18.1/7 ロイア・クリスマス
はぁ、疲れた⋯。
仕事始めとはいえ、有給を1日入れた分、仕事はきっちり溜まっていた。
本当ならもう少しのんびり片づけたいところだったけれど、明日からはまた寄港日が続く。
行けるところまで終わらせておかないと心置きなく楽しめない。
それでも、今日はよく頑張った。えらいぞ、私。
そんな小さな自画自賛を胸の中でつぶやきながら、ヘロヘロになってメインダイニングへと足を向ける。
正直、手軽にビュッフェで済ませてしまおうかとも考えた。
でも一日分の疲労を抱えてここまで頑張ったのだから、せめて晩ごはんくらいはちゃんと座って、美味しいものを味わいたい。
ドアの向こうから漏れてくる明かりや、グラスが触れ合う小さな音が、ちょっとしたご褒美の合図のように思えて、足取りが少しだけ軽くなった。
笑顔のスタッフが席まで案内してくれる。
椅子に腰を下ろした瞬間、思わず「ふぅ」と深い息が漏れた。
体はぐったりしているけれど、心はようやく食事モードに切り替わっていく。
セルヒオはいなかったけど、他のみんなは集まっていた。
メニューを見ると、今日はロイア・デーのようなラインナップだ。
おすすめっぽいなら間違いないだろうと、ロイア寄りのメニューにした。
テーブルに運ばれてきた料理を前に、みんなの目が一斉に輝いた。
前菜に運ばれてきたのは小さなパンケーキだった。
「わぁ、パンケーキにキャビア! サワークリームまで添えてある。」
小さな一口をすくって口に入れると、塩気のきいたキャビアがプチプチと弾け、なめらかなサワークリームと合わさってふわりと広がる。
「贅沢だけど、意外と軽い味わいね。」
エリザベスが静かに頷いた。
次に来たサラダは「オリビエサラダ」。
ポテトサラダみたいだけど、ハムやピクルスが入ってる。口に入れると優しい味で、どこか懐かしい。
「クリスマスに食べるっていうのもわかる気がするわ。」
エマがそういうのに、私は目を丸くした。
「え、またクリスマスなの?」
私の言葉に今度はエマが目を丸くする。
「サクラ、昨日クチヤ食べてたじゃない!」
「⋯クチヤ⋯? あ、甘いおかゆ!」
「えぇ⋯」
エマ夫婦もエリザベス夫婦もちょっと苦笑いだ。
マリナとウィリアムだけは私と同じようにきょとんとしている。
「クチヤはクリスマスイブの料理よ。わかってて選んだのかと思ったわ。」
「全く! 知らない料理だったから選んだだけよ!」
曇りない笑顔で返せば、仕方なさそうにみんなが笑った。
そんな空気を変えるように、スープのボルシチが運ばれてきた。
鮮やかな赤が目を引く。
「ビーツの甘みと酸味が効いてる。体がぽかぽか温まるわ」
マリナがゆっくりと味わっていて、彼女の落ち着いた仕草に合わせるように、テーブルの空気もふんわりと和らいでいく。
「明日はみんな下りるんでしょう?」
私は熱々のスープをひと口すすりながら、何気なく問いかけた。
「その予定だよ。サクラはミルドック王国好きそうだよね。」
ディックがからかうように笑った。
「んん? なんか失礼なこと言われてる気がするけど⋯否定できないね!」
肩をすくめて肯定する。
「色んなものを食べるために、わざわざマリナ達に一緒に回ってもらえるようにお願いしたもの。」
私が真剣な顔でぐっと頷くと、マリナが思わず「ふふっ」と声を立てて笑った。
「『セルマーの台港』でしょう?」
エマが瞳をきらりとさせる。
「本物の台港にはもう行ったから、楽しみだわ!」
「いや、日本ではね、『セルマーの日本』って呼ばれてるよ!」
テーブルの上に宣言するように言い放つ。食の国は譲れない、という決意をこめて。
「そこ、大事?」とエマがくすっと笑い、ディックも肩を揺らした。テーブルに笑いが漏れる。
そこへメインのローストポークが運ばれてきた。
もうもうと漂う香ばしい匂いがなんとも食欲をそそる。
ナイフを入れると肉汁がじゅわっとあふれる。
柔らかくて、脂身まで甘い。これはビュッフェで食べたものよりも美味しい気がする!
