41.1/31 カードゲーム
遅めのお昼ごはんをビュッフェでのんびり食べていると、テーブルの上に置いたスマホがぶるっと震えた。
メッセンジャーの通知はマリナからだ。
「今から集まって、みんなで何かカードゲームしない?」
「行く!」
口の中のサラダを慌てて飲み込んで、私はすぐに短く返信する。
本当は午後も少し仕事を進めるつもりだった。
メールも溜まってるし、資料の確認もしたい。
でも――まあいい。夜に頑張ればいい。
……歩くのも夜歩こう。
ちゃんと歩くから! と自分に言い訳をして、残りのごはんを急いで平らげた。
食器を返却口に置いたタイミングで、また通知音が鳴る。
「カジノの近くのゲームルーム集合で!」
どこだっけ。
サコッシュから折りたたまれた船内マップを取り出す。
何度見てもこの船は広い。街みたいだ。
とりあえずカジノはわかるので、そこに向けて歩き始めた。
カジノの入り口に近づくと、空気が少し変わる。
きらびやかな照明、電子音、スロットの効果音、低く弾む笑い声。
昼間だというのに、そこだけ夜みたいだ。
『この近くに⋯あ! あった!』
Game Roomと書かれた部屋を見つけ、中を覗くと、思ったより広い。
丸テーブルがいくつも並び、カードやボードゲームが棚にぎっしり詰まっている。
子ども連れの家族、真剣な顔でチェスを指す年配の夫婦、UNOで大盛り上がりのグループ。
船のなかにしては、かなり騒がしい。
「あ、来た!」
マリナが手を振る。
同じテーブルには、アマンディーヌ、セルヒオ、ウィリアム、バイロン。
もう全員揃っているらしい。
「珍しくサクラが最後だな。」
私が席に滑り込むと、セルヒオが笑った。
「俺なんて通知から3分でここだったぞ。」
バイロンが真顔で言う。
「やる気が違うな。」
ウィリアムが笑う。
テーブルの中央には、いくつかのゲーム箱が積まれている。
トランプ、UNO、やったことなさそうなカラフルな箱。
「今日は何やるの?」
私が聞くと、マリナが箱を一つ持ち上げてにっと笑った。
「さあね。子どもにかえって楽しめるやつかな?」
「ふふふ。そうだね。騒いでも大丈夫そうだし。」
ゲームルームはすでに賑やかで、多少声を張っても問題なさそうだ。
隣のテーブルではUNOが白熱しているし、奥ではジェンガが崩れるたびに歓声が上がっている。
私は返事をしながら空いたイスに腰掛けた。
テーブルは丸く、六人で囲むとちょうどいい距離感だ。
「まぁ、まずはトランプかしら?」
「みんなルール知ってそうだし、肩慣らしにいいね。」
アマンディーヌの提案に、ウィリアムがうんうんと頷く。
バイロンはすでにカードをシャッフルし始めていた。無駄がない。
カードがテーブルに軽やかな音を立てる。
「まずはオールドメイドか?」
バイロンが当然のように言う。
有名なのだろうけれど、私は首を傾げた。
みんな同じようにはてなが浮かんだ顔をしている。
「……何それ?」
「え?」とバイロンが止まる。
「クイーンを1枚抜いて、順番に引いていくゲームだよ。」
説明されても、いまいちピンとこない。
カードを抜く? 引く?
