01.12/21 出港①
第一寄港地に寄るまではあまりに長いので、毎日更新します。
第一寄港地に寄ってからは目指せ週一更新です。
長い旅になりますが、どうぞよろしくお願いします。
カラカラとキャリーケースを引きながら、私は港へ向けて歩いていた。
早くに来ても乗船は出来ると聞いていたが、クルーズ船に乗るのが初めての私にとって、本当に入れるのかは半信半疑だ。
15時出港なのに、今はまだ11時を過ぎたところで、まだ乗れませんとなったらこの大荷物を抱えて時間を潰すのは大変そうで困るな。
そう考えていると視界がひらけ、船が目の前に見えた。
『うわぁぁ! 大っきい!!』
私は思わず大きな声を出した。
建物の上からチラチラと見えていた船影に大きいと思ってはいたが、間近で見る船は学校の校舎より横幅があり、見上げるほど高かった。
『これに乗るんだ⋯! え、部屋どこだろう?』
自然と早足になりながら受付らしきテントに向かう。手荷物以外の荷物はここで預け、あとから部屋に届くそうだ。
貴重品がリュックに入っているかもう一度確認をし、私は乗船券とパスポートをしっかりと握りしめた。隣の受付場へ移ると、先客がすでにそれなりにいて、20分ほど待って私の番になった。
手続き自体はパスポート預けたり指紋や顔写真を撮ったり、空港手続きと同じで、これもある意味海外旅行だもんなとぼんやり思う。
出国審査を終え、手荷物のスキャンも身体検査も済ませると胸に4と書かれたシールを貼られた。この番号が呼ばれたら乗船できるようで、とりあえず流れに沿って歩くと広い乗船待合室に入った。
ウェルカムドリンクのオレンジウォーターを飲みながらのんびりと待ち、パスポートを預けて船内決済を兼ねたルームキーカードを受け取った私は、よし!と高鳴る胸を躍らせながら建物から出た。
テントで作られた通路を通りながら、チラチラと船を見上げる。
『うわぁホントに乗るんだ。ふぇえ大きいな。すごっ! へへへッ』
ニコニコと階段を登るとそこはきらびやかな別世界が広がっていた。
「ようこそ『アース・イテリア』へ」
クルーに迎え入れられて歩みを進めれば、高い吹き抜けのエントランスホールに柔らかなピアノの生演奏が響いている。
大理石の床は磨き上げられて光を反射し、階段の手すりには真鍮が輝いている。頭上には巨大なシャンデリアが吊り下げられ、宝石のような光を放っていた。
まるで映画のワンシーンに迷い込んだようで、思わず立ち止まりそうになった私を避けて、他の乗客が横を通り過ぎた。
それに気づいて慌ててまた歩き始めたが、部屋にはまだ入れないと聞いている。
「すみません、どこで待てばいいですか?」
「あちらに進んでいただきますと、プロムナードダイニングがありますのでそちらでお待ち下さい。お部屋の準備が整いましたら、また放送がございます。」
近くのクルーに声を掛けると、とても丁寧な返事が返ってきた。それがなんとなく嬉しいと感じながら、言われたカフェへと向かった。
うわぁどれも美味しそうで困る!
場所取りを済ませた私は、ずらりと並ぶ料理を前にとても悩んでいた。
手当たり次第に取りたいけど、夜はコースディナーが食べられるって話だからそんながっついて食べるのもな。
ついポテトとか取りそうになるけど、おそらく運航中はどうせずっと出ると思うから我慢するとして。
「お客様、焼きたてピザはいかがです?」
オープンキッチンのガラス越しに、ぷくぷくと泡立つチーズがたっぷり乗ったピザが目に飛び込んできた。
ぱっと顔をあげると男性クルーがピザピールをクルリと回転させ、パチリとウインクをした。
イテリア人なのだろうか、とても様になっていてかっこいい。
「ありがとうございます。じゃあ1つ下さい。」
イテリア船なため、運航中はずっと出ると思うが、私はついピザを取ることにしてしまった。
合わせて多めのサラダも取ると、席に戻った。
運良く窓際に座れたため差し込む日差しも相まってとても暖かい。
船の揺れをほとんど感じないせいで、「ここが海の上だ」という実感が時折薄れてしまう。
それでも窓越しに見えるのは確かに果てのない水平線。
まるで浮遊する都市にでも乗り込んだかのような、不思議な感覚だった。
満たされた気持ちでナイフで切り分けたピザをフォークで食べる。
本場はナイフとフォークを使うはずだ、とお上品に切って食べ進めるが、かぶりつきたい衝動でいっぱいだ。
1切れが大きかったこともありだいぶお腹もいっぱいになった。
少しだけデザートが食べたいとデザートコーナーを見ていると、あるものを見て私は一度目を見開き、そして見なかったことにして通り過ぎた。
デザートコーナーを全部見たあと、もう一度その前に向かう。
いやいや、せっかくお昼ごはん少なめにしていたのに。いやいや。うーん⋯いやいや。
もう一度座った私の前には、チョコフォンデュがたっぷりかかったブラウニーが鎮座していた。
パリッとヒビの入る表面に、しっとりとした断面。
そのままでも濃厚そうなケーキにつややかなチョコソース。
おいしくないわけがない!
