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19.1/8 食の国②

店を出ると、荷台を引いたおばあさんが通り過ぎようとしていた。

荷台には梨くらいの大きさのオレンジや黄色の実がゴロゴロ乗っている。

見た目はカボチャみたいだけど、確か「ドライアドの実」という果物だったはず。


売り歩いているようで、後からお肉を食べたあとの口直しにしようと、私はひとつ買った。

カラカラと車輪の音を立てて通り過ぎていくおばあさんを見送り、みんなのもとに戻る。


「それ、どうやって食べるんだ?」


バイロンに聞かれて、はっとした。

そうだ、包丁がいるのかもしれないし、もしかしてリンゴみたいに丸かじりなのかもしれない。

慌てておばあさんを追いかけた。


「すみません!」


呼び止めると、おばあさんは振り返ってくれた。

「私はこれを食べます。どうしますか?」とセルマーの公用語で尋ねてみる。

⋯けれど通じていないようで、首を傾げられる。


仕方なく身ぶり手ぶりで伝えると、ようやく理解してくれたらしい。

ここからは、私の勝手な脳内アフレコ。


『ここから、皮を剥く!』


おばあさんはみかんを剥くように、勢いよく外側をバリッと三つに剥き分けた。


『そんで、ここを取って⋯』


小房を指でつまんで、自分の口に近づける真似。


『食べる! わかった?』


──あ、うん、すごくわかりやすい。

剥かれたドライアドの実を私の手に戻すと、『ふ〜やれやれ』と言いたげに息をついて、引き止める間もなく荷台をゴロゴロ押して行ってしまった。


トボトボとみんなのもとに戻る。

私の手には、外皮を無理やり裂かれて少ししおれた、無惨なドライアドの実。


「今から食べるの? 後で口直しにって言ってなかった?」


マリナが不思議そうに首を傾げる。


「それがさ⋯」


すでに湧き上がりつつある笑いをこらえて、今の顛末を説明する。

みんなは一瞬ポカンとした後、あきれたような顔になり、次の瞬間爆笑した。


「いや、交換してもらえよ!」

「だってセルマー公用語が通じそうになくて! 咄嗟に言葉が出てこなかったんだよ!」


バイロンが腹を抱えて笑い、ウィリアムも「想像しただけで面白い」と肩を揺らす。

アマンディーヌまで口元を押さえて笑っているから、私もつられて堪えきれなくなる。


「ということで!」

私は笑いながら宣言した。

「みんなで今食べよう!」


ドライアドの実を差し出すと、アマンディーヌが「まぁ!可愛い果物ね」と目を輝かせて覗き込んだ。


剝かれた外皮は厚めで、手触りはごつごつしているのに、中の小房はつやつやしていて、その薄皮はまるでゼリーのように透明感があった。オレンジや黄色の果肉はぷるぷる震えて、ほんのり花の蜜のような甘い香りが漂ってくる。


「⋯梨みたいな大きさなのに、中は柑橘系っぽいね。」


マリナが首を傾げながら指でつつくと、果肉がプルンと弾んで、バイロンが思わず「おぉ!」と声を上げた。


「さっきのおばあさん、食べる真似してただろ?大丈夫だ、きっと毒じゃない。」


セルヒオが笑いながら、ひとつ房をちぎって口に放り込む。


「どう?」と全員が期待を込めて見つめる。


「⋯おおっ!」


セルヒオの目が見開かれた。


「最初は柑橘の酸味かと思ったら、後から蜂蜜みたいにまろやかな甘さが広がる!しかも喉がスーッと楽になる感じだ。」

「ええっ、そんなに?」


みんなで我先にと小房をつまんで口に入れる。


私もひと口。

⋯ぷるん、とした食感が舌に転がり、確かにオレンジっぽい爽やかさ。でも後味が驚くほど優しく、苦味がまったくない。体の奥からポカポカと温かさが広がっていくような、不思議な果物だった。


「これは、口直しにぴったりね!」


アマンディーヌが嬉しそうに微笑む。


「いや、むしろこれがメインでもいいくらいだぞ。」


バイロンが豪快に笑って、最後のひと房をパクリと食べてしまった。


「あ、バイロン! 私が頑張って買ったのに!」

「ははっ、だって止まらなかったんだ!」


みんなで大笑いしながら、剥かれた実の名残を袋にいれて鞄に仕舞った。



腹も心もほどよく満たされながらも、全員が同じことを思っていた。

「モンスター料理といえば、やっぱりドラゴン肉!」


「舌じゃないよね?」と私が念を押すと、セルヒオが「まさか」と笑い、バイロンが「胴体のほうだ」と胸を張った。


すぐ近くにドラゴン肉を扱う店が3つ並んでいて、どこも看板や提灯に「本物!」だの「元祖!」だのと派手に書いてある。値段は思っていたよりも高め。観光価格なのか、それともドラゴンが希少なのかは分からないが、ガイドブックに載っていた通りの雰囲気だ。