⋯本当は角兎のサワークリームもあったんだけど、なんかやっぱり避けちゃったんだよね。
食べとくべきだったかなぁ。
そんなことを考えて手を動かしていると「台港はよかったわよ」とエマがつぶやいた。
「旅行の話? ちょっと気になるわ!」
マリナがその声を拾い上げ、エマがにっこり笑った。
「美味しい食べ物と安全な海外旅行先がいいなら、台港が一番安全で美味しい街だと思うわ。他の国はは何かしら危険な状況に出会ったり、嫌な思いをいくつかしているけど、台港だけはそれがなかったもの。」
話の途中でクルーが持ってきてくれたパン籠には、ピロシキが山盛りに盛られていた。
揚げたての香ばしい香りに負けて、1つだけもらう。
ひと口かじると中から肉と玉ねぎの旨みが広がり、次のひと口が止まらない。
「特に印象的だったのは、夜市の食べ歩きね。魯肉飯、牛肉麺、豆花。観光客だからって値段をふっかけられることもなく、むしろ『これも食べてみなよ』とオマケしてくれるくらい。サクラは食べるの好きでしょう?」
「うん、好きだね!」
私と同じようにピロシキをかじりながらエマが続ける。
「道に迷ってキョロキョロしていたら、地元の人が『こっちだよ』とさりげなく教えてくれたりもして、なんなら、あれここって私の地元だったっけ? と思うくらい居心地がよかったわ。」
「へぇ!行ってみたくなるね!」
私やマリナが目を輝かせていると、モーガンが口を開いた。
「民族学の類似点を探せば、ミルドック王国は『セルマーの日本』でも、間違ってないと思うよ。台港とも類似しているがね。」
「本当!? そうでしょう!?」
私は思わず身を乗り出す。テーブルの上のスプーンがカチャリと音を立て、マリナが苦笑を漏らした。
「そうね。ミルドック王国では、他国では食べないような食材も、安く仕入れて美味しく食べるの。日本のタコや牛タンのように。」
エリザベスがグラスを指先でくるりと回しながら補足する。
「うん。どっちもおいしいよね。」
私は即座に頷いた。食の話題になると、どうしても熱がこもってしまう。
だが、その一言にマリナとウィリアムは、同時に「う⋯ん⋯」と声を漏らし、眉を寄せた。
「だめね、なんとなく苦手だわ。」
マリナはフォークを皿に置き、首を傾ける。
「おいしいのに。」
私はちょっと不満げに呟く。
ウィリアムは肩を揺らして笑い、フォローするように続けた。
「好みの問題さ。魚の目玉を好んで食べる人もいるけど、無理な人もいるだろう?」
「そうそう!」
ディックが片手を上げて同意する。
「でも、サクラは全部『食の冒険』だと思ってるからな。」
「その通り!」
私は胸を張って言い返す。テーブルに再び笑いが広がり、ちょうどそのタイミングで給仕がデザートのプリャーニクを運んできた。
「あ、お茶が運ばれてくる前に、ロイア式の占いをしない? 簡単なものだけど」
エリザベスの言葉に私は思わず身を乗り出した。
「え、どうするの?」
「そうねぇ⋯女性4人でやりましょうか」
エリザベスは女性達のカップをソーサーごと受け取り、ソーサーの上に伏せられたカップの中に砂糖、パンのかけら、自分の指から外した指輪を入れた。
「塩はないから、空っぽが塩代わりね。では、女性陣は目を閉じて。見ちゃだめよ。」
言われた通りに目をぎゅっとつぶって手で覆う。
「モーガン、混ぜてくれる?」
「オーケー任せろ。」
カチャカチャとカップがソーサーに当たる音が響き、しばらくしてから声がかかる。
「さあ、もう目を開けていいよ」
ぱっと目を開けると、4つのカップが1列に並べられていた。
