07.12/27 お菓子パーティー
朝ごはんの前、私は部屋の中で荷物整理をしていた。
今日はみんなとお菓子パーティーをする予定があるのだ。
何を持っていこうかと段ボールを漁る手は自然と弾んでいる。
『やっぱり、モットカットは外せないよね』
独り言を漏らしながら、バラエティパックをエコバッグに滑り込ませる。
さらに、定番のポテトチップス。世界中にあるだろうから、比較するのが楽しみだ。
うーん、あと何がいいかな⋯。
しばし迷った末、手当たり次第にお菓子をエコバッグに押し込んだ。
気がつけば袋はパンパン。肩にかけるとずしりとした重みが伝わってきて、ちょっとしたサンタ袋のように感じる。
異文化のみんながどんな反応を見せてくれるのかと想像して、自然と笑みがこぼれた。
そのままビュッフェ会場へ向かい、朝ごはんは本当に軽めに済ませた。
ビュッフェはこういう時に調整が効いて便利だ。
食べることよりも、これからのパーティーが気になって仕方がない。
早めにテーブルを押さえておかなくちゃ、と会場の隅にある大きな丸テーブルを確保した。
スマホを取り出し、みんなにメッセンジャーを送る。
「もう座ってるよ。のんびり待ってるね。」
送信ボタンを押したあと、私は椅子に深く腰を下ろし、コーヒーカップを手に取った。
ゆったりとした時間。けれど、心の中はこれから始まる国際色豊かなお菓子パーティーへの期待でワクワクしていた。
少し待っていると、見知った二人が現れた。キョロキョロと辺りを見回し、私を探している様子だ。私はすぐに手を上げて、小さく声を張った。
「マリナ! ウィリアム!」
大声を出すには人が多すぎる。控えめに呼びかけたつもりだったが、それでも二人は私に気づき、顔をほころばせて駆け寄ってきた。
「サクラ! 待たせたかしら? あなた、ちょっと早くない?」
マリナは腰に手を当てて、呆れたような、それでいて楽しげな笑みを浮かべる。
「早すぎないよ。時間通り。日本人はこうなの!」
「へぇ⋯窮屈な国ねぇ」
「違う、まじめなの!」
からかうマリナに、私もついムキになって返してしまう。
そんなやり取りを見て、ウィリアムは肩をすくめて苦笑した。
「ふたりとも元気だなあ。とりあえず座ろうか」
二人が腰を下ろすと、続いてセルヒオがやってきた。大きなリュックを肩に担ぎ、手を上げながら近づいてくる。
「お待たせ。こっちでいいのか?」
空いている席に腰を下ろしたセルヒオに、私はリュックの大きさについて尋ねた。
「中身は大して入ってないんだ。持ってくるのに袋がなかったからな。」
そう言いながら、ガサガサと鞄からお菓子を取り出し、早々にテーブルに並べてしまった。
ほどなくしてアマンディーヌが姿を現した。上品なワンピースをひらりと揺らしながら歩いてくる彼女は、まるで絵画から抜け出してきたかのように美しい。
「サクラ、席をとっておいてくれてありがとう。」
にっこり微笑む姿に、私も思わず同じように微笑みを返した。
そして最後にやってきたのは、アマンディーヌと同じテーブルで過ごしているというバイロンという男性だった。
「おぉう、悪い、遅れたか? バイロンだ。仲良くしてくれよな!」
そう言うと、彼は無造作にむき出しのお菓子をテーブルへ置いた。
「俺より雑じゃねえ?」とセルヒオがぼそりとつぶやいた瞬間、ふっと笑いが漏れ、場の空気が一気に和んだ。
「適当な袋がなくてな。」
「俺もなかったけど、ちゃんとリュックに入れてきたぞ。」
「残念ながら、俺のリュックにはまだまだ荷物が詰め込まれてんのよ。」
気づけばセルヒオとバイロンは、旧知の友人のように軽口を交わしている。
その賑やかさに包まれながら、私もお菓子を袋から取り出した。
軽く自己紹介をして、テーブルの雰囲気が落ち着いた頃。
