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40.1/30 小人の国②

この2種類で、どうやら今日使う食材は揃ったらしい。

ネイさんが満足そうに籠の中を一度確かめ、軽く頷いてから踵を返す。


『〜〜!』


両手を大きく回し歩き出したネイさんを先頭に、足元に気を配りながら、来た道を慎重に引き返す。

行きよりも籠の重みが増えたぶん、セルヒオとバイロンはより慎重に歩いているようだ。

つられて緊張が漂っているのに気づいたのだろう、セルヒオがさりげなく私の少し前を歩いてくれているのがわかって、内心ほっとした。


村に戻る、と言っても、私たちが足を踏み入れられるのは入口に近い一角だけだ。

道は相変わらず細く、広場らしい場所でさえ「両足がやっと収まる」程度の幅しかない。

これ以上進めば、うっかり誰かを踏んでしまいかねない。

同じように判断されたのだろう、ネイさんは村の入口で立ち止まり、籠を足元に置いた。


ほかのグループもぽつぽつと戻ってきて、参加者同士が目配せし合う。

でも、それよりも。

私はどうしても、村の中に目を向けてしまう。

木の根元に掘られた家の影、切り株の裏、葉を編んだ壁の隙間。

そこから、ちらちらと視線が伸びてくる。

さっき見かけた、シルバーニャファミリーくらいの大きさの子たちより、ひと回り大きい。

少年少女、と呼ぶのが一番しっくりくる年頃だろうか。

体つきはまだ幼さを残しているのに、目だけはやけに生き生きしている。

こちらが気づいたとわかると、慌てて隠れ……きれずに、またそっと覗く。


「……見られてるわね。」


アマンディーヌが小声で言って、口元を押さえる。


「完全に好奇心の塊だな。」


バイロンも苦笑しながら、でも足は一歩も動かさない。

そのうちの一人と、ふいに目が合った。

大きな黒い瞳が、ぱちりと瞬く。

私は反射的に、そっと手を振ってしまった。

一瞬、固まる。

次の瞬間、家の影に隠れ――また顔だけ出して、今度は小さく手を振り返してきた。

胸の奥が、きゅっと温かくなる。

危険だから近づけない。

触れることもできない。

それでも、こうして視線を交わすだけで、ちゃんとお互いにそこにいると感じられる。

ネイさんがそれに気づいたのか、くすっと笑うように目を細めた。


『〜〜〜。』


何を言ったかはわからないけど、ニコニコと子どもを指さしているから、悪いことは言われてないだろう。

思わず、みんなで顔を見合わせて笑った。



「皆さん、私の声は聞こえますか?」


住民と小さなふれあいをしていると、ガイドさんの声が聞こえた。


「はい。」

「聞こえます。」


とあちらこちらから返答の声があがる。


「これより調理に入りますので、こちら!こちらにお集まりください。村の中へは足を踏み入れないよう、お気を付けください。」


手を挙げて呼ぶガイドさんの元へ、参加者はそろそろと足を運ぶ。

そこは、村からほんの少しだけ離れた調理場のようだった。

といっても、石造りの台所や大きなかまどを想像してはいけない。

そこにあったのは、苔むした切り株を削って作られた作業台と、地面を浅く掘って石を円く組んだだけの小さな竈。それらが木々の根の合間に点々と配置され、森の一部として息づいている。

