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19.1/8 食の国①

「本船は、現地時刻11時に予定通りミルドック王国へ下船開始予定です。下船されるお客様は、必ず現地時刻午後8時までに船にお戻りください。」




いよいよ今日はミルドック王国に寄港する日だ。

乗客が多くて船を降りてから列が全然進まなかったけど、1時間ほど待ってようやく馬車に乗り込んだ。

いつもの6人で、街の中心にある「ティスタ市場」へ向かう。

通称モンスター市場と呼ばれる食の市場だ。



「やっぱりミルドックといえば『モンスター食』だよね!」


私は窓から外を眺めながら言った。

ワクワクが抑えきれず、声が弾んでいるのが自分でもわかった。


「正直、名前からして怖いんだけど⋯本当に食べられるの?」


アマンディーヌが少し引き気味に聞くと、マリナが片眉を上げてうなずく。


「食材として安全に処理されているって。国の誇りらしいわ。」

「僕も興味はあるな。地球じゃできない経験じゃないか。」


ウィリアムは腕を組んでワクワクしている。


「俺は『ゴブリンのレバー串焼き』が有名だと聞いたぞ。」


セルヒオがバイロンを肘でつつくと、バイロンが苦笑いする。


「名前の響きだけで拒否反応が出そうだな⋯。」


馬車の窓からは、不思議な街並みが見えてきた。

石で作られた頑丈そうな建物と、それを支えにしているんじゃないかとも思えるひょろりとした木の建物が立ち並んでいる。

街角には「魔狼のステーキ」「バジリスクの卵スープ」といった看板が出ていて、馬車の中からでも異世界的な匂いが漂ってきそうだ。


「ねぇ、私、お肉も食べる気だけど、大丈夫?」


ふと気になっていたことを口にした。

出来れば食べたいけど、嫌な気持ちにさせてまで食べなきゃいけないかと言えばそこまででもない。


「お、そうだったな⋯サクラは大丈夫なんだったな。」


セルヒオが少し迷うように声を落とす。


「うん。牛だって鳥だって食べてるし、日本のモットーは『出されたものは残さず食べましょう』だから。私は切り替えられるタイプだね。」


そう答えながら、私は一昨日のセルヒオの姿を思い出した。

普段は肉ばかりの彼が珍しく魚を食べていて、ちょっと驚いたんだっけ。


「まぁ、目の前で食べられるのも無理なら我慢するんだけどね。でも、みんなだってさ、今はダメでも時間を置けば食べられるようになるかもしれないし⋯逆にトラウマが広がって本当に食べられなくなるかもしれない。結局、時間が経ってみないとわからないじゃない?」