バイロンが椅子の背にもたれかかりながら、口を開いた。
「こうやって人が集まって食べるんだったら、もっと持ってきたのにな。ディップもさ。チップスといえばディップだろ?」
そう言って、彼は無造作に持ってきたレイズのポテトチップスをバリッと開封した。
その音に引っ張られるように、私も持参した厚揚げポテトの袋を開ける。
「ね、食べていい? これは日本のチップスだよ。」
「もちろん! シェアしようぜ。」
バイロンは豪快に自分のチップスを口に放り込み、そのまま私の厚揚げポテトを興味津々に手に取った。
代わりに彼はレイズをこちらに差し出してくれる。
自然とテーブルの上にはいろんなチップスの袋が並び、次々と手が伸びていく。
「ね、ところでさ、ディップってなに?」
私は首をかしげる。
「はぁん?」とバイロンが目を丸くし、大げさにジェスチャーした。
「ソースみたいなもんだよ。こうやってちょんちょんってつけて食べるんだ。」
指先で空想のボウルをつつき、口に運ぶ仕草を見せる。
「いや、ごめん。ディップ自体は知ってるのよ。ただ、お菓子パーティーでなぜディップ?」
眉をひそめて問い返す。
「はぁ? なんでって⋯チップスっつったらディップだろうが!」
バイロンはわざとらしく握りこぶしを作って、真顔で訴える。その熱量に思わず笑ってしまった。
「いや、うちの国ではそんな習慣ないよ。」
ウィリアムが苦笑しながら首を振った。
「俺の国でもだな。チップスはそのまま食うもんだ。」
セルヒオも同意する。
「フェンランドにはあったような⋯?」と誰かが曖昧に口を挟むと、バイロンがわざとらしく目をひんむいた。
「お前らマジかよ! 信じらんねぇ!」
椅子から立ち上がりそうな勢いで両手を広げる。
「チップスといったらディップ! アべリカに来いよ。パーティーといえば、どこでも、誰でも、みーんなディップ! ディップ! ディップ! ディップだから!」
最後は調子に乗ってリズムをつけて連呼しだすので、テーブル全体が笑いの渦に包まれた。
ひとしきり盛り上がった後、私は手元のレイズをつまんで改めて口に入れた。
パリッと軽やかに砕ける音。想像していたよりも塩気は控えめで、舌に残るのはほんのりとしたポテトの甘み。濃厚な味を期待していた分、少し肩透かしのようにも思えたけれど──気づけば、また次の一枚に手が伸びている。
だからかな?
私は袋の中を覗き込みながら口を開いた。
「レイズのチップス、思ってたより薄味だね。もっとこう、ガツン!と濃い味を想像してたんだけど。」
バイロンは厚揚げポテトをバリッと噛み砕きながら、「へぇ、そうか?」と片眉を上げる。
「むしろこっちの方がガツンと来るぞ。日本って何でも健康的に薄味なのかと思ってたけど、これは違うな。噛み応えもあるし、結構好きだぜ。」
どうやらバイロンは普通のポテトチップスよりも、厚揚げポテトの方がお気に入りらしい。
豪快な食べっぷりで、袋に手を突っ込んでは、ざくざくとした歯ごたえを楽しんでいる。
「噛み応えというならこれでしょう!」
私は満を持して、カバンの底から次のお菓子を取り出した。
「日本の『おせんべい』〜!」
「ライスクラッカーなら食べたことあるわよ。」とマリナが言う。
「待ってマリナ。これは『クラッカー』じゃなくて『せんべい』だから!」
私は思わず、厳しい顔を作って言った。
「何そのこだわり?」
マリナは眉を寄せて吹き出すように笑う。
「でも、本場日本のってなると気になるわね。」
にこやかにアマンディーヌが横から加勢してくれる。
私は意気揚々と袋を開けた。
旨塩屋のせんべいがカサリと顔を出す。
白米をしっかり焼き上げた香ばしい香りが、ほんのり塩の匂いとともに漂ってきた。
「はい、どうぞ!」と一枚ずつ配っていく。
