11.12/31 船上の年越し
船内は、特別な日を祝うために一段と華やかに飾られていた。
エントランスには金と銀のバルーンアーチ、シャンデリアにはきらめくイルミネーション。
まだまだクリスマス飾りもあるのが、日本人の私からすると不思議な感じだけど。
ビュッフェ会場でみんなを待っていると、目に付く人々の装いが目に楽しい。
今日のドレスコードはスマートカジュアル。乗客たちはいつもよりドレスアップして、自然と足取りも軽やかになっている。
また私が一番乗りで、話し相手もいないので船内新聞を眺める。
今日は船内の至る所でイベントがあって、どこに行くんだろうかとワクワクする。
ライブ会場では1日中仮面舞踏会風のダンスパーティーが開かれているらしい。
ビュッフェ会場でも仮面をつけた紳士淑女がチラホラとみえる。外さなくていいのかな?
そして、メインホールでは特別ステージショーが行われているようだ。ぎゅうぎゅうに詰まったスケジュールをみると、世界各国から集まったアーティストたちによる歌とダンス、さらに軽快なマジックショーなどが繰り返し上演されるようだ。
ちらほらとみんなが集まりだし、最後にゆったりと歩いてきたバイロンが合流すると、6人は揃って船内新聞のイベント欄に視線を落とした。
「どこに行く?」
「今日はイベントが多いな。」
紙面を指でたどりながら、誰もが心の中で少しワクワクしているのを隠せない。文字や写真から漂う楽しさが、既にこちらの期待を煽っていた。
「あ、今からの時間なら、このマジックショーに間に合わないかしら?」
マリナがスマホを取り出し、予約状況をチェックする。くるりと画面をこちらに向けて「ほら、今ならまだ空いてるわ」と微笑む。
「いいんじゃない」と、全員が即座に同意し、スマホを手に一斉に予約を確定した。
こうして、6人は船内のマジックショーへと向かうことになった。
メインホールに到着すると、まずは6人揃って座れる席を探す。
前方はすでに埋まっていたが、後ろの方の中央列に視界を遮るものが少なく、舞台全体を見渡せる席を発見する。
自然と安堵の声が漏れ、皆で腰を下ろした。
少しの間、期待に胸を膨らませながら待つ。
やがて場内の明かりがふっと落ち、軽快なジャズ風の音楽が流れ始める。
幕がするすると開くと、黒いシルクハットに燕尾服をまとったマジシャンが、煌びやかな衣装のアシスタントを伴って颯爽と登場した。
観客席からは一斉に歓声と拍手が沸き起こり、その空気だけで胸が高鳴る。
舞台上では次々と驚きの演出が繰り広げられていった。
アシスタントが寝そべったまま宙に浮かぶと、客席からは驚きの声とどよめきが広がる。
次の瞬間には胴体がすっぱりと分かたれたかと思えば、剣に串刺しにされる演出に悲鳴混じりの笑い声が起こった。
緊張と驚きと笑いが絶え間なく押し寄せ、観客の心はすっかり舞台に釘付けになっていた。
そしていよいよ参加型マジックの時間。
会場がざわめき、手があちこちで勢いよく上がる。
バイロンも誰よりも高く手を伸ばし、身を乗り出すようにアピールするが、指名はことごとく別の人へと向かう。
肩を落として「なんでだよ〜!」と小声で嘆く姿に、思わず私たちの口元は緩み、笑いをこらえきれなくなる。
「バイロン、残念〜!」
「次こそ選ばれるかもよ!」
茶化す声とそれに拗ねたように返すやり取りに、周りの観客までつられて笑っている。
ショーが終わったとき、私たちは夢から覚めたくないようにしばし呆然と拍手を続けていた。
出口へと向かう足取りはふわふわと軽く、6人の顔にはそれぞれ笑みが浮かび、まるで子どものように心が弾むのを誰もが感じていた。
「さて、次はどこ行く?」
再び船内新聞を覗き込みながら、次の楽しみを探す。
まだまだクルーズ船の大晦日は終わらない。
マジックショーの余韻を胸に、6人は次なる会場、ライブ会場へと向かった。
扉を開けると、薄暗いホールの中、明るい照明が忙しそうにあちこちをてらしていた。
ライブ会場は、大晦日特有の熱気で満ちていた。
壁際には小さなテーブルとカウンターが並んでいた。
その近くにはシャンパンのグラスを並べたテーブルがずらりと並び、カウントダウンの準備が着々と進んでいる。
ステージのバンドもいつもよりテンション高めで、ジャズとポップスを行き来しながらフロアを盛り上げていた。
「仮面舞踏会」と銘打たれてはいたけれど、実際にはもっとカジュアルなパーティーだった。
確かにみんな仮面をつけてはいるけれど、フォーマルなタキシードやドレスばかりではなく、ワンピースやジャケットにちょっと光るアクセサリーを足しただけ、なんて人も多い。