「どこにする?」と私が聞くと、みんなはぐるりと見比べ、最終的にウィリアムが一番深く息を吸って「⋯ここにしよう。香りが一番美味しそうだ」と指差した。


屋台の奥では、ドラゴンの肉が鉄板の上でじっくりと焼かれていた。焦げ目はほとんどなく、低温でじっくり火を通しているようだ。

注文すると、店員さんは肉の塊をひょいと持ち上げ、ドボンと壺に沈める。甘辛い香りが一気に立ち上り、まるでうなぎのタレのような匂いが鼻を直撃した。


「うわぁ、美味そうな匂いだな!」


セルヒオが店員さんの手元を写真に撮ってごくりと喉を鳴らす。

肉を取り出すと、タレがぽたぽたと滴り落ちる。それを新鮮な大きな葉っぱに乗せ、店員さんはなぜか手をかざした。


「え⋯?」と首をかしげた瞬間、ボォッ! と手のひらから炎が吹き出した。


「「「ええええ!?!?」」」


思わず全員の声が揃う。

店員さんはにやりと笑い、今度はわざと私たちに見せるように手のひらを上に向け、再び小さな炎を灯してみせた。


「「ま、魔法だぁぁ!」」


アマンディーヌと私は同時に感嘆の声を上げ、顔を見合わせてぱぁっと笑う。


ガイドブックで読んでいた「恐竜車の御者は水魔法を使える人が多い」とか「迷宮の冒険者は攻撃魔法を使う」なんて話は、正直、現実味がなかった。

見れなかったし。

けれど、今、目の前で確かに手から炎が出ている。

人生初の、魔法目撃!!