「⋯そりゃそうだな。」


バイロンが顎に手を当てながら呟く。その言葉にみんなが静かに頷いた。


馬車の中にはコトコトと揺れる音と、革のきしむ匂い。少し緊張感の混じった沈黙が流れる。

私は姿勢を正し、はっきりと宣言する。


「ということで、反対がなければ、私は食べる予定です。ただ線引きとして、二足歩行のものはやめておきます。やっぱりちょっと抵抗あるから。」

「わかった。⋯というか、俺もたぶん挑戦してみるわ。このまま肉が食えなくなるのは困る!」


バイロンが拳をぎゅっと握り、力強く宣言する。


「そうだな。俺も二足歩行はパスで、他のは食ってみるわ。」


セルヒオが肩をすくめて笑う。どこか安心したようにも見える。


「じゃあ私も! もし無理だったら、サクラに任すわ。」


アマンディーヌがふふっと笑って、軽くウィンクする。


「残ったら任せといて!」


私は親指を立てて応えると、みんなの緊張が少しだけほぐれて、馬車の中に笑い声が広がった。




馬車が石畳を叩いて進む音とともに、期待半分不安半分、食への探求心が高まっていく。

馬車が石畳の広場に停まった。

次の人を迎えに行くためだろう、急いで降りるように促され、私達は慌てて馬車から降りる。

扉を開けると、むわっとした香辛料の香りと、鉄板の焦げる匂いが押し寄せてくる。

甘い香りも混じって、なんとも言えない食欲をそそる香りだ。


「⋯なんか、すごいね。」


思わず声に出すと、アマンディーヌが腕を組んで周囲を見回した。


「市場というより、まるで戦場の活気ね。」


広場から伸びる道にはずらりと屋台が並び、鮮やかな布で飾られた看板には大きな文字が躍っている。


「ゴブリンカツ」「ミノタウロスのシチュー」「スライムスープ」──


見慣れない名前に、私は思わず足を止めた。


「お、おい⋯あれ見ろよ。」


セルヒオが指差した先には、大きな鉄串に突き刺さった肉の塊。

表面はこんがりと焼け、肉汁が滴り落ちるたびに炭火がパチパチと音を立てる。


「⋯ドラゴンの舌、って書いてあるな。」


バイロンが地球公用語で書かれた看板を読み上げ、少し顔を引きつらせる。


「ちょっと待って。あれ、舌なの?うわぁ⋯」


マリナが眉をひそめると、横から元気な声が割って入った。


「いらっしゃい! 本場の『ミルドック名物』だよ! 食わなきゃ損するよ!」


がっしりとした店主が笑顔で声をかけてくる。

さすが商売人、この人も地球公用語を使いこなしているようだ。

その横では、大鍋の中でぐつぐつと泡を立てる青緑色のスープが⋯。


「スライムスープだって⋯。」


私はごくりと唾を飲み込む。

とろりとした液体の中には、ぷるんと揺れる半透明の塊がいくつも浮かんでいた。

匂いは意外にも酸味のあるハーブの香りで、悪くない。


「⋯見た目さえ無視すれば、美味しそうかも。」


思わず漏らした私の声に、セルヒオが「マジかよ」と苦笑する。


ものは試しにと、スライムスープを1杯買った。

竹のような木の器に注がれて渡されると、底から立ちのぼる蒸気とハーブの香りに鼻をくすぐられる。

「器は後から返してくれれば一部返金するからね!」と店主が言う。

ゴミが出ない、旅人に優しい仕組みだ。


「さて、誰から挑戦する?」


ウィリアムが半分冗談めかして言ったその時、


「よし⋯俺からいく。」


気合を入れたバイロンが、大きめのスプーンで一際大きな塊をすくい上げる。

光を受けてぷるぷると揺れる半透明のそれを、彼は一気に口に含んだ。


──もぐ、もぐ。


「⋯?」

しばし咀嚼してから、バイロンが首をかしげた。

「⋯肉の味がする」


「ほんとに?」

私は興味津々でスプーンを伸ばし、塊をひとつすくい取る。

口に含むと、ナタデココのような弾力がある。

ぷるぷるとした食感を噛み締めるたびに、じんわりと牛肉のような旨みが滲み出てきた。


そして、酸味のあるハーブスープがその濃厚さを包み込み、驚くほどマイルドにしてくれる。

⋯想像していたより、ずっと美味しい。


「⋯うん、これは⋯なんだろうね。」


私もまた、バイロンと同じように首をかしげていた。


「スライムってお肉の味なのね? 無味無臭のゼリーなイメージだったわ。」


マリナがひと口食べて、同じように首をかしげながら言う。

すると、その言葉を拾った店主が、にかっと歯を見せて笑った。


「いやいや、スライムは変幻自在だよ。食わせたもんで味がコロッと変わるんだ。ゼリーが食べたいなら、甘い物ばっか食わせりゃ甘ったるいのを出すしな。店によって全然違うから、食べ歩くと面白いぞ。うちは肉や魚を食わせてるんだ。」

「へぇ〜!養殖されてるんだ⋯。」


思わず感心の声が漏れる。

そんなに身近で、しかも自由自在だなんて、スライムに対するイメージがすっかり覆された。

「後からスライムゼリーも試してみよう」

そんな話をしながら、一行はさらに屋台を見て回る。


次に目を引いたのは、香ばしい匂いを立てる串焼きの屋台だった。

鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てながら焼ける肉は、表面がこんがりと色づき、煙と一緒にレバーのような濃厚な香りを漂わせている。


