33.1/22 女子会
「かんぱーい!」
バーの隅のテーブルに、私とマリナとアマンディーヌのグラスが軽くぶつかる。
氷がカランと音を立て、照明を受けて金色の泡が立ちのぼった。
「ふふ、まだ5時なのに乾杯なんて、ちょっと贅沢な気分ね。」
マリナが笑いながらグラスを傾ける。
「たまにはいいじゃない。理由がなくても、飲みたいときが飲み時よ。」
アマンディーヌが軽やかにグラスを掲げ、白いワインをひと口。
その仕草が妙に絵になって、思わず見とれてしまう。
今日はウィリアムにも遠慮してもらって、いわゆる女子会だ。
なんとなく日中に連絡を取ったら、なんとなく3人とも暇で、なんとなく集まっただけ。
でも、女だけで集まって、そこにお酒まで入れば立派な女子会が成立するに決まっている。
まだ外はほんのり明るく、沈みかけた太陽がオレンジ色に海を染めている。
船の影がゆらゆらと動いて、風がガラス窓をやさしく鳴らした。
私はスパイスの効いたホットワイン、マリナはフルーツたっぷりのカクテル、アマンディーヌはいつもの白ワインを頼んでいる。
「これ、美味しい! オレンジとミントの組み合わせ最高!」
マリナがご機嫌でグラスを掲げる。
「あなた、前も『最高』って言ってたわよね。味、違うのに。」
アマンディーヌが肩をすくめて笑う。
「おいしいものは全部『最高』でいいの!」
私は小皿のチーズをつまみ、口に放り込んだ。
ほどよい塩気が舌の上で溶けて、ワインの酸味が柔らかく広がる。
なんでもない日なのに、胸の奥がじんわり温かくなる。
「こうやって、理由もなく集まるの、好きだな。」
私がつぶやくと、マリナがにっこり笑った。
「うん。イベントもいいけど、こういう日がいちばん楽しいかも。」
「ええ。特別なことがなくても、気楽に笑えるのっていいわね。」
アマンディーヌの声がやわらかく響いた。
「ねぇ、マリナ、それもう3杯目だけど、大丈夫なの?」
アマンディーヌが半分笑いながら言うと、マリナはグラスを手に、ふわふわと笑った。
「えー? 2杯目だよ〜。……たぶん?」
「『たぶん』ってなに。」
思わず吹き出した私の声に、3人で笑いが弾ける。
音楽は少しテンポのいいジャズに変わっていて、周りのテーブルでは他の乗客たちもそれぞれの夜を楽しんでいる。
カウンターの中でマスターがグラスを磨く音が、ちょっとしたリズムみたいに響く。
「……ねぇ」
気づいたら、私はぽつりと呟いていた。
「この旅、終わったらちょっと寂しくなるね。」
一瞬、3人の間に静けさが落ちた。
そして、マリナが、ぽつりと言った。
「ねぇ、私、みんなに会えてよかった。」
アマンディーヌが顔を上げ、私も目を見合わせる。
「なんか……食の国での食べ歩きとか、迷宮に行ったときとか、あの瞬間を共有できたのが嬉しかったの。」
マリナの言葉にアマンディーヌが優しく笑う。
「旅ってそういうものよね。風景じゃなくて、人の記憶を集めるの。」
「うん……いいこと言うねぇ。」
マリナがしみじみ頷いて、またワインを飲む。
でもすぐに、ニッと笑う。
「でも、旅じゃなくったって、また会えばいいじゃんね。次はサクラの国に遊びに行くのでも、私の国で集まるのでも、どこでもいいからさ。」
「そうね。場所なんて関係ないわ。」
アマンディーヌが優しく微笑み、グラスを掲げた。
「じゃあ、『また会う日の約束』に——乾杯。」
「乾杯!」
「かんぱーい!」
グラスの音が高く響き、ほんの少し涙が滲んだ。
笑ってるのに、胸の奥が温かくて、苦しくて。
たぶん、酔いだけじゃない。
「ねぇ、せっかくだしさ——」
しんみりした雰囲気を払拭するように、マリナがグラスをくるくる回しながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「女子会といえば、アレでしょ?」
「アレ?」
「秘密、ひとつずつ暴露してくやつ!」
「出たわね。」
アマンディーヌが笑い、グラスをテーブルに置いた。
「酔った勢いで、明日絶対後悔するやつ。」
「そうそう、それそれ!」
マリナが満足そうに頷く。
拒否権はないようで、なんの返事もしないまま話が進んでいくのを、まぁいっかと私は見守る。