ひとかじりすると、バリッ!という乾いた音が、テーブルに心地よく響いた。
噛み応えはしっかりしていて、軽いチップスとはまるで別物。塩味がピシッと舌に広がると同時に、お米の旨味がじわじわと押し寄せてくる。
「あ、うまい!」
ウィリアムが思わず感嘆の声を漏らした。
私はその一言に思わず顔がほころび、にっこにこの笑顔になる。
「そうでしょう、そうでしょう? 醤油味も定番なんだけど、今日は塩を選んでみたの。お米の味がしっかりするでしょ?」
「いい噛み応えだな!」
バイロンは二口三口と豪快にかじりながら言う。
「俺の国にも似たのは売ってるけど、もっとこう⋯パフパフしてるんだよな。」
「そうそう!」私は指を立てて補足する。
「子供向けのせんべいは、軽くて柔らかいのもあるの。たぶんバイロンが言ってるのはそれだよ。」
バリバリ、ガリガリと音を立てながら全員でせんべいを楽しんでいると、やがて口の中が塩っけでいっぱいになってきた。
飲み物を口に運びながら、アマンディーヌが笑って袋からクッキーを取り出した。
「なんか、これじゃ『お菓子パーティー』っていうより『しょっぱい会』になっちゃってない? もっと甘い物が欲しいわ。」
「わかる! 喉も渇くしね!」マリナがすぐさま頷く。
その言葉に合わせるように、彼女はバッグからチョコレートのパッケージを取り出した。
「さ、ここからはスイートなパーティーにするわよ!」
アマンディーヌが小さく指を鳴らすような仕草をして言うと、私とマリナ、そしてウィリアムが「いいね、いいね」と同意する。
一方でセルヒオとバイロンは顔を見合わせて、同時に肩をすくめた。
「女子会かよ⋯」
「いや、俺は甘いのも嫌いじゃないけどな。」
苦笑混じりの2人に、全員でクスクスと笑った。
みんなが喉を潤すためにいったん席を立ち、紅茶やエスプレッソなど、それぞれ好みの飲み物を手に戻ってくる。
スイートなパーティーに備えてか、みんな甘い物に合う飲み物を持ってきている。
仕切り直されたテーブルの上には、今度は甘々なお菓子がずらりと並んだ。
ミカドというポッキーのようなお菓子をマリナが取り出す。
細長いビスケットに濃厚なチョコレートが絡み、かじるとほろ苦さと甘さが絶妙に混ざり合う。
「これ、美味しい!」と口々に感嘆の声が上がる。
でも、日本発祥だと教えても、みんなは首をかしげるばかり。なかなか信じてもらえなかった。
「じゃあ私からはこれ!」
アマンディーヌが笑顔で箱を開けると、中から顔をのぞかせたのは、メゾン・コリブリのマドレーヌ。半分だけチョコレートがかかっており、見た目も可愛らしい。
手に取るとしっとりと柔らかく、口に運べば甘さと香ばしさがじんわりと広がる。
「美味しい⋯!」
思わずコーヒーに手を伸ばした。
私はふと思い立ったように口を開く。
「ねぇ、明後日にはケルデイドレスに着くじゃない? みんなどこに行く?」
「そりゃグリムウォルド要塞だろ。」
ウィリアムが答える。
みんなもうなずき、自然と話はそこにまとまった。
「やっぱり?10年前まで生きた城塞だったらしいね!」
私は目を輝かせる。
「でも、ちょっと怖いわよね。ほんの最近まで戦争があったんでしょう? 女性1人では下船出来ないっていうし。」
アマンディーヌが眉をひそめて言った。
その言葉に、みんなも覚悟を決めたように頷く。
「それは確かに。私パートナー雇ったよ。」
「私も。」
私の言葉にアマンディーヌが同意する。
ここでいう「パートナー」とは、ケルデイドレスに降りる際、女性だけでは危険すぎるため、男性クルーが同行してくれるサービスのこと。少々高額だが、行きたい気持ちには代えられない。
その時、バイロンがふと口を開いた。
「ついて行ってやろうか?」
「「え?」」
「俺も別に一緒に行けるぞ。」