「⋯角兎、だって。」


思わず声に出すと、みんなの視線が一斉に屋台へ集まった。


「どうする?」と誰かがつぶやく。

けれど一歩踏み出す者はいない。


私は小さく息を吐き、みんなと目を合わせた。


「私は、食べるよ」


覚悟を決め、1本を買って戻る。

熱々の串を持つ手がじんわり汗ばんでいるのを感じた。

小さく呼吸して、がぶりといく──うん、もう大丈夫だ。心のなかで安堵した。


兎肉らしく淡白で柔らかい身に、レバーペーストがたっぷり塗られてこんがりと焼かれている。

クセがなく、ほんのりビターな旨味が肉の甘さを引き立て、食べやすい。


「どうする?」


半分残した角兎を持って、みんなに聞く。

残りを手に取ったのはアマンディーヌだった。


「えいっ」と目を閉じて串に齧り付いたアマンディーヌは数度咀嚼したあと、ぱっと目を開き、ふっと肩の力を抜いて微笑んだ。

「これは⋯ワイン欲しくなるわね」とホッとしたように笑った。


追加でもう2本買い足しに行った私は、みんなに差し出した。

それを手に取ったのはバイロンとウィリアムだ。

ウィリアムは一息ついてかじりつき、何度か頷いて「どうする?」と隣の優しくマリナに聞く。

「うん⋯大丈夫、食べられるわ。」

ちょっと眉根を寄せて食べたマリナはウィリアムと同じように何度か頷いた。


「先に行くか?」

バイロンがセルヒオに聞く。

「ああ。」短く答えて、セルヒオは少し険しい顔で齧り付いた。

もぐもぐと噛むたびに考え込むような表情を見せ、やがて残りをバイロンに渡す。


バイロンも覚悟を決めたように受け取った串に豪快にかぶりつき、じゅわっとした肉汁に顔をほころばせる。

セルヒオは腕を組んでゴクリと飲み込み、ぽつりと呟いた。

「⋯やっぱ美味いんだよなぁ。」


隣でバイロンも大きく頷きながら、口いっぱいに肉をほおばっていた。

その姿に、みんなの緊張もようやく解け、自然と笑い声がこぼれる。



その隣にはさらにインパクト抜群の「歩きのこの串焼き」。

紫がかった傘に黒い斑点があり、手のひらほどの大きさ。ムラサキアブラシメジモドキに似ているが、なぜか太く短いえのき茸のような足がある。

どう見ても怪しい見た目のそれが、串に刺されたまま丸ごと炭火で焼かれていた。


「うわぁ⋯ビジュアル勝負ね。」


思わず全員で顔を見合わせる。

傘の部分がじゅわっと音を立て、香りは意外にもきのこそのもの。


「でも⋯意外といけるのかも?」

「え、ホントに買うの?」


アマンディーヌの声を背に、私は1串買って戻ってきた。

傘の部分は格子に切れ目を入れてくれていて、その一角を恐る恐るかじる。

ビーッと縦に裂けたそれを、手と口で押し込んでムグムグと噛む。

周りに散らされた塩とじんわりとした旨味と独特の歯ごたえが広がり、思った以上にきのこらしい味わいだった。


一口かじった私は思わずある想像をして、笑ってしまった。


「うん、美味しいけど⋯夜中に歩いてたら怖いね!」

「え、これ歩くの!? 気持ち悪い!」


マリナが爆笑を始めた。

周りもそれにつられて笑いの輪が広がっていく。


「色違いは雑誌で見たけど、ホントに歩くのかまでは知らないわ」


アマンディーヌがつられ笑いしながら答える。


するとバイロンがすかさず大げさに両手を振って、

「やめろやめろ! 想像しちまうだろ! こいつらがわらわら体にのぼってくるんだ。おーこわっ!」

と声を張り上げる。


「あはははは、ほんとだね。あの色合いでぞわぞわ近づいてきたら夢に出そうだわ」


私が笑いながら言うと、マリナも涙目のまま大きく頷いた。


「でも食べるときのじゅわっと感はすごく好き。⋯見た目をなんとかすれば、普通に人気出そうなのに。」


見た目と味のギャップに、笑いながらも手は止まらない。

「ホントに買うの?」なんて言われたのに、みんなちゃんと食べている。

言われ損な気はするけど、「あれはガイドブックに載っていた」「いやいや、私が見たのではこれがおいしいって書いてあった」と次々に買っては、みんなで分けて食べていくのはとても楽しい。