「砂糖のカップは幸せ、塩は不幸、パンは金運アップ、指輪は恋愛運アップよ。」
ニコニコとエリザベスが言う。
「若い人から先に選んでいいわよ」
エマが微笑んで言い、マリナと顔を見合わせる。
「3、2、1で指さしてみない?」
「のった!」
私はうなずいた。
「「3、2、1、これ!」」
同時に指さすと、うまく被らず、それぞれのカップを自分の手元へ引き寄せる。
エマとエリザベスは自然と近いカップを取った。
私たちはそれぞれのカップを両手で包むようにして持った。
「じゃあ、せーので中を見ましょうか。」
エリザベスがにっこり笑い、全員が頷く。
「「せーの!」」
一斉にカップを傾けると、中身が覗く。
「わ、砂糖だ!」
マリナが歓声をあげた。
「幸せってことね。新年早々、縁起がいいわ!」
「私は⋯あ、パン!」
エマが小さく笑った。
「金運アップ?悪くないわね。今年も旅行代をしっかり貯められそう」
私はどきどきしながらカップを覗き込む。
「⋯あ、指輪!恋愛運アップ⋯だって。」
みんなの視線が一斉に集まり、私は照れ笑いを浮かべた。
最後に残ったカップをエリザベスが手に取り、くすりと笑う。
「じゃあ私は⋯あら、空っぽ。つまり『塩』ね。不幸かしら?」
そう言いながらも、全然気にした様子はなく、肩をすくめる。
「まあ、占いなんてこうやって楽しむものよ」
「大丈夫だよ!」モーガンが静かに笑う。
「君の不幸は僕がいつでも助けてあげるから。」
「あら、論文が行き詰まっても?」
「う⋯その時は、温かいお茶を入れてあげるよ。とびっきり美味しいやつ!」
テーブルに笑顔があふれた、ちょうどその時、クルーが温かいお茶を持ってきてくれた。
紅茶をもらって、忘れられていたプリャーニクをつまんだ。
アイシングが所々固まったような白い塊が見え、とてもあまそうだ。
ぱくりと口に含めば、中からジャムが出てきた。生地には甘さが少なく、ほんのりスパイスの香りがする。
ボソボソした食感が、意外にも紅茶とよく合った。
「でも、恋愛運アップって、いかにもドラマチックよね」
マリナがにやにやしながら、こちらを覗き込んでくる。
「誰か船の上で運命の人に出会ったりして?」
「ちょ、ちょっと!」
私は慌てて首を振る。
「そんなことあるわけないでしょ!」
けれど顔が熱くなっているのは自分でも分かっていて、ますます笑われる。
「いやいや、こういうのは意外と当たるもんだぞ」
モーガンが大げさに腕を組む。
「俺の国じゃ、正月に占いをすると大体一年間ひっぱられるからな」
「じゃあ、私の金運も信じていいってこと?」
エマがすかさず乗っかる。
「よし、今年は大盤振る舞いできそうね。船のカジノで大勝ち、とか!」
「そして旅行費用すらなくなるのね。」
エリザベスが涼しい顔で笑った。
「そうね、欲張るとだいたいそんなことになるのよ。」
酸いも甘いも噛み分けた人生の先輩であるエマが、悟った顔でしみじみと頷いた。
「じゃあ、マリナの『幸せ』はどうなるのかな。」
私が話題を振ると、マリナはにっこりして胸を張る。
「もちろん、この1年、全部ハッピーでいくわよ!」
「若いっていいわねぇ〜。でもエリザベス、あなたは“塩”だし⋯」
エマが片眉を上げて覗き込む。
「ふふん、平気よ。だって、こうしてみんなで平和にお茶を囲んでる時点で、すでに幸せだもの。」
エリザベスはウィンクしてみせ、テーブルの雰囲気が一層明るくなる。
「それじゃあその幸せに乾杯だな!」
モーガンがカップを掲げると、みんなも笑顔でカップを掲げた。
「今年もいい一年になりますように!」




