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17.1/6 公現祭

コーラスの練習を終えた私は、ほっと肩の力を抜きながらビュッフェ会場へと向かった。


昼下がりの会場はすでに人で賑わっていて、深紅のリボンにきらきらと輝くオーナメント。

テーブルの上にはクリスマスらしい装飾がまだあふれている。



まずはサラダや温かい料理でお腹を満たし、「ふぅ」と一息つく。

それから、さてさて、と心の中でつぶやき、お楽しみのデザートコーナーへ足を運んだ。


今日のオープンキッチンに並んでいたのは、なんと「ガレット・デ・ロワ」と「ブリオッシュ・デ・ロア」と書かれた見慣れない2つのデザート。

ガレット・デ・ロワは黄金色のパイで、表面に美しい放射状の模様が描かれている。焼きたての香ばしいバターの匂いが、会場の中でもひときわ強く漂っていた。

隣には、まるでババロアのようなドーナツ型の、ふんわりした「ブリオッシュ・デ・ロア」。

王冠を模した飾りが載せられていて、いかにも祝祭のお菓子といった風格だ。


『わぁ⋯! 本物だ』


私は思わず声を漏らした。

確かこのガレット・デ・ロワには、フェーヴと呼ばれる小さな陶器の人形が隠されていて、それを当てた人は「その一年を幸せに過ごせる」という伝統があったはず。

日本ではなかなか買う機会のないお菓子に、こんな海の上で巡り会えるなんて!


私はトレイを手に、迷いに迷ってガレット・デ・ロワの前に並んだ。

スタッフの方が笑顔でナイフを入れると、パイ生地がサクッと心地よい音を立てた。中からは甘いアーモンドクリームの香りがふわりと広がる。


「今日は特別ですよ。どなたかがフェーヴを当てられるかもしれませんね。お皿の裏を確認してくださいね。」


スタッフさんが軽くウィンクする。


「フェーヴ⋯入ってるんですね!」


思わず声を弾ませると、後ろに並んでいた人たちも「へえ、そんなお菓子なんだ」と興味津々に耳を傾けていた。


切り分けられた一片が私の皿にのせられる。

パイの層が美しく重なり合い、黄金色に輝いている。


『さて、これに当たったら一年幸運か⋯』


小さくつぶやきながら席へ戻った。


ナイフを入れる手に、ほんの少し緊張が走る。

サクサクと軽やかな音とともに、パイ生地がきれいに割れていく。

アーモンドクリームの甘い香りが広がって、思わず笑みがこぼれる。

⋯けれど、中から出てくるのはしっとりしたクリームだけ。


『⋯ん? これは?』


少しのつぶつぶにも敏感に反応してみるけど、なんにも出てこないまま食べ終わってしまった。

皿をつついても、探しても、小さな陶器は見当たらなかった。


『残念、外れかぁ。』


美味しかったはずだけど、フェーヴに集中し過ぎて味わうのをそっちのけにしてしまった気がする。

もったいないことをしたな。もう1個食べるのはお腹いっぱいで無理そうだ。


残念に思いながら食器を下げに行くと、クルーのお姉さんが話しかけてきた。


「その様子だと外れたのね? 剥がれてトレーにくっついていたりしない?」

「え?」


どういうことかわからなくて聞き返す。


「お皿の裏は確認した? 当たりならシールが貼ってあったはずよ。本当のフェーヴを入れるのは危ないから。」


私は慌ててお皿の底を確認する。

すると、丸いシールに王冠マークが光っていた!


「当たってるーっ!! ありがとうございます! 当たってました!」

「あら! よかったわねクイーン! そのお皿を持って、ガレット・デ・ロアの所に行ってね!」


私は足取り軽く言われた場所に向かう。

すると、先ほどのスタッフさんが奥から紙製の王冠を出してくれ、恭しく頭に被せてくれた。


「おめでとうございます、クイーン!」

「わぁ! ありがとうございます!」


並んでいた人たちも拍手してくれ、ちょっと恥ずかしくなった私はそそくさとその場を離れた。



紙の王冠をそっと外し、手に持ちながら歩いていると、意外にもちらほらと王冠をかぶった人が船内を歩いているのが目に入った。

しかもその人達は妙に堂々としていて、知らない人から「よう、キング!」「おめでとう、クイーン!」と声をかけられても、にこやかにお礼を言って笑っている。

え、もしかして⋯恥ずかしいって思ってるの、私だけ?