やがて石畳の大通りを歩き疲れて、私たちはちょうど目に入った木造の食堂に入った。

外の屋台より落ち着いた雰囲気で、旅人らしい人々と地元の人々が入り交じって腰を下ろして休んでいる。


奥のテーブルに座ると、すぐに店員さんが注文を取りに来た。

私は気になっていた「スライムゼリー」と「マンドラゴラ茶」を頼む。


ほどなくして、木の皿に盛られたスライムゼリーと、湯気を立てるマンドラゴラ茶が運ばれてきた。


「はいはい。スライムゼリー、ぷるぷる。マンドラ茶、ほかほか」


店主はにかっと笑って、こちらを見渡す。


「スライムゼリーね、体、かるくなる。旅人、よろこぶ。お腹、すっきり。胃腸、元気なる。味、店ごとちがう、ここ、フルーツ味、美味しいよ〜!」

と、片言混じりに胸を張った。


「マンドラ茶はね、つかれ、とれる。心、しずかになる。けどね、のむ、いっぱいだけ。のむすぎ、ねむれない。夜は、一杯まで」


そう言って、両手を交差させて「ストップ」と笑う。


試しにゼリーにスプーンを入れると、こんにゃくのゼリーのようにしっかりした弾力が返ってくる。

一口食べると、甘酸っぱくてトロピカルな果物を思わせる味わい。

まるでマンゴーやパッションフルーツを混ぜたような爽やかさが口いっぱいに広がった。


「わぁ、フルーティ!」


マリナが目を輝かせてスプーンを口に運び、ぷるんとした食感に笑みを浮かべる。


口に甘さを残したまま、深緑色をした湯気の立つマンドラゴラ茶を手に取った。マンドラゴラの葉を乾燥させて淹れたものらしい。

湯気に顔を近づけただけで薬草のような独特の香りがする。

恐る恐る口をつけると、ややほろ苦く、胃の奥まで温かさが染み込んでくるようだった。


「⋯ちょっとクセはあるけど、体には良さそうだわね。」


アマンディーヌが微笑みながらカップを置くと、セルヒオが苦笑いして「酒の方が飲みやすい」とぼやいた。


「あなた、これ、嫌い。いいのある。生の葉っぱ、苦くない。美味しい」


店主がそう言って、セルヒオに手招きをする。

「ん?」と怪訝な顔をしつつも、セルヒオは立ち上がった。


私も気になってついていくと、窓際に大きな鉢植えが置かれていた。

土の上からのぞいているのは──人の顔。

半分だけ土に埋まり、目を細めて穏やかに眠るような表情を浮かべている。

そこから伸びる葉は長い髪の毛のように揺れ、中心には小さな花が飾りのように咲いていた。


「これ、葉っぱ、1枚取る。マンドラゴラ、起こさない。やさしく、1枚だけ。」


店主が人差し指を唇に当てて小声で言う。

促されて、私はそっと葉に指を伸ばし、バナナの皮をむくみたいに、静かに引っ張った。

ぷちん、と小さな音を立てて葉が抜ける。


その瞬間、鉢の中の顔がぐにゃりと歪み、まるで「やめてよ」と訴えるように嫌そうな顔になる。

思わず私も顔をしかめてしまう。

けれど、しばらくするとまたしおしおと、穏やかな顔に戻った。


「⋯かわいそう」思わず小声で呟く。


「そんな大げさな」セルヒオは苦笑しながら、大胆に手を伸ばす。

ぶちり、と勢いよく葉を引きちぎった。


──直後。


「キィィィィィィィィィ!!!!」

黒板を爪で引っ掻くような金切り声が店中に響き渡る。


「っ!?」


鼓膜をえぐられるような叫びに、私たちは慌てて耳を塞いだ。

鉢の中の顔は、涙目でぐしゃぐしゃに歪み、子どものように泣きわめいている。


一方で、店主をはじめ地元の客たちは、耳を塞ぎながらも腹を抱えて爆笑していた。

テーブルに突っ伏して笑う人もいれば、足を踏み鳴らして「ヒーヒー」と肩を震わせる人までいる。


「おいおい、なんだこれ⋯」


セルヒオが顔をしかめたままぼやく。

店主は鉢植えに近づき、葉をやさしく撫でる。

すると嘘みたいに泣き声が止まり、マンドラゴラは鼻をすすった子どものようにしゅんと落ち着きを取り戻した。

そしてまた、最初と同じように穏やかな寝顔へ戻っていく。


「あなた、荒い。女の人、モテない」


店主はセルヒオを指差して、カカカッと甲高く笑った。


「ぷっ⋯!」


あまりに直球な物言いに、私は思わず吹き出してしまった。


「うるさい。」


セルヒオも苦笑しながら耳をこすり、地元の人々に混じって笑い出した。


テーブルに戻るとバイロンが「女の人、モテない」と小馬鹿にした真似をしてさらにみんなの笑いを誘う。


ちなみに取った葉っぱは、お湯を葉で混ぜるとだんだんと色づきお茶になるというものだった。

私の取った、「分けてもらったもの」のほうが苦味が少なくまろやかな味で、セルヒオの泣き叫んだものは雑味がある不思議な味がしていた。


それでも、みんなでのんびりとお茶とゼリーをつつきながら、屋台の喧噪から離れた静かな時間を過ごした。

歩きのこ∶足を持つきのこのこと全般を指す。普通のきのこと同じように土や木に生えるが、引き抜くと足のように伸びた菌糸の一部が、歩くように動くことからこの名称が用いられている。自立して歩くことはない。

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