった1人が出た時点で、そのゲームは終了。
そしてすぐに次のゲームへ進む。
つまり基本は1シートにつき景品は1人だけ。
スクリーンの横に書かれている説明を見て、私は小さく息をついた。
「なるほど……」
会場をぐるりと見回す。
まばらだけれど、少なくない人数の人が座っている。
「⋯100人以上はいそうだね。」
ウィリアムが同じことを思ったらしく、ぼそりと言った。
「ってことは……」
バイロンが計算するように指を折る。
「単純に考えて、当たる確率1%以下?」
「わぁ。」
マリナが笑う。
「宝くじじゃん。」
「でも夢はある。」
セルヒオが肩をすくめた。
抽選機が回り、司会者が声を張り上げる。
「次の番号は――12!」
会場のあちこちでペンの音がする。
カリカリカリ……
私も6面のカードを見比べながら数字を探す。
「12……」
「あったか?」
セルヒオが聞く。
「うーん……」
私は6枚のマスを順番に見ていく。
「……ない。」
「俺もない。」
「私も。」
「ない。」
「ないわね。」
「ないな。」
全員、そろって首を振った。
その後も数字はどんどん呼ばれていく。
「53!」
「71!」
「34!」
私は6面をぐるぐる確認し続ける。
上の列。
斜め。
また別のカード。
「えーっと……」
頭がちょっと混乱してきた。
「忙しい!」
思わず言うと、セルヒオが笑った。
「同じく。」
そうしていると、「ビンゴ!」と会場の前の方から声が上がった。
「おおー!」
スタッフさんがすぐに駆け寄り、カードを確認する。
「確認できました!ビンゴです!」
「おめでとうございます!」
拍手が広がった。
そして司会者はあっさり言う。
「それでは次のゲームに進みます!」
「早っ。」
マリナが吹き出した。
「ほんとに一瞬だね。」
ゲームはどんどん進んでいく。
赤、青、オレンジ、ピンク、黄色。
小一時間ほど経ったころ。
私たちは――
誰一人ビンゴを取ることなく、1綴りを終えようとしていた。
最後の数字が読み上げられ、また別のテーブルから「ビンゴ!」の声が上がる。
「はい、おめでとうございます!」
司会者の声。
拍手。
そしてゲーム終了。
私は椅子の背にもたれた。
「……終わった。」
マリナが両手を広げる。
「あったらない! スパ無料券欲しかったのに!」
「私はシャンパンボトルが欲しかったわ。」
アマンディーヌが肩をすくめる。
セルヒオが苦笑いした。
「何人も同時に当たってたアルコールドリンク1杯券すら当たらなかったな。」
確かに、シンプルに縦横斜めのどこかを揃えるさっきのゲームでは4、5人同時ビンゴで同じ景品が出ていた。
それすら私たちはゼロ。
「すごいね。」
私は笑った。
「ここまで外すのも逆に。」
「確率の壁だな。」
バイロンが言う。
そのとき、マイクが再び鳴った。
「新しいカードをご希望の方は、入口カウンターでお買い求めいただけます!」
会場の後ろで、人がぞろぞろ立ち上がり始めた。
私はみんなの顔を見る。
誰も何も言わない。
けれど、次の瞬間。
足が同時に動いた。
ガタン。
全員立ち上がる。
私は思わず笑った。
「……相談なし?」
セルヒオが肩をすくめる。
「ない。」バイロンが言う。
「もう一回。」マリナが言う。
「当然。」アマンディーヌが言う。
ウィリアムが笑った。
「行くか。」
そして私たちは、ほぼ同時に入口へ向かった。
カウンターにはすでに列ができている。
「追加カードですか?」
スタッフさんが聞く。
「はい。」
セルヒオが答える。
新しいカードが差し出される。
1綴り約500円。
「高くはないんだよなぁ。」
私は思わず言った。
マリナも笑う。
「ほんと。」
500円。
ちょっとしたお遊びで買える値段。
「これ、絶妙な金額設定だよな。」
セルヒオが小声で言う。
「おう。」