そんな気がしてくる。

でも、やっぱりあの紙の王冠を頭に乗せたまま歩き回る勇気はなく、私は部屋に寄って王冠をテーブルに置き、代わりにカーディガンを羽織って出直した。


メインプールに着くと、すでにお祭り騒ぎのような熱気に包まれていた。1階のプールサイドには男性陣がひしめき合っていて、みんな水着姿で寒そうに肩をすくめている。何人かは腕をさすったり、軽くジャンプして体を温めたりしていて、冬の屋外プールに飛び込む前の芸人さんみたいだ。


私は観覧エリアと化した2階へと上がった。

下の様子はよく見渡せるが、あまりの人の多さに探すのは至難の業。

キョロキョロと視線を泳がせていると、突然「サクラ!」とマリナの声が響いた。


その声のする方に顔を向けると、すでにマリナとアマンディーヌがいて、身を乗り出して手を振っていた。私は「よかった、見つけた」と小さく息を吐き、隙間に体をねじ込むようにして隣へ入れてもらった。


「お待たせ! ちょっと寒いね。」

「まぁ、水に入る気温ではないわよね。」


アマンディーヌが笑って肩をすくめる。


「男性陣はもう来てるの?」

「ほら、あそこ。あの派手な水着がバイロンで、ウィリアムとセルヒオはその近くにいるわ。わかる?」


マリナが指さす先に目を凝らすと、すぐに見つかった。ひときわ目立つ原色のトランクスに、手を振っている大きなシルエット──確かにバイロンだ。その横で肩を回して準備運動をしているのがセルヒオ、さらに落ち着いた様子でプールの水面を覗き込んでいるのがウィリアム。


「あ、わかった! いた!」

思わず声を上げると、マリナとアマンディーヌも「でしょ?」と顔を見合わせて笑った。



カーディガンの裾を整えながら、私は2人に向かってフェーヴの話を切り出した。


「そういえばね、私、フェーヴが当たったの。」


すると、マリナ身を乗り出した。


「えぇ! 本当? 羨ましい!」


アマンディーヌも「私たちは残念ながら外れちゃったのよ。サクラは今日のクイーンだったのね!」と笑った。


「でもね⋯」私は苦笑しながら、カーディガンの袖口をいじる。

「王冠、かぶるのが恥ずかしくて。部屋に置いてきちゃったの。」


その言葉に、マリナは目を丸くし、すぐに小さく肩をすくめて笑った。


「どうして? せっかくの幸運なのに。みんな、むしろ誇らしげにつけてるじゃない。」


アマンディーヌも強く頷く。


「そうよ! さっき見かけたけど、王冠をかぶってる人に『キング!』『クイーン!』って声をかけてる人までいたわ。すごく楽しそうだった。恥ずかしがる必要なんてないのに。」


私は唇を尖らせて視線を落とす。


「うーん⋯やっぱり、注目されるのはちょっとね。」


「サクラらしいわね。」とマリナがくすっと笑う。


「子供の頃はうらやましくて仕方なかったけど、大人になるとそんなものよね。でも、船の中なら何人もかぶってるんだから、むしろその恥ずかしさも一緒に楽しめばいいのに。」