よくわからず、詳しくやりとりしていると、ババ抜きだということがようやくわかった。
「日本だと、ジョーカーを1枚残すんだよ。」
「私の国ではクローバーのジャックを抜くわ。」
小さな差はあれど、みんな似たようなルールのトランプゲームがあるとのことで、「じゃあ今日はジョーカーでいこう。」とマリナがまとめる。
バイロンがカードを配る。
一枚一枚が手元に滑り込んでくる。
配られたカードを扇状に広げて確認する。
すでに何組かペアがある。
テーブルの中央に、次々と揃ったカードが出されていく。
「よし……いくよ。」
最初のターンは私だ。
隣のマリナのカードを一枚引く。
「……セーフ!」
すぐにペアができて、ぱん、とテーブルに置く。
「幸先いいわね。」
アマンディーヌが微笑む。
順番が進むにつれて、テーブルの上は徐々にカードが減っていき、真剣さは増えていく。
「ちょっと、どのカード引くか顔に出てるよ?」
先に上がったマリナがからかう。
「出てない!」
バイロンが必死だ。
私はというと、できるだけ無表情を保ちながら隣のウィリアムのカードを引く。
あ。
心臓が少し跳ねる。
そっと自分のカードを確認する。
いた。
ジョーカー。
ウィリアムと一緒に黒い不気味な絵柄が、にやりと笑っているように見える。
「どうしたの?」
マリナが覗き込む。
「……どうもしないよ。」
全員の視線が一瞬こちらに集まる。
まずい。
完全に怪しい。
アマンディーヌが警戒したように私の手札からカードを抜き、全然ジョーカーを引いてくれないまま上がられてしまった。
最後に残ったのは私とバイロンだ。
ゲームルームの喧騒の中、私たちのテーブルだけが妙に緊張感を帯びる。
2枚のカードを広げた私の手元から、バイロンが左右に手を揺らしながら1枚をバッと抜き取った。
私は思わずガッツポーズを取る。
引いたカードを見たバイロンが「くぅぅ!」と小さく唸る。
「まだガッツポーズは早いぞ、サクラ。」
立ち直ったバイロンが手を背中に回してカードを切ると、テーブルの上に2枚のカードを伏せて並べた。
「さぁ、勝負!」
私は並べられたカードに視線を忙しなく行き来させ、右のカードをゆっくりととった。
みんなの視線が私に集まる。
ニヤリと笑った私は、手札を揃えて目の前に放った。
「あ〜がり!」
一拍遅れて歓声。
「読み勝ったわね。」
アマンディーヌが拍手する。
バイロンはテーブルに肘をつき、苦笑い。
「完敗だ。」
私は椅子にもたれながら、大きく息を吐いた。
さっきまで胸を圧迫していた緊張が、一気にほどける。
たった一枚のカードで、こんなに心臓が忙しくなるなんて。
「次は何やる?」
マリナが目を輝かせた。
バイロンたっての希望で、その後も何回かババ抜きを続けた。
が。
結果は無情だった。
4回中、一抜け1回。
残り3回はきっちり決勝二人戦まで残り、うち2回は見事にジョーカーを抱えたまま終了。
「……また俺か。」
最後にジョーカーを掲げるバイロンの姿に、私たちはついに腹を抱えて笑った。
「最弱王、爆誕。」
セルヒオが両手を広げて宣言する。
「王って言うならせめて強そうに聞こえるけどね。」
マリナが追い打ちをかける。
「称号は称号だもの。」
アマンディーヌが優雅に微笑む。
バイロンはテーブルに突っ伏した。
「もういいよ。調子が悪いようだ。他のにしよう。」
その背中はしょんぼりしているけれど、どこか演技がかっている。
でも確かに、さっきまでの運の偏りはちょっと気の毒だった。
「何にする?」
セルヒオが切り替えてカードをシャッフルしながら言う。
「うーん。あ、ぶたのしっぽは? えーっと、ドーナツだっけ?」
私が思い出しながら言うと、「お、いいんじゃないか。ルールも簡単だし。」とバイロンが頷く。
それなら、と私がトランプを切ってテーブルの中央にトランプをくるりと円形に並べる間に、バイロンが説明をしてくれて、準備は整った。
「じゃあ俺からな。」
セルヒオが一枚めくる。
一巡する間、マークも数字も揃わない。
私は円の中央に並んでいくカードの山を、真剣な目で見つめ続ける。
こういうのは、集中力が命だ。
次はアマンディーヌ。
ひらりと出たのはハートの9。
その直前のカードは、ハートの2。
――揃った。
私は反射的に、ぱんっ! と中央のカードを叩いた。
勢いよく。
自分でも驚くほど素早く。
……続くと思った他の手は、続かない。
みんな、ぽかんとしている。
「え?」
私は自分の手の下のカードを見る。
ハート。間違いない。揃っている。
「え? 間違った?」
そっと手を離して確認する。
やっぱりハート。
「ねぇ、サクラ。何してるの?」
マリナが首を傾げる。
「え? ハートでそろったから……」
「ええ、私が出して揃ったから、私のカードよね?」
アマンディーヌが不思議そうに言う。
……ん?