感動して声をあげる私たちに、店員さんはどこか誇らしげな笑みを浮かべてから、再び肉を炙り始めた。

じゅわじゅわとタレが焦げて香ばしい匂いが広がり、ドラゴン肉の旨みを一層引き立てていく。


「これは⋯絶対美味しいやつだ」


誰ともなく呟き、全員がごくりと唾を飲んだ。

切り分けられたドラゴン肉が、葉っぱの上に並べられて戻ってきた。

湯気と共に甘辛くスパイシーな香りがふわりと漂い、思わず全員で顔を寄せ合う。


「じゃあ、せーので食べよっか。」


私の言葉にうなずき合い、1切れずつ手に取る。

せーの、と同時に口へ運ぶと、タレの刺激が先に舌を打った。

甘さの奥に胡椒の辛み、そして香ばしさ。

噛みしめると、弾力のある肉がぎゅっと歯を押し返す。


「──うん、牛肉っぽい?」


マリナが目を丸くする。


「いや、もっと柔らかいな。ワギュウに近いかも。」


バイロンが真剣に咀嚼しながら頷く。

確かに、脂っこくなく、繊維はしっかりしているのに不思議とするりと噛み切れる。

それでいて口に広がる旨みは、牛とも豚とも鶏とも違う。


「美味しいけど⋯タレのパワーがすごすぎるな。」

セルヒオが言うと、私も「うん、それ思った」と笑った。


タレに包まれているから、結局「旨い肉」としか言えない。

ドラゴンの個性がどんなものなのか、正直まだ掴めていない気がする。


「でも、これで念願のドラゴン肉を食べられたわ!」


アマンディーヌの言葉に、みんなが同意するように頷いた。


その後も食べたり、歩いたり、また食べたり、途中で座って休んだりしながら、あっという間に時間は過ぎていく。

ふと時計を見ると、もう少しで帰り始める時間。

せっかくだから「最後の一品はメインになるような料理を」と探していた。


「あ! あれがいいんじゃないか? 有名そう!」


ウィリアムが鼻をひくつかせながら指さした先には、大きな板に【バジリスクのヘンルーダ焼き】と書かれた看板が。


「ガイドブックで見たような気がする⋯」

私が首を傾げる間もなく、みんなが「いいね!」と同意するので、ガイドブックをわざわざ確認せずにそのまま入った。


屋台からは、柑橘系の爽やかでほのかに甘い香りが漂っている。

串に刺さった肉はこんがりと焼かれ、焦げ目と香りのバランスが絶妙そうに見えた。


「美味しそう!」


ウィリアムと私とバイロンが同時にガブリ。


──次の瞬間。


「っ⋯!?」


口いっぱいに広がったのは、爽やかな香りとは真逆の衝撃。

強烈な苦味と鉄っぽい生臭さが舌を支配し、柑橘の風味なんてかき消されるほどの「野生の暴力」のような味だった。


「うぐ⋯っ」


喉の奥まで込み上げるものを必死に抑え、両手で口を押さえる。

隣を見ると、ウィリアムも半泣きで同じように必死に咀嚼中。


一方で、バイロンだけは「んー⋯確かに苦いな。でもまあ、食える」と首をかしげつつ普通に噛み続けている。


な、なんで平気なの!?

疑問を抱きながら、私は息を止め、一気に噛み砕いてごくりと飲み込む。

後味はなぜか不思議と爽やかで、さっきまでの生臭さと苦味が嘘のように消えていた。


「⋯なにこれ?」

「⋯わからない⋯」

「ちょっと苦いし匂いがするな」

バイロンのあっさりとした感想に、動揺がさらに募る。


残りの3人──セルヒオとマリナとアマンディーヌは明らかに及び腰で、目を白黒させていた。


私は意地悪な笑みを浮かべながら、串をアマンディーヌに突き出す。


「さぁ、挑戦の時間だよ。」

「えぇぇぇ!? 今の反応を見たあとに食べるの怖いんだけど!」

アマンディーヌが大げさに後ずさる。


「大丈夫、大丈夫! 一瞬一瞬! 後味は爽やか!」

「うぅぅ⋯」


結局セルヒオとマリナとアマンディーヌは顔を見合わせ、「せーのっ」で一斉に齧り付いた。


「⋯っ!」

セルヒオとマリナは同時に口を押さえて顔をしかめる。しかし、アマンディーヌだけは最初こそ眉を寄せていたが、やがて表情がふっと緩んだ。


「こんなものじゃない? ちょっと苦いけど」

さらりと飲み込んでしまった彼女に、思わず全員が目を剥いた。


「嘘だぁ!!」

「ありえない、俺もう一口は無理!」

「アマンディーヌ、味覚おかしいんじゃないか?」


みんなで大げさに騒ぎ立てる横で、アマンディーヌとバイロンの二人は肩をすくめて、にこにこと笑っている。

その温度差がまたおかしくて、私たちは結局、店から少し離れた場所でやいやいと大騒ぎしながら串を振り回していた。



「⋯最後があれで終わるのは、ちょっと嫌だな」

「うん、甘いもの欲しい」

「異議なし!」


全員一致で即決し、広場へ戻る道すがら、屋台を物色しながら歩いていた。

そんな中、アマンディーヌがぱっと顔を輝かせて声を上げる。


「あ、これ気になってたのよ!」


指さした看板には「アルラウネ揚げ」の文字。

ちょっと生々しい響きに一瞬顔を見合わせるが、どうやら揚げドーナツのようだ。しかも串に刺してある。


「時間もないし、それにしよう」

「賛成!」


注文すると、屋台の主人が揚げ置きのドーナツをもう一度油に落とし、カリッと温め直してから器用に串へ。

最後に壺へと差し込むと、とろりと黄金色の蜜が絡みつき、持ち上げた瞬間につややかに光を反射した。


「これはアルラウネの蜜ね。美味しいよ!」


にこやかにそう言われ、私たちはお礼を言って受け取った。

早速手に蜜が垂れてきて、慌ててぱくり。

ふんわりと花の香りが鼻を抜け、噛み締めるとさっぱりした蜜がジュワっと口いっぱいに広がった。

どこかバラにも似た甘い香りで、後味はしつこくない。


「ん〜!これは大正解!」

「苦いのの後だから余計に沁みるなぁ。」

「私、これおかわりしたいくらい!」


笑い声と一緒に串を手にしたまま歩き、みんなの表情がようやく和らいだ。

お腹も心も満たされ、ちょっと足取りが重いほどの満腹感。


広場から馬車に乗った私たちは、「この揺れ、胃から飛び出してきそう」なんて言いながら賑やかに船へ戻っていった。


船に戻って手荷物検査を受けると、植物は持ち込み禁止だと注意を受けた。

ドライアドの実の皮だ。

「いや、そこら辺に捨てるのは憚られて」と言い訳をしたが、「規則ですので!」とピシャリと言い切られる。

ちょっと悲しくなりながら、私は「すみません」と謝った。

みんなは笑ってるだけで助けてくれなかったことを付け加えておく。

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