火事にならないのか心配なほどだ。


参加者が集まると、先ほどとは違って女性らしい服装をした人がたくさん前に並んだ。


『〜〜〜。〜〜〜!』

「『ここで調理を行います。火を使うので、危ないですから指示にしたがってください』とのことです。」


男性らしき人に比べて更に高い声が響き、ガイドさんが通訳してくれる。

まずは採ってきたものたちを洗うようだが、切り株の上──調理台の上には葉っぱで作られたそば猪口位の器がいくつも並べられている。

住民にとっては「魔女の大鍋」位の大きさだろうが、私たちにとっては、「これでどうやって洗うんだろう?」という大きさしかない。


「〜〜〜!〜〜!」

「『順番に洗っていってください』とのことです。」


周りを見渡せば、ジャガイモ位の大きさの⋯⋯お芋?を採ってきたグループも、キノコを採ってきたグループもいるようだ。


私たちは目の前の女性の指示に従うことにした。

女性が器に手をかざすと、水が満たされていく。

そこへ木の実を入れ、指先でそっと転がしながら洗う。

器が小さい分、作業はどうしてもゆっくりになる。

うっかり指を深く入れると、水はあっという間に縁を越えて溢れてしまった。

そのたびに女性は慌てることもなく、また手をかざして水を足してくれる。

私たち4人の間を行ったり来たりしながら、終始にこにこと穏やかな笑顔だなのがまだ救いだ。


溢れさせないように気をつけているつもりでも、木の実を取り出すたびに水は零れてしまう。

それでも彼女はまるで気にしていない様子で、むしろ楽しそうにこちらを見ている。

小さな器、小さな水音、小さな手の動き。

すべてが慎重さを要求されるこの作業は、不思議と心を落ち着かせた。


今度は甘い香りの葉っぱを同じ器で洗い、ちまちまと作業を進めていると、ガイドさんが慌てた様子で立ち上がるのが見えた。

視線をそちらに向けると、住民の人が持つには不釣り合いな大きさの⋯⋯お鍋?を引きずりながら運んでいる途中だった。

私たちにとってはちょっとした両手鍋位の大きさだけど、住民さんたちが持つとちょっとした家程あるように見える。

ガイドさんが受け取り、土か何かでできたようなそのお鍋を、石を並べた釜の上に据える。

運んでいた住民たちは一仕事終えたように額をぬぐっていた。



「サクラ! 次は切るのを手伝うみたいだぞ。」


セルヒオの声に、はっとして顔を戻す。

見ると、さっきまで指示を出していた女性が、ぐるりと大きく腕を回しながら、次の作業場へと歩き出すところだった。


「あ、ごめん、今行く!」


慌てて後を追い、他のグループが集まっている場所へ合流する。

そこには、いつの間にか女性たちがわらわらと集まってきていた。

その手にあるのは、指一本分ほどの太さがありそうな、刃物……包丁、だろうか。

よく見ると、一本の刃に両端の持ち手が付いた、まるで二人引きのノコギリのような形をしている。


「『まずは少し小さくします』だそうです。」


ガイドさんの通訳と同時に、二人の女性が前に出て、それぞれ刃物の両端を持った。

さらに別の女性が、お芋――やっぱり芋だと思う――の反対側をしっかりと押さえる。

次の瞬間、


ギコ、ギコ。


木を切るような音を立てながら、水平に刃が入っていく。

動きはゆっくりなのに、無駄がなく、息がぴったり合っている。

途中で押さえる女性が位置を変え、力のかかり具合を調整する。

やがて、お芋はきれいに真っ二つになった。

切り終えた女性の一人が、断面を確かめるように、ぽんぽんと軽く叩く。


「『こうやって切ってから、後で皮を剥きます』と言っています。やってみたい方はいますか?」


どうせ、みんな手を挙げるだろう。

そう思った私は、勢いよく手を挙げた。


「では、最初はそちらの女性にお願いしましょう」


……あれ?

周囲を見渡して、固まる。

誰も、手を挙げていなかった。

え、嘘。私だけ?