「じゃあ……誰からいく?」
「言い出しっぺの法則よね。」
アマンディーヌが指を立てる。
「マリナ、あなたから。」
「うっ……やっぱりそうなるよねぇ……。」
マリナは頬をかきながら少し考え込み、それから小声で言った。
「……実はね。最初、ウィリアムのこと、タイプじゃなかったの。」
「「えっ!」」
私とアマンディーヌが声を揃えた。
「だって、真面目すぎるんだもん。最初は『絶対この人と付き合わないタイプ』って思ってたのよ。」
「でも?」
「でも、ある日、夜遅くに残業してたらね、外で彼が待ってたの。寒いからってココア買って。『頑張ってる人は、放っておけないんです』って言われて……あれで完全にやられた。」
マリナが恥ずかしそうに顔を覆った。
「ロマンチック〜!」
アマンディーヌが思わず拍手する。
「もう映画のワンシーンみたい!」
「やめて〜! もう忘れたいのに!」
「忘れたくないくせに!」
3人で笑い合う。
ワインのせいか、頬も心もあたたかい。
「じゃあ次、アマンディーヌね。」
「私?」
マリナから言われて、アマンディーヌはグラスをくいっと傾けて、少し考え込んだ。
「……実は私ね、恋人がいるの。」
「えっ!?」
今度はマリナが声を上げた。
「え!? いたの!?」
「まぁ、いたなのかもしれないけど……」
アマンディーヌは苦笑する。
「相手の転勤で遠距離になって⋯。もう1年以上会ってないの。」
「それって……」
言葉が続けられない私に、アマンディーヌは一瞬だけ寂しそうに笑った。
「終わったのかどうかもわからない。でも、最後の連絡の時、返事をしなかったのは私の方なの。たぶん、彼のこと、今でも嫌いじゃない。でも、会えなくて、連絡も途切れがちになって⋯あのままだと自分を失いそうだったの。」
「……そっか。」
「うん、怖くなっちゃって⋯。」
沈黙が一瞬だけ落ちたけど、重くはなかった。
グラスの中で、氷が小さく鳴った。
「じゃあ、最後はサクラの番ね。」
マリナが身を乗り出す。
「えぇっ、私!?」
「そうよ、ずるいわ。聞くだけ聞いて終わりなんて。」
少し迷ってから、私は小さく息を吸い込んだ。
「じゃあ、私の人生の中では特大のものを。私、1年も経たない位前に、婚約破棄されたの。相手の浮気が原因で。」
「「えぇ!?」」
目を見開いた2人にふっと笑いがこみ上げる。
もう吹っ切れた思い出話を語るにはちょうどいいのかもしれない。
ここは海外どころか異世界なんだから、日本の契約書も適応外だろう。
───それは10ヶ月程前のこと。
私はその時、2年付き合った同じ会社の人と婚約していた。
入籍予定日は3ヶ月後、結婚式はその1ヶ月あとに控えている。
新居も決まり、先に彼が住み始めていて、私は仕事帰りに時々泊まりに行く。
指輪ももうすぐ出来上がる予定で、スマホのフォトフォルダはドレスの試着写真でいっぱいだった。
──そう、普通なら、幸せの真ん中にいるはずだった。
なのに私は、その夜、ため息をつきながら、駅から新居へ続く夜道を歩いていた。
理由なんて特にない。ただ、なんとなく、会いたくなった。
仕事が早く終わったから、サプライズでもしようかと、「今日寄ってもいい?」の一言も送らず、コンビニでスイーツを2つ買って。
玄関の灯りがついていた。
彼、起きてるんだ、と思って、軽く笑いながらドアノブを回した。
「ただい──」
言いかけた言葉が喉の奥で止まる。
玄関に並んだ見慣れない靴。
女物のヒール、淡いピンク色のストラップ。
サイズも形も、私のものではない。
その瞬間、頭の中が真っ白になった。
なのに、なぜか心はひどく静かで、自分でも驚くほど冷静だった。
「……誰の、だろう。」
スイーツの袋をそっと靴箱の上に置き、物音を立てないように靴を脱ぐ。
照明が煌々と光るリビングを静かに覗くが誰もいない。
耳を澄ますと浴室のある方角から、微かに水音が聞こえた。
シャワーの音、笑い声。
彼の声。
そして、女の声。
喉の奥が焼けるように熱くなる。
胸の中で何かがぐしゃりと音を立てた。
それでも私は、震える指先でスマホを取り出し、動画モードをオンにした。
「……証拠は、大事。」
息を殺して、ゆっくりと洗面所へ向かう。