踊る人もいれば、ドリンクを片手に立ち話を楽しむ人もいて、自由な空気に包まれていた。
用意された色とりどりの簡易マスクを着けるだけで参加できるスタイルのようだ。
入り口で受け取った紙製の仮面を手に、みんなそれぞれ自分の顔に合わせる。
マリナは淡い金色のマスクを選び、笑顔がほんのり隠れる。
アマンディーヌは華やかな赤いマスクで、少し遊び心を加えた装いに。
セルヒオはどうしても気恥ずかしさがにじむが、バイロンが「面白いじゃん、やってみろよ」と背中を押す。
ホールに足を踏み入れると、仮面の向こうに見える笑顔や、はずむような足取りが心地良い。
軽やかなワルツに合わせてステップを踏むのを見ているうちに、私でも踊れるかもしれないという不思議な自信が湧いてきた。
私たち6人もそれぞれ仮面をつけて入場する。
「なんだ、もっと堅苦しいのかと思ってたぜ!」
バイロンが豪快に笑いながら、ホールを見渡す。
セルヒオも「これなら踊れなくても居心地がいいな」と肩をすくめ、バンドのリズムに軽く体を動かしていた。
流ていた音楽終わり、次の曲が鳴り出すタイミングで、マリナが勢いよく振り返った。
「はい、行くわよ! せっかくなんだから踊りましょう!」
その声に背中を押されるように、私たちはダンスフロアへ。
ウィリアムがすぐさまマリナの手を取り、紳士的に一礼してから「一曲ご一緒願えますか、レディ」と囁く。
ふたりは息の合ったステップを軽快に踏み、まるで映画のワンシーンのように華やかだった。
アマンディーヌは少し戸惑いながらも、バイロンに手を引かれた。
「わ、私下手よ!」
「大丈夫、大丈夫! リズムに乗れば自然と踊れるさ!」
バイロンの明るさに引っ張られ、アマンディーヌも笑いながらぎこちないステップを踏み出す。
その笑顔があまりにも可愛らしく、思わず小さく拍手してしまった。
セルヒオは真面目な表情のまま、しかし控えめに手を差し伸べてくる。
「それっぽく見せることならできる。」
彼らしい言い回しに思わず笑ってしまい、私はその手を取ってステップを合わせた。
ぎこちなさも不思議と心地よく、仮面の下で自然に頬が緩む。
音楽は次々に変わる。
ジャズのしなやかなリズムに身を揺らしたかと思えば、軽快なポップスでは肩を組んで飛び跳ねる。
時には力強いロックナンバーに合わせて、みんなが即興で大きく手を振り、歓声がフロアを包む。
曲が終わるごとに相手を替えていく。
最初は不安がっていたアマンディーヌがバイロンに負けないくらい楽しげに笑い、セルヒオは一見真面目なままなのに、ステップを踏む足取りにはしっかり音楽のリズムが乗っていた。
途中、フリースタイルの時間になると、音楽に合わせて自由に動く。
小さなジャンプや軽やかなスピン、友人同士の軽いふざけ合いでホールは笑い声と歓声で満ちる。
私もバイロンに引っ張られながら、思わず腕を広げて旋回したりする。
どこかで見たことあるような動きだけど不格好で、それでも周りが笑っているから私も笑顔になる。
しばらくすると、音楽は少し落ち着き、最後にみんなで輪になって手をつなぎ、軽く揺れながら音楽を楽しむ時間になる。
仮面をつけているせいか、どこか普段より自由で大胆になれる。
フロアには笑い声と拍手が絶えず響き、見知らぬ乗客とも自然に手を取り合い、輪が広がっていく。
「楽しいね⋯。」
つぶやくと、聞き取ったセルヒオは微笑み返してくれた。
音楽が一段とアップテンポになり、フロアの真ん中で突然「ダンスバトル!」と誰かが叫んだ。
瞬く間に人垣ができ、乗客たちが代わる代わる中央に出ては得意のステップを披露していく。
「バイロン! 行け行け!」
私たちが背中を押すと、彼は大きく手を振り上げて「見てろよー!」と声を張り、豪快にステップを刻みはじめた。腰を大げさに揺らし、最後にくるりとターンして決めポーズ。フロアは拍手と口笛の嵐だ。
続いて、情熱的な赤いドレスの女性が躍り出て、観客の手拍子にのるように体を動かす。最後には髪をふわりと振りながらのターンで大喝采を浴び、優雅にお辞儀を返していた。
次々に参加者が踊るその合間、仮面をつけた長身の男性が私に近づいてきて、芝居がかった口調で言った。
「美しいレディ、あなたの笑顔に乾杯を。どうか次の曲は、私に踊らせていただけますか?」
一瞬、周りのみんなが「おー!」と冷やかすような声を上げる。