バイロンが頷いた。
「商売上手ってやつだな。」
そう言いながら、私たちは新しいビンゴカードを受け取った。
追加のカードを手に、私たちはまた席へ戻った。
さっきよりも少しだけ席が埋まり、会場の熱気も増している気がする。
「さあ、次のゲームです!」
司会者の声が弾む。
スクリーンに映し出された今回の形は四隅。
「お、これは分かりやすい。」
セルヒオがカードを覗き込みながら言う。
「でも四つ揃えるのって意外と遠いよね。」
私も6面のカードを見比べた。
「角だけ見ればいいんだよね?」
マリナが確認する。
「そう。」
ウィリアムが頷いた。
抽選機が回り、ボールが転がる音がする。
カラカラカラ……
「最初の番号は――7!」
「ない。」
「ない。」
「ない。」
ほぼ同時に声が上がる。
次の数字。
「69!」
「あ!」
アマンディーヌが小さく声を上げた。
「右下。」
優雅にペンで丸をつける。
「早い。」
私が言うと、彼女は微笑んだ。
「幸先がいいわ。」
その後も数字は続く。
私はカードを行ったり来たり確認する。
「えーっと……」
「あ、リーチ。」
アマンディーヌがつぶやきに、マリナが振り返った。
「お、早くない?」
「まだリーチよ。」
アマンディーヌは肩をすくめる。
その時。
「73!」
アマンディーヌがペンを止めた。
「……」
静かにカードを見る。
そして――
ゆっくり手を挙げた。
「ビンゴ。」
一瞬、私たちは固まった。
「えっ?」
「え?」
「え?」
司会者が声を上げる。
「ビンゴ出ました!」
スタッフさんが走ってくる。
カードを確認すると、声を上げた。
「確認できました!ビンゴです!」
会場から拍手が起こり、スクリーンに景品が映る。
「シャンパンボトル」
「おおお!」
私たちの周りが一番盛り上がった。
「すごい!」
マリナが立ち上がる。
「狙い通りじゃん!」
セルヒオが笑う。
ウィリアムが吹き出した。
「本当に当てた。」
スタッフから引換券を受け取ったアマンディーヌは、いつもの落ち着いた笑顔で言った。
「ありがとう。」
そしてこちらを見て、「今度、部屋で開けましょうか?」と微笑んだ。
「最高!」
マリナが即答した。
ウィリアムが苦笑いをする。
「ほどほどにね。」
私は拍手しながら言った。
「すごいね。本当に当てるなんて。」
「運に恵まれたのね。」
アマンディーヌはさらっと言った。
私も当てたい!と臨んだその後のゲーム。
「21!」
私はカードを見て、ふと気づいた。
「あ。」
ロの形が揃っている。
もう一度確認。
別の面も。
そして、「あ、これ……」私は手を挙げた。
「ビンゴ。」
「おっ!」
セルヒオがのぞき込む。
スタッフが来て確認する。
「はい、ビンゴです!」
拍手と共にスクリーンに景品が映る。
「船内フォト購入30%オフ券」
「……」
一瞬の沈黙。
私は紙の券を受け取る。
キラキラしたデザインのチケット。
「おめでとうございます!」
スタッフはにこやかだった。
みんなが私の手元の券を見る。
マリナが言葉を選ぶように言った。
「なんか……」
セルヒオが続ける。
「微妙だな。」
「だよね。」
私は笑った。
バイロンが真顔で言う。
「30%オフってことは、」
「結局買わないといけないやつ。」
ウィリアムが頷く。
「しかも船の写真って高い。」
アマンディーヌが腕を組む。
セルヒオが結論を出した。
「つまり⋯⋯課金の割引券。」
全員が吹き出した。
私は券をひらひらさせる。
「まぁ、買うかもしれないし。」
アマンディーヌが優しく言った。
「でも当たりは当たりよ。」
「シャンパンと、微妙なクーポン。」
セルヒオが言う。
「題名つけるなら?」
ウィリアムが肩をすくめた。
「勝者と、まあまあの人。」
「ひどい。」
私は笑いながら、またビンゴカードをめくった。