床に散らばる服。
男物のシャツと、レースのついたブラウス。
並んで転がる靴下。
見たくもない現実が、そこにあった。
浴室の扉の向こうから、くぐもった笑い声と、水のはねる音が聞こえる。
どう聞いてもいちゃついてる声だ。
指が震えた。
深呼吸をひとつ。
勢いよく扉を開け放つ。
浴室の中で、彼と──見知らぬ女が、湯船の中で絡み合っていた。
女が悲鳴を上げ、彼が振り返る。
その顔を、私はスマホのカメラ越しに見つめた。
──録画の赤いランプが、小さく点灯していた。
彼と浮気相手は、最初こそ慌てふためいていた。
「なんでここに!?」「連絡してから来いよ!」
そんな言葉を投げつけてくる彼を無視して、私は冷静に部屋の奥へ進む。
「話はリビングでしよう。」
自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。
怒りも悲しみも、今はまだ遠くにあるような気がした。
湯気の残る浴室の熱気が、廊下を伝ってリビングまで流れ込んでくる。
その不快さを飲み込んで私はテーブルを挟んでソファに腰を下ろした。
当然、彼が私の隣に座るだろうと思っていた。
けれど、彼は何のためらいもなく、浮気女の隣に腰を下ろした。
――その瞬間、すべてを悟った。
この人は、もう私のことを守る気なんてない。
「誤解なんだ」「話を聞いてくれ」そんな言葉も出てこない。
ただ、浮気相手の女がふてぶてしく脚を組み、濡れた髪をタオルで拭きながら、勝ち誇ったように私を見返してきた。
その目には、申し訳なさも、後ろめたさも、何ひとつなかった。
むしろ「奪ってやった」とでも言いたげな、挑発の色があった。
私は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
手の中のスマホはまだ録画を続けている。
いい。全部記録しておこう。
「説明してくれる?」
ようやく声を出すと、彼は一瞬だけ私の方を見たが、視線をすぐに逸らした。
彼女の方は、にやりと笑って、まるで面倒ごとを楽しむような顔をしていた。
部屋の時計の針の音が、やけに大きく響く。
これまでの恋人としての時間が、静かに、無惨に崩れていく音のように思えた。
「なにそれ! 最ッ低!!」
「せめて浮気女の部屋に行くとか、新居以外に行きなさいよ!」
マリナとアマンディーヌが、私以上に怒ってくれている。
テーブルをバンッと叩いたマリナの眉間には深いシワが寄っていて、アマンディーヌはグラスを置く手がわずかに震えていた。
あのときの自分より、今の二人のほうがずっと感情的に怒ってくれている気がする。
他の友達も、あのとき同じ反応してたなぁ……と、少し懐かしく思い出す。
「まぁ、最低なのはそれだけじゃなくてさ」
私はカクテルのストローをくるくる回しながら言った。
「ニヤニヤしながら浮気相手が写真出してきたの。なんだと思う?」
「⋯予想がつかないけど、苛つくものだと思う。」
マリナがむっすりと呟く。眉をしかめながら、すでに喉元まで怒りがこみ上げているのが分かる。
「そう、マリナ大当たり。」
私はわざと軽い口調で続けた。
「なんと、エコー写真! つまり相手は妊娠中!!」
「「はぁぁぁ!?」」
バーの中に響いた2人の怒声。
慌てて口を押さえた2人は、周囲の客に頭を下げながら「すみません、ちょっと今、信じられない話してて」とぺこぺこと謝る。
隣のテーブルのカップルがびっくりした顔でこちらを見ている。
私は苦笑いしながら肩をすくめた。
「でしょ? しかも元カレにも妊娠報告してなかった──ていうか、その日にするつもりだったらしくて、元カレも驚いてんの。」
アマンディーヌがグラスを置いて、信じられないというように目を見開いた。
「ちょっと待って……そのタイミングって、あなたまだ婚約中だったんでしょ?」
「そう。入籍まであと3ヶ月だった。」
私は小さく笑った。
「まるで私に負けたくなかったみたいな顔してた。勝ち誇ったみたいにお腹撫でながら、『彼はもう私のものです』って言うんだよ」
マリナが深呼吸をして、眉を吊り上げた。
「信じられない。そんなの人として終わってる。……その女、どうなったの?」