一気に頬が熱くなる。

なんだか、やる気満々で前に出てきた人みたいで、ものすごく恥ずかしい。

でも、もう指名されてしまった以上、後には引けない。


「……はい」


そそそっと前に出て、しゃがみ込み、お芋を手に取る。

見た目も重さも、本当にじゃがいもそっくりだ。

表面は少しざらっとしていて、ひんやりしている。

女性が、にこっと笑いながら刃物の片端を差し出してきた。

私は慎重にそれを受け取り、刃を動かす。


ギコ、ギコ。


二人で交互に引くより、私が少し大きく動かした方が早いのは、どうしても仕方がない。

刃はすぐに芋に食い込み、抵抗はほとんどない。


「あ……」


思ったよりもあっさり、芋は半分に切れた。

すると周囲から、『わ〜!』『〜〜〜!』と、楽しそうな声が一斉に上がる。

女性たちが手を叩いたり、身を乗り出したりしている。


「早くてすごい、って褒められていますよ」


ガイドさんの言葉に、思わず照れ笑いがこぼれた。

なんだか、幼稚園児を褒められているみたいだ。


私が切ったのをきっかけに、堰を切ったように参加者たちがわらわらと調理に加わり始めた。

さっきまで遠慮がちに見ていただけの人たちも、「じゃあ私も」「次は何するの?」と、次々に前へ出てくる。

すると女性の一人が、葉の皿に乗せたお芋を持ってきた。

それはすでに、きれいな一センチ角ほどのさいの目に切られている。

女性はそれを指で示し、次に、まだ丸いままの大きなお芋を指さした。


「……これくらいの大きさに切る、ってことか。」


正直なところ、包丁が欲しい。

心の底から。

とはいえ無いものは無い。

私は渡された二人引きノコギリを握り直し、またお芋と向き合った。


ちまちま、ちまちまと、ひたすらお芋と格闘する。

切って、向きを変えて、また切って。

思った以上に根気のいる作業だ。

そのすぐ隣では、爪ほどの長さしかない包丁を手にした女性たちが、流れるような手つきで皮を剥き始めていた。

さっき私たちが必死に切ったさいの目のお芋も、彼女たちの手に渡ると、ようやく「人間サイズの丸いじゃがいも」くらいの感覚なのだろう。

するり、するりと、気持ちいいほど皮が剥かれていく。


『すご……』


思わず見惚れていると、反対側では、私たちが採ってきた赤い実が、まるでスイカを割るみたいに切られていた。

別の場所では葉っぱが手でちぎられ、さらに奥では、きのこを数人がかりで裂いていたのを、途中から参加者が代わって作業している。

あちこちで、人間と住民が入り混じり、声を掛け合い、手を貸し合う。

いつの間にか、「体験」ではなく、ちゃんと「みんなで料理している」空気になっていた。

負けじと私は、渡されたノコギリを使い続け、黙々とお芋を切り続ける。

腕が少しだるくなってきたけれど、不思議と嫌じゃない。


やがて、集めてきた材料がすべて下ごしらえを終えた頃。

ごま粒ほどの大きさに刻まれた材料たちは、葉でできた器に分けられ、どこかへ運ばれていってしまった。

何に使うのかは、まだ分からない。


一方、残された一センチ角の材料たちは、いつの間にか土でできた大きなお鍋のもとへ集められていた。

鍋の縁には、はしごが掛けられ、住民たちがそれを使って中へ材料を放り込んでいく。

全ての材料が入ると、数人の住民さんが鍋の縁に立ち、揃って手をかざした。

……え?

少し待つと、鍋の底から、しん……と水音が広がり、あっという間に中が水で満たされていく。

「すご……」

住民さんたちが鍋から下りると、今度は別の人たちが周囲を囲んだ。

浅く掘られた穴の中に、ぱちり、と火が灯る。


『薪じゃないの!?』


思わず声が出る。

そのタイミングで、ガイドさんが説明をしてくれた。


「本来、住民たちは薪を使って火を扱います。ただ、今回はこの鍋を沸かし続ける太い薪を運んでくるより、魔法でお湯を沸かす方が簡単だと判断したようです。」


なるほど、と納得する。

合理的だし、何より安全だ。

鍋の中では、材料たちが静かに水に沈み、これから始まる煮込みを待っている。

森の匂いと、ほんのり立ち上り始めた湯気を感じながら、私は胸の奥で小さく期待を膨らませていた。


火が安定すると、土のお鍋の中から、ことり……ことり……と低い音が聞こえ始めた。

水面がわずかに揺れ、切りそろえられたお芋やきのこ、赤い実がゆっくりと浮き沈みしている。

最初に立ちのぼったのは、土と草が混ざったような、少し湿った匂いだった。

それが次第に出しのような優しい香りに変わっていく。


「……いい匂いしてきたね。」

「腹が減る匂いだな。」


私が思わず呟くと、セルヒオが返事をしてくれる。

鍋の縁では、さっき水を満たしていた住民さんたちが、今度は小さな袋を取り出していた。

葉っぱを乾かしたようなもの、よくわからない粉。

それぞれを、バッサバッサと勢いよく入れていく。

入れるたびに、香りがはっきり変わるのが不思議だった。


セルヒオがカシャカシャと写真を撮りながら鼻をひくりとさせる。


「なんの調味料なんだろうな。」

「発酵させた葉っぱらしいですよ。」


ガイドさんが小声で教えてくれるのに頷いて、セルヒオはカメラを向け続けていた。


やがて、鍋の中身が完全に沸き立ち、表面に細かい泡が広がる。

お鍋の周りの住民さんたちが代わる代わる手をかざし続け、30〜40分は経っただろうか。

しばらくして、火が止められると、住民さんが座り込むのと同時に、ガイドさんが呼ばれてお鍋の所に向かった。

住民さんの身長程ありそうな木のスプーンが用意されたようで、ガイドさんが慎重に一杯、すくう。

とろりとした黄金色のスープが、光を受けて揺れる。

お芋は角が取れて丸くなり、赤い実は色を溶かして、全体に淡い朱を差していた。

葉っぱのお椀に注がれ、参加者たちに順番に配られていく。

私の手にも、片手で収まるほどの葉っぱ椀が渡された。

湯気が、ふわっと頬に触れる。


そうしていると女性たちがお鍋らしき物を抱えて戻ってきた。

住民さんたちにも小さな小さな器にたぶん先ほどの、ごま大の材料で作られたスープが渡されていく。


みんなに行き渡ると、男性が何かを言った。


「『みなさんのおかげで楽しく料理ができました。食べましょう』とのことです。」


その声をきっかけにみんながスープに口をつけた。


一口。

――優しい。

色々な出汁が効いた、優しい味のスープだ。

小さな木のスプーンで具を食べる。

一つずつしか具材が掬えないので、予期せずゆっくりとした食事となった。




後片付けも手伝い、足元に注意しながら来た道を戻る。

帰りは行きよりも短い時間ですぐに広場まで戻り、そこからはまた同じ時間がかかった。


船に戻った私たちは誰が言うでもなく、そのままビュッフェ会場に向かった。


「おいしかったよ? 楽しかったよ? でもさ!」

「そう! ちょっと量がね!」

「腹減ったわ⋯」

「僕も。」

「同じく。」

「楽しかったけれど、満腹になるにはほど遠かったわね。」


言葉が重なるたびに、みんなの表情がどこか可笑しくなっていく。

さっきまでの幻想的な体験と、目の前に並ぶ現実的な料理の数々。その落差に、思わず笑ってしまう。

私たちは顔を見合わせて頷き合い、それ以上は何も言わず、黙々と皿に料理を盛った。




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