空気がおかしい。
「周りから1枚ずつ引いていって、同じマークか数字が出たら叩いて、次の人もその手の上に重ねていって、手が一番上の人がカードを引き取っていく。最後、カードが少ない人が勝ち、だよね? もしくは1番に叩いた人が取っていって、最後手札が多い人の勝ち⋯⋯。」
私は当然のように説明する。
しん、と静まり返るテーブル。
「え、叩くってなんだそれ?」
セルヒオが素で聞き返す。
周囲を見ると、全員が同じ顔をしている。
……あれ?
「叩かないの?」
「いや、揃ったらそのカードを出した人が回収するんじゃないのか?」
ウィリアムが穏やかに言う。
「反射神経関係ないわね。」
アマンディーヌも頷く。
どうやら、日本の……もしかすると私の地元だけのマイナールールだったらしい。
「え? ぶたのしっぽは反射神経ゲームでしょ? 本当はそんな運ゲーだったの?」
本気で混乱する私をよそに、
バイロンが、ゆっくりと顔を上げた。
にやり。
「いやいやいや、いいんじゃないか、反射神経ゲーム!」
さっきまで「最弱王」だった男の目が輝いている。
「まぁ、ただの運ゲーよりは面白そうだけど。」
ウィリアムまでうんうんと頷いている。
「叩くの早い人が有利なんだろ?」
セルヒオが指を鳴らす。
「つまり体力勝負ね。」
マリナが笑う。
アマンディーヌは一瞬考えたあと、肩をすくめた。
「面白そうじゃない。やりましょう。」
え、採用?
「ちょ、ちょっと待って。痛くしないでね?」
私は慌てて言う。
「それは保証できないな。」
セルヒオが真顔で返す。
「最弱王、ここで挽回するしかないな。」
マリナがにやり。
バイロンはゆっくりと袖をまくった。
「王の逆襲だ。」
さっきまでカード運に見放されていた男が、今度は反射神経で勝負に出る。
結局、1番最初の人が場の札を取っていくルールが採用された。
円形に並べ直されたカードを前に、6人の手がテーブルの縁にそっと置かれる。
さっきまでののんびりした空気がなくなった。
次の一枚が、めくられる。
私はごくりと唾を飲み込む。
反射神経ゲームだと言い出した手前、最初に空振りするわけにはいかない。
スペードの5。
ダイヤの13。
スペードの8……。
意外なほど揃わない。
円の中央に少しずつカードが積み重なっていく。
そのたびに、6人の指先がぴくり、と小さく動く。
誰かが呼吸を整える音。
椅子がわずかにきしむ音。
「なんかさっきより緊張してない?」
マリナが小声で言う。
「さっきはほぼ運任せだったからな。」
セルヒオが目を細めたまま答える。
マリナが次の一枚をめくる。
出たのはクラブの9。
直前のカードは――ダイヤの9。
数字が揃った。
その瞬間、私は反射的に手を伸ばしていた。
でも。
カードに触れる寸前、
上から、横から、ばしっ、ばしっ、と手が重なる。
私の手は、見事に上下から違う手に挟まれていた。
「え、そろってたの? 私が出したのに!」
マリナが今さら気づいたように声を上げる。
彼女の手は、まだ自分の胸元あたりで止まっている。
ゆっくりと、重なった手が持ち上がる。
上からウィリアム、アマンディーヌ、私、セルヒオ。
一番下にあったのは――
バイロンの大きな手。
「あ、マークじゃなくて数字! 気が付かなかった〜!」
マリナが頭を抱える。
中央のカードには、確かに同じ「9」が並んでいる。
「俺は一番だったぜ!」