そんなやり取りをしているうちに、プールサイドからざわめきが広がった。

見ると、下の男性陣がぞろぞろと移動し始めている。


「あ、始まるみたいよ!」


マリナの声に、私たちは一斉に視線をプールへ向けた。


「それではこれより、『公現祭の十字架』を始めます。」


マイクを持ったクルーの声が、冷えた空気の中でよく響いた。

メインプールの空気が一瞬で張り詰めた。

軽口を叩いていた観客も、今は皆が息をのむように静まり返り、視線はプールサイドに並ぶ男性陣へと集中している。



「木の十字架に代わりまして、今回は安全のため、3つのコインを投げ込みますので、皆様お怪我のないようお気を付けください。」


その言葉に、プールサイドへ歩み出た男たちの表情は一層真剣みを帯びる。肩を回す者、軽くジャンプして体を温める者。

寒さに震えていたのが嘘のように、戦いの前の緊張感に包まれていた。


「見学の方はご一緒にカウントダウンしてください!」

司会役のクルーが声を張ると、観客たちがざわざわと顔を見合わせ、やがて波のように声を合わせていく。


「──5!」

「4!」

「3!」

「2!」

「1!」


最後の「1!」と同時に、船の汽笛が長く重々しく鳴り響いた。

ブォォォォ⋯という音が胸の奥にまで震えを伝える。


私は思わず肩をビクリと揺らし、マリナとアマンディーヌも同じように小さな悲鳴を上げた。

その刹那、年配のクルーが大きく腕を振りかぶり、銀色に輝くコインを水面へ放る。


キラリと一瞬の光を反射して──チャポン、と音を立てながら水に消えていく。


「うおおおお!」

気合の声とともに、プールサイドに並んでいた男たちが一斉に飛び込んだ。

大きな水柱が上がり、冷たい飛沫が2階の観客席にまで飛んでくる。

「きゃっ!」とアマンディーヌが身をすくめ、マリナは楽しそうに笑って声を上げた。


水面はたちまち荒れ、腕や脚が入り乱れる。

コインを狙う男たちの姿は必死そのもので、誰が先に見つけるのか──会場全体が固唾を呑んで見守っていた。


水面は泡立ち、誰がどこにいるのかなんて全然見分けがつかない。


「ウィリアム!がんばってー!」

「バイロン、負けないでー!」

「セルヒオも、いけー!」


3人で声を張り上げるけれど、返事は当然聞こえない。プールの中に消えた彼らが、どこで必死にもがいているのか、影さえわからなかった。


「ねぇ、どこにいる?全然見えない!」

「バイロンなら派手だからすぐわかると思ったのに!」

「セルヒオは静かに潜ってそうだけど⋯」


互いに首を伸ばして探すけれど、広いプールと白い飛沫に紛れて全く見つからない。


そんなことを言い合っているうちに──


「おおーっ!」


観客席から大きな歓声が上がった。


視線を向けると、水面から力強く突き上げられた腕が見えた。

掌の中で、銀色のコインが太陽の光を受けてキラリと輝いている。


「見つけたー!」


続けて別の場所からも、もう一人が腕を高々と掲げる。さらに間を置かず、三人目の勝者が現れ、会場は大きなどよめきに包まれた。


「⋯あら」

「ってことは⋯」


私たちは顔を見合わせる。


ウィリアムも、バイロンも、セルヒオも、どうやら手に入れられなかったらしい。

水面から上がってくる彼らの姿を探すと、どこか悔しそうに、でもどこか笑っているような顔でプールの縁に手をかける姿が目に入った。


集まった観客たちの拍手が大きく響き渡る。

コインを手にした3人の男性は、クルーに促されて横に並び、照れくさそうに笑いながらも手を振っていた。けれど、その頬は赤く、肩を小刻みに震わせている。


「寒そう⋯」


私がつぶやくと、隣のマリナも頷く。


「水から上がったら余計に冷えるのよね。風もあるし。」


勝者たちでさえ、満面の笑みを浮かべながらも腕をさすって体を温めようとしている。

ましてやコインを取れなかったウィリアムたちは、悔しさよりも「早くタオルを!」という気持ちのほうが勝っているようだった。


式は長引くことなく、あっさりと幕を閉じる。

クルーの「皆様、お疲れさまでした!」の声に合わせて、観客も次第に散っていった。


私たちも慌ててプールサイドを降り、男性陣を探して駆け寄る。


「大丈夫?」

「風邪ひいちゃうわよ!」


声をかけると、バイロンがブルブルと体を震わせながら、無理やり笑顔を作った。


「だ、大丈夫⋯たぶんな⋯!」