私は氷が溶けて薄くなったカクテルを一口飲み、静かに答えた。
「いい会社の社長令嬢だったらしくてね。しかも、まだ結婚してなかったから、彼女にとっても『やらかしたけど逃げ切りたい案件』だったみたい。結局、破格の慰謝料もらって……はい、おしまい。」
「え、え? おしまい? 慰謝料だけで?」
アマンディーヌが目を丸くして、信じられないというように首を振った。
彼女の髪がふわりと揺れる。
「それがさ、お金持ちってのは、ほんっと準備が早いのよ。相手の弁護士がもう、速攻で出てきて。しかもやたら丁寧にさぁ──
『婚約破棄は慰謝料をお支払いする以外、解決の道はありません』とか、『感情的な行動を取られた場合は、名誉毀損や暴行罪にあたる場合もございますのでお気をつけください』って、淡々と説明されるの。」
私はあのときの空気を思い出して、ため息まじりに笑った。
「で、ネットで調べたら本当にそうなの。婚約って、結局法的には『結婚の約束』扱いで、破棄されても慰謝料くらいしか取れない。だから……もう、それ以上はどうにもならなかった。」
「イ、イライラする〜! 日本ってそんな国なの!?」
マリナがテーブルに突っ伏して、わなわなと拳を震わせた。
「いや、日本!? 日本は法治国家だから!」
思わずツッコミを入れる。
怒りの対象がどんどんスケールアップしていくのが可笑しくて、思わず吹き出してしまった。
「で、浮気相手には、慰謝料取っただけでおしまい。」
「……あら? 浮気相手には?」
アマンディーヌが怪訝そうに眉をひそめる。
「そう、浮気相手には。」
私はグラスをくるくると回しながら、唇の端をゆっくり吊り上げた。
照明の光が氷に反射して、私の笑みをわずかに照らす。
「お金で終わらせたのは女側だけ。元カレには、別の形でちょっとだけ、後からお礼してあげたの。」
マリナとアマンディーヌの目が同時に光る。
マリナが身を乗り出し、アマンディーヌは息を呑む。
「ちょ、ちょっと……なにしたの!?」
「まさか、やり返したの!?」
私はニヤリと笑い、グラスを軽く掲げた。
「秘密。ふふふ」
「ここまで来て秘密はないでしょ!」
「そうよ! 大丈夫、日本人には内緒にするわ」
マリナの本気か冗談かわからない言葉に笑った。
「いやぁ、大したことしてないのよ。友達から『酷なようだけど、やり返すなら、口外禁止の示談書にサインする前までだよ』って言われて。」
「わかった!言いふらしたんだ!」
「半分当たり! 私が言いふらしたら犯罪なんだって!」
私は友達と、どうやったら犯罪にならずに復讐できるかを話し合った。
その結論として、浮気相手への仕返しは諦めるしかない、もしくは示談をギリギリまで引き伸ばしてやきもきさせるくらいしか出来ない。ということになった。
あの女の勝ち誇った顔を思い出すと吐きそうなくらい苛つくが、仕方ない。
ターゲットを彼氏⋯元カレに絞り、さらに友達と話し合いを続ける。
なにかしてたほうが心が穏やかなこともあって、いろんな友達との予定を入れまくって愚痴った。愚痴愚痴に愚痴って、少しスッキリした後、私はサイン前に短期決戦の計画を実行することにした。
もしかしたら名誉毀損で訴えられるかもしれないが、せいぜい慰謝料相殺の示談になるだろう。その時は結婚資金でこちらも弁護士を雇ってやる。
「そんな覚悟で、まずは結婚式に招待予定だった会社の同じ課の人に相手が何かしたから別れたんですよ。相手はどこの課の何々さんです。って報告したの。」
「それだけ?」
マリナが不満げに口を尖らせる。
「あとは、なんでもかんでも言いふらす通称スピーカー女性に誘われた2人飲み会に行って、泣きながら愚痴ったの。薬用リップ大活躍。」
「やっぱりそれだけ?って感じなんだけど。」
同じく不満そうなアマンディーヌに両手を挙げてみせた。
「私がしたのはそれだけ。それが終わってから示談書にサインして、慰謝料が振り込まれて示談成立。⋯⋯ただ、結果が大きくなっただけ。」
「「え!?」」
満面の笑顔に変わった2人に苦笑いを返す。
そう、結果は元カレの人生を変えるほどに大きく動いた。
噂話で聞いただけだからどこまで本当かわからないけど、スピーカー女性は濁した元カレの名前をしっかりと調べ、全体会議で再会した別のスピーカー女性と情報交換を行ったらしい。