『あ~おいしかった。お腹いっぱい。ごちそうさまでした。』
食べ終わった幸せな気分で周りを見ても、まだ自由に船内を歩き回るのはだめなのか、他の人もほとんどここに集まっているようだ。
食べ始めた時に比べほとんど席が埋まっている。
見える範囲だけなため絶対とは言えないが、日本人は見当たらない気がする。
ついでに長国人も件国人もいなそうだ。
他のアシア系の人やヤーロッパ系、アベリカ系の人はいるが、どこの国だか私では見分けがつかない。
あとは費用が高いのだから当たり前かもしれないが、若い人は少なく人生ベテランそうな人がほとんどのようだ。
未成年は異世界には国際条例で渡れないと決まっているので、そもそもいない。
「お待たせしてすみません。番号4番のお客様、お部屋の準備が整いました。」
流れた放送に立ち上がり部屋に向かう。
部屋番号を確認しながら進むと、扉の前に先ほど預けたキャリーケースが目印のように置かれていた。
扉に鍵を近づけるとピッと軽い電子音が鳴る。
ゆっくり扉を押して入ると、先に郵送していた荷物が山積みに届いていた。
正直2〜3箱は届かない物が出るだろうとたかをくくって多めに送ったので、全て届いたであろう荷物は圧巻だ。
よし、と大量の荷物を一度見なかったことにした私はバルコニーへ歩き始めた。
正面は全面ガラスでできていて、バルコニーからの見晴らしはとても良好だ。
上半分は開きそうだけど、とキョロキョロすると壁に上下の矢印があった。下ボタンを押すと、ガラスの上半分が下にスライドし始めた。
乗り出すように外を見れば思っていたよりも視界が高く、先ほど受付をしてもらった所が右下に見える。
小さな机とガーデンソファーが2脚用意され、くつろげるスペースとなっているようで、絶対に1回はここでごはんを食べようと心躍らせる。
中に戻ってくるりと部屋を見渡した。
ちょっと広めのシングルルームといった様子の縦長い室内は、入口すぐ右の扉を開ければ広い洗面台とトイレと透明ガラスで仕切られたシャワーブースがある。反対の左の扉は広めのクローゼット。
部屋中央左にはチェスト付きのドレッサー、右には2人掛けソファーとローテーブル。ドレッサーについてるチェストと合わせれば服なんかは全て収納できそうだ。
最後にバルコニー側に広めのベッド、向かいの壁にテレビが付いている。
3ヶ月以上過ごすことになる部屋が素敵だったことに、私は満足してため息をついた。
そして届けられた箱たちに困ったようにもう一度ため息をついた。
ん〜っと荷物を見たあと、現実逃避にベッドに置かれた書類を手に取った。
船内の見取り図と一緒に船内新聞も入っていて、「アース・イテリアへようこそ」の文字が大きく躍っていた。
船内の場所の名称の隣にタイムラインの帯が伸び、ごはんが食べられる時間だとか、ショーや映画上映の時間だとかが書かれている。
最初の国に入港するまで1週間以上あるから、このうちのいくつかには参加できるかもしれない。
今日は一番目立つところに避難訓練とあり、タイムラインには出港セレモニーとウェルカムイベントがあると書かれていた。
パラパラと他の案内冊子もめくったあと、大量の荷物をどうにかすることにした。
しわになりそうなものをハンガーに掛け、たためるものをクローゼットやドレッサーのチェストへ。小物は洗面台等にもセットした。
服を厳選した甲斐があって、そこまではスムーズに終わった。ただ、服の厳選が意味をなさないくらい食べ物を持ち込んでしまった。
お菓子に和食にインスタント食品、他にも色々。明らかに私だけで食べきるのは無理だろう。
船はインクルーシブなため普通に3食おやつ付き。
ノンアルコールパックも付けたので、お酒以外であれば飲み物も付いている。ミニバーになっている冷蔵庫の中もお酒以外は自由に飲み放題だ。
⋯まぁ最後余ったら他の乗客に配ってしまおう。
私はどこに仕舞うか悩むのを止め、ベッド下のかごに箱ごと押し込んだ。
そうこうしているうちにまた放送が流れ、テレビが勝手についた。
「まもなく避難訓練を行います。お客様はご自分のお部屋にお戻り下さい。また、テレビの映像をご覧になり、次の指示をお待ち下さい。繰り返し───」
私はテレビの指示に従い、入口扉に救命胴衣があることを確認した。いざという時に部屋まで戻ってこれをつけられるのか若干不安を覚えるが。
今度は指定の番号に電話をするようにテレビの指示が流れたので、その番号に部屋から電話をかける。
すぐにつながりクルーから8階デッキへ向かうように言われ、入口マップでしっかり場所を確認をしてから私は扉を出た。
この辺りの人は同じところに避難をするのか、ゾロゾロと連なるように8階に向かう。避難訓練なので階段を使うが、結構きつい。
指定の場所は大きな避難船があり、クルーにIDパスを読み取ってもらって無事に避難訓練は終わった。
本当に何かあった時は一定間隔で単音と長音の汽笛がなるそうなので、それを聞き逃さないようにしなければ。
よしよし、これで何かあっても大丈夫だろう。何もないことを本当に祈っているけど。
「まもなく本船は定刻通り3時に出港致します。出港セレモニーも7階で行いますので、ぜひご参加ください。」
部屋へ戻るまもなく私は人の流れに乗って7階へ向かった。
近くに立っていたクルーから紙テープのたくさん入ったかごが差し出される。色とりどりのこの紙テープは植物性で海に溶けて魚の餌になるが、持ち込みの紙テープはゴミになるから投げないでくださいと注意された。
そもそも持ち込んでいない私は、その声に頷きながら何色にしようか考える。
投げた時に目立つ方がいいな、と赤を選んだ。
寒さに耐えながら、込み合ったデッキで柵の直ぐ側を陣取って待っていると、ジャーンジャーンと銅鑼が何度かなった。
「本船はただ今、出港の時刻を迎えました。7階にて出港セレモニーを行いますので、皆様ぜひご参加ください。また、紙テープは合図とともに一斉に投げますので、放送があるまで今しばらくお待ち下さい。」
ボァァァァァァァァー!
出港を知らせる汽笛が鳴り響いた。