ウィリアムもセルヒオも、口数少なく頷くばかりで、すぐにでも暖かい場所に逃げ込みたいのが見て取れる。


「⋯またディナーでね。」


私がそう言うと、3人は心底ホッとしたように頷いた。


「助かる⋯」「じゃあまた後で⋯!」


小走りに船内へ消えていく背中を見送り、私たちは顔を見合わせて笑ってしまった。


「やっぱり寒かったのね。」

「でも、よく飛び込んだわ。あれは勇気がいるわよ。」


冷え切ったプールサイドに、まだ余韻のように観客のざわめきが残っていた。



王冠を手に持って部屋をそっと出る。

キョロキョロ辺りを見回すと、まだまだ王冠を被っている人がたくさんいた。

私は一度手元に視線を落とし、王冠をかぶることにした。

王冠を頭にちょこんとのせたまま歩いていると、船内のきらびやかな照明に金色の紙が反射して、まるで本当に女王にでもなったかのような気分になる。

メインダイニングに向かっていると、「あらクイーン!おめでとう!」「良い1年を!」と声をかけてくれる人がちらほらいる。

すれ違う人に声をかけられるたび、最初は恥ずかしさで頬が熱くなったが、次第に「こういう日だから」と素直に楽しめるようになってきた。


その時、黒い三角帽に黒いマント、竹箒の怪しげな人を発見した。

横を通り過ぎようとすると、「あら、クイーンなのね」と話しかけられる。

「はい」と振り返ると、まだ若い女性が魔女のような格好をしているだけだった。

「今年はいい子にしていたかしら?」と聞かれ、何か今までと違うぞと思いながら「ええ、とても」と一応答える。

「じゃあこれはベファーナからのプレゼントよ」

と籠から飴をもらった。

赤いクリスマスブーツのパッケージの可愛いものだ。

「ありがとうございます!」とお礼を言うと、その瞬間、周囲にいた通りがかりの人々も「ベファーナだ!」と声をあげ、笑顔で手を振ったり写真を撮ったりしている。

どうやら船内のイベントの一環らしいと気づき、ほっとした。



ダイニングはすでにキャンドルの灯りで柔らかく照らされ、グラスのきらめきと人々の笑い声が温かく溶け合っていた。


「あら、クイーン!」とにこやかにマリナが手を振る。

王冠を見て「似合ってるわよ」とエリザベスが小さく拍手すると「女王陛下のご来場だね」なんてモーガンも笑う。


席につくと、セルヒオが穏やかな声で「あたったんだな。よかったな」と言い、ウィリアムも口元をほころばせて「幸先がいい」と言ってくれる。

被ってきてよかったとおもいながら、私はふと口を開いた。


「あ、ねぇ。さっき『ベファーナ』に会ったんだけど、誰かわかる?」


その瞬間、テーブルの上に驚きと興味の混ざった声が飛び交う。

「え、知らないの?」とマリナが目を丸くする。


「クリスマスにいい子にお菓子、悪い子には炭をあげるっていう魔女のおばあさんよ。」


「でも、そんな人歩いてたか?」


ウィリアムが首を傾げる。


「いや、俺は見てないな。」


セルヒオは真面目な顔で首を振る。


「クイーンだから見つけられたのよ!」とエマがにやりと笑い、みんなの視線が一斉に私に集まる。

「⋯あはは、そうかも。」私は頬を赤らめながら、王冠をちょんと触った。


食事はいつものように進んでいき、自然と話題は今日の「公現祭の十字架」に移っていった。

クチヤという優しい甘さのおかゆのようなものを食べながら

「上からじゃどこにいるのかもわからなかったんだよね。どうだった?」

と話を振る。


グラスを片手にセルヒオが肩をすくめる。


「いやぁ、入ってる間はそうでもないんだよ。冷たいよりも、とにかく塩水が目に染みるのが大変で。」


「わかる!」とウィリアムがすぐに応じる。

「見えてるのは人の足とお尻ばっかりなのに、それすら目を開けてられなくて見えなくなってくるんだよ。」


「そうそう!」セルヒオは思わず笑ってしまう。

「で、気づいたらもう終わってて、上がったら今度は寒さとの戦い。」

「うん、それが一番こたえるな⋯」とウィリアムが深く頷く。


そのやりとりにディックが大げさに肩を抱いて震えて見せる。


「ブルルル!あんなの好き好んでやる奴の気が知れない!」

「でもあなたもキリシアで飛び込んでたでしょ? 取れなかったけど。」


とエマに突っ込まれ、テーブルは大きな笑いに包まれた。

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