「え、ええっと⋯」と戸惑っていると、横からセルヒオが割り込んできて「おっと残念! このレディは今から俺と踊る約束をしてるので!」とにやりと笑った。
「そんな約束してたっけ?」と顔を見上げると、セルヒオは悪戯っぽくウインクして私の手を取る。
あ、助けてくれたんだな、とほっとして、私もにやりと笑って返した。
夜が更けるにつれ、みんなでカウントダウンイベントのために甲板へ向かった。
他の乗客も自然と集まっていく。
甲板にでると、暖かな風が顔をかすめた。クリスマスに続き、冷たくないのが不思議な気分だ。
カウンターがいくつも設けられ、特別にフリードリンクが配られている。
辺りに人工的な灯りは何も見えない。
水平線と海は境目がなく、ただ星空が途切れているだけだ。
昼間の喧騒が嘘のように静かな海原が広がり、夜空の星々は手が届きそうなほど近い。
「わぁ⋯」
アマンディーヌが両手を胸にあて、星明りを見上げる。
「まるで宝石箱みたいね。」
うっとりとした声は聞き心地が良く、みんな空を見あげた。
カウンターではシャンパンやノンアルコールカクテルが配られていて、グラスを受け取ると自然と輪ができる。
「おー、こういうの待ってたぜ!」とバイロンは大きな声で乾杯の真似をし、泡の立つグラスを掲げてはしゃいでいる。
「今日は特別だから、私も一杯だけね」とマリナがウィリアムの腕を軽く叩く。
「もちろん、一緒にね」とウィリアムはにこやかに応え、夫婦らしくグラスを合わせていた。
やがて司会の声が響く。
「あと10秒です!」
「10! 9! 8!」
全員で声を合わせ、カウントしていると、見知らぬ人同士のはずの乗客が、手をつないだり肩を組んだりし始めた。
流れに押され6人の手も自然と触れ合う。
アマンディーヌはちょっと冷たい手をしっかり私の右手に重ね、セルヒオは少し硬い表情のまま左手を温かく包みこんだ。
マリナとウィリアムは仲よさげに寄り添った。そんな仲の良さをお構い無しに、バイロンは「よっしゃ!」とウィリアムの肩を引き寄せ、セルヒオと組んでくるので、私たちは笑いながら最後の数字を叫んだ。
「3! 2! 1!」
「「「ハッピーニューイヤー!」」」
歓声とともに紙吹雪が舞い、船の汽笛が低く長く響きわたる。大空に大輪の花火が咲き、海面が光のカーテンのように反射する。
「うわぁ! すごい⋯!」
みんなの瞳は花火の色を映し、子どものように輝いていた。
マリナとウィリアムはグラスを合わせ、「今年もよろしくね」と微笑み合う。
その隣で私たちもグラスを掲げ合い、笑い声が花火の音と混ざって甲板を包みこんでいった。
シャンパンの泡の弾ける音、誰かと抱き合って笑う声、そして甲板で見上げた夜空に咲く花火。
すべてがひとつになって、新しい年が始まったことを告げていた。
花火がしばらく夜空を照らしたあと、ふっと音が途切れ、静けさが戻る。
その瞬間、甲板の中央にゆったりと姿を現したのは、この船の船長だった。
背筋を伸ばした姿勢に、真新しい制服の金色のボタンがきらりと光る。
「レディース・アンド・ジェントルメン!」
朗らかで力強い声がマイクを通して響きわたる。
「新しい年を、皆さまと共に迎えられたことを、心から嬉しく思います。どうぞ、この船での旅が素晴らしい一年の幕開けとなりますように!」
大きな拍手と歓声が沸き起こり、紙吹雪の名残がまだ空を舞っている。
船長は少し間をおいて、にこやかに続けた。
「さて、明日の朝には──いや、正確には数時間後には──特別なイベントをご用意しております。『初めての日の出』でございます!アジアの一部地域では、年明けに昇る朝日を『初日の出』といって新しい年を象徴し、その年の豊作や幸せをもたらす『年の神様』が昇ってくると信じられています。」
「へぇ!」と周囲からどよめきがあがる。
「この船の東側デッキを開放し、皆さまと共に新しい年の最初の日の出を拝みたいと思います。温かい飲み物もご用意いたしますので、ぜひご参加ください!」
その言葉に、私たちは顔を見合わせる。
「初日の出か⋯船の上からなんて、最高だな!」
バイロンが早速盛り上がり、「眠れなくなっちゃうかもね」とアマンディーヌが笑う。
「ちょっと早起きだけど、これは見逃せないわよね」
マリナが頷いたことで、ウィリアムも「よし、じゃあ6人で見に行こう」と力強く言った。
セルヒオはグラスを傾けながら小さく笑い、「どうせ寝る前に朝になる気がする」とぼそっと呟き、みんなの笑いを誘った。
甲板はまだ華やかな熱気に包まれているのに、すでに心は明日の朝、水平線の向こうに輝く初日の出へと向かっていた。