「最弱王」バイロンが胸を張る。
さっきまでのしょんぼりはどこへやら。
完全復活だ。
「私、絶対取れたと思ってたのに、みんな早い!」
私は自分の手の赤みを見ながら悔しがる。
あとコンマ何秒か、早ければ。
「反射神経ゲームと言われりゃ負けるわけにはいかないよな。」
セルヒオが肩を回す。
「運ゲーとは違うからね。」
ウィリアムまで、珍しくいたずらっぽく笑っている。
普段は冷静な彼まで本気だ。
バイロンは山札をマリナの前に移しながら言う。
「見たか、最弱王の実力。」
「それ、もう返上したの?」
アマンディーヌが涼しい顔で突っ込む。
「反射王に改名だ。」
「称号が安定しないわね。」
マリナが笑う。
再びカードがめくられていく。
クラブの4。
ハートの12。
スペードの12。
ぴくっ。
また数字。
しかし一瞬早く、アマンディーヌの手が中央を制した。
「く、負けた!」
セルヒオが天を仰ぐ。
「油断大敵よ。」
アマンディーヌは優雅に微笑んだ。
そうしてゲームを続け、気づけば、みんなのカードの枚数に差が出始めていた。
バイロンは最初の大量獲得でやや有利。
アマンディーヌの手札も重そうだ。
「これ、最後カード多い人が勝ちなんだよね?」
マリナが確認する。
「そう。」
私はうなずく。
「つまり今リードは……サクラか。」
ウィリアムが私を見る。
「え、ほんと?」
自分の手札を見つめる。
確かに、多い。
「まだ追いつけるな。」
セルヒオがにやりとする。
その手元の手札もなかなか多い。
でも遅れれば確実に負ける。
次の一枚。
ダイヤの7。
その次。
ダイヤのエース。
マークが揃った。
ぱんっ!!
今度は4つの手が同時に飛び込んだ。
衝撃でカードがずれる。
「痛っ!」
「誰だ肘使ったの!」
「使ってない!」
笑い声と悲鳴が入り混じる。
重なった手の一番下。
……ウィリアム。
「取った。」
静かに宣言。
「うわ、ダークホース。」
マリナが呟く。
「冷静な人が一番強い説。」
セルヒオが頷く。
私は残りカードを見つめる。
あと少し。
でも油断したら、一気に誰かに大量の山札を取られる未来もある。
ゲームルームのざわめきの中、私たちのテーブルだけが異様な集中力に包まれていた。
バイロンが引いた最後の一枚が不発に終わった瞬間、私は自分の手札を確認した。
「お、いい勝負じゃない?」
「俺もなかなか取ってるぞ!」
「俺も少なくはないと思うが⋯」
手応えを感じつつカードを数える私、バイロン、セルヒオ。
「数えるほどのカードがないわよ!」
両手を広げたマリナの前に並べられたカードは目視でも数えられる3枚だけ。
「も〜元のルールなら、私めちゃくちゃ強かったのに〜!」
「あはは、ごめ~ん!」
わざとらしく口をとがらせるマリナに笑って謝る。
「勝ちはサクラか。」
セルヒオが数え終えたカードをまとめながら言った。
「経験の差だろうね。」
親指を立ててドヤ顔を披露する。
「その割に俺らと僅差だったけどな!」
「バイロンもセルヒオも早かったよね!次は負けそうだから、2回戦は最後の人が取っていくルールにしようよ。そっちの方がマリナも戦えそうだし。」
「乗った!」
マリナの返事で少しのルール変更をして、2回戦へ突入することになった。
気づけば、最初のゆるいカード遊びは、ちょっとした本気勝負になっていく。
テーブルの上のカードを混ぜながら、私たちは長い午後を楽しんだ。