私の当初の計画「ちょっと周りの人に白い目で見られて居心地悪くなればいい」はこの時点でだいぶ達成していたと思う。
そこから本来なら1〜2ヶ月もすれば落ち着くであろうスキャンダルは、なんと盛大に行われた浮気相手との結婚式に職場の人を呼んだことで再燃したらしい。
同じ会社の女性との結婚式に呼んでおいて、結婚式の日程変更があり、招待状には知らない女性の名前が書かれている。
それだけでも十分アレ案件なのに、義理で結婚式に参列したらすでに子どももいますと幸せアピールまでしていたというのだから、すでに流れていた噂を自ら裏付けしたようなものだ。
そんな針のむしろ状態の中、浮気相手からは「つわりがひどいから早く帰ってこい」と携帯に鬼電がかかっただとか、残業すれば「本当に職場にいるのか確認したかった」とかで職場に電話してきたりだとか、妊婦とは思えないすさまじい行動力により元カレは疲弊していったらしい。
⋯これは私のせいじゃないよ。一番影響出たろだろうけど。
そうこうするうちに、耐えられなくなった元カレは退職することになった。
噂では浮気相手の親の会社に入社したらしいけど、流石にそこからの情報はない。
「やったよアマンディーヌ! 神様っているんだよ!」
「そうねマリナ! 女の方にもきっと何か天罰が下ってるわ!」
キャッキャッと喜ぶ2人を見てたら、なんだかおかしくなってきた。
「今だから言えるんだけどさ。正直スッキリしたし、罪悪感なんてなかった。でも、よくよく考えたら、私そこまで冷静になれたのって、相手のことそこまで好きじゃなかったからなのかなって思うんだ。」
「ん?」
「おっと、話が変わってくるわよ?」
喜びあっていた2人の目線が私に戻ってきた。
「日本だとさ、私の偏見だけど30歳までに結婚、35歳までに出産っていう見えない壁がまだあるのよ。気にしない人も多いけど、私は気にするタイプだった。」
「あ〜なるほど。」
同じく未婚のアマンディーヌがゆっくり頷いた。
「だからさ、やたら高い買い物してる気がするな、とか、時間にルーズだな、とか、結婚式の準備──例えば招待客のリストアップなんか、期限守らないけどやる気あるのかなとか。
そんなことに一切目をつぶってなんとしても30歳までに結婚!っていうのを優先しちゃってた気がするの。」
「⋯⋯結構目をつぶっちゃダメな項目ばっかりじゃない?」
「そう! 今なら私もそう思う!」
マリナが難しい顔で言うのに、今度は私が頷いた。
「でも30歳までに結婚したかったんだよねぇ。30になってみれば、そう大してこだわることじゃなかったと思うんだけど。あ、でもでも、それがきっかけでこの船に乗ってるんだよ。」
「え、そんなの関係あるの?」
「うん。集中できるものが欲しくて、クルーズ船乗船の社内選考に応募して、セルマー公用語は必死に勉強したんだけど。」
「ああ、そういう意味。」
2人は納得したようだけど、それだけじゃない。
「もらった慰謝料、何に使うのも苛つくし、貯金に回すのもなんか癪でさ。
上司に推薦文書いてもらうのに、オプショナルツアーとかたくさんつけて、それも会社広報に提供します。って書いてもらったの。お金の出どころはその慰謝料。」
「ええ!? ホントに?」
マリナが思わず吹き出した。
「ホントホント。それが合否に関係したかはわからないけど。だから、贅沢にオプショナルツアー申し込んでるでしょ?」
「あ、それは思った! 仕事で来てるって言ってたから、会社から出てるのかと。」
「余裕のある旅で羨ましいなと思ってたけど、資金の出どころを聞くと、急に羨ましくなくなったわ⋯。」
2人に笑って返し、「だから、この旅が終わったら、本当におしまい。」と続けた。
「浮気のこと思い出したとしても、『ああ、その慰謝料でクルーズ船で豪遊したな』って思い出せるようになると思うから。」
「そうね、浮気のこと考えた時には、こうやって女子会したことを思い出して!」
「うるさいのが騒いで、周りに謝ってたなってね。」
マリナとアマンディーヌが自然とグラスを持ち上げ、みんなほぼ空っぽのグラスで何度目かの乾杯をした。