セルヒオも軽く手を挙げる。
「え!?本当に!?」
アマンディーヌと私は目を見合わせ、驚きの声を漏らす。
「どうする?今ならキャンセル料も30%くらいだよね?」
「無駄になるけど、全部払うよりお得だよね?」
「え、本当にお願いしていいの?」
私がためらいながら言うと、バイロンは力強くサムズアップをして「任せろ」と言わんばかりだ。
セルヒオも笑顔で頷き、私達はすぐにスマホからキャンセル手続きを進めた。
その様子を見たウィリアムが口を開く。
「なぁ、みんなで行くなら僕たちも同行させてもらえないか? 女性も複数人いないと、トイレとかのときに女性1人になって危ないらしいんだよね。」
マリナが静かに頷く。
「もちろん!」と誰ともなく返事をして、自然と場の空気が一つになった。
不安よりも「みんなでなら大丈夫」という安心感がテーブルいっぱいに広がり、次の寄港地ケルデイドレスへの期待がぐっと膨らんでいく。
「じゃあ決まりね! 最初の国はみんなで冒険だわ。」
マリナがグラスを掲げると、みんなが笑顔で応じる。乾杯のようにグラスを軽く鳴らした瞬間、なんだか絆が深まった気がした。
そんな和やかな空気の中、アマンディーヌが「それじゃあ、次のおやつタイムね」と言ってバッグをごそごそ。
取り出したのは、サン・ジョルジュのプティブールだった。
小さなビスケットはバターの香りが控えめで、ミルキーな味わい。サクサクと軽やかな歯ざわりに後味もさっぱりしていて、「Theビスケット」と呼びたくなる王道の味だった。
「シンプルなのに、つい手が伸びちゃうね。」
私がそう言うと、アマンディーヌは得意げに微笑む。
そこへセルヒオがキャンディのように包まれた小さな菓子を差し出してきた。
「ほら、これがポルボロンだよ。」
「あ、クリスマスの定番お菓子の! わぁ、ありがとう!」
包みを開け、口に放り込む。ふわっと軽く、ほろっと崩れていく食感に思わず目を見開いた。
スノーボールクッキーを想像していたけれど、それよりもさらに軽やかで、舌の上で淡雪のように溶けていく。
「美味しい! 優しい味だね。」
「それはよかった。でも、本当は食べる前に3回『ポルボロン』って唱えないと。」
「あっ、忘れてた! ごめん〜。もう1つちょうだい!」
セルヒオが笑いながら箱を差し出す。
私は意気込みを込めて、もう一つ手に取った。
「よし、ポルボロン。ポルボロン。ポルボロン⋯!」
ポイッと口に入れる。
「ぽるぉぼろん⋯ん? ぽ・るぉ・ぼ・ろ・ん。 ん? んふふふ⋯ぽ!ろ!ぼ!ろ!ん! あ、」
崩れていく生地に口の中を支配され、発音がぐちゃぐちゃになってしまう。サクサクと崩れるポルボロンを飲み込みながら、私はセルヒオを見た。
「待って、これ結構むずかしいよ?」
「知ってる。口の中に入れた途端溶け始めるから。簡単じゃチャレンジにならないだろう?」
「いや、私は知らないよ! 初挑戦だから! 経験値ゼロなんだから!」
私の抗議に、セルヒオが笑いを堪えるように目をそらした。
私の失敗を見て、ウィリアムが好奇心に駆られたように手を伸ばした。
「ちょっと、僕にもやらせてよ。」
「がんばって!」とマリナが応援する中、彼は真剣な顔で包み紙を開ける。
「ポルボロン。ポルボロン。ポルボロン!」
──サクッ。
なんと見事に3回言い切った。
「おぉ〜っ!」
「やるじゃない!」
テーブルに小さな拍手が広がり、ウィリアムが得意げに胸を張る。
「どうだ? 俺、ポルボロンの本場に住めるんじゃないか?」
「あら、私とは別居かしら?」
マリナがにやりと突っ込み、必死に謝るウィリアムにまた笑いが起きた。
すると今度はマリナが挑戦の手をあげる。
「私もやる! 幸せを呼び込みたいもの!」
彼女は包みをほどき、口に入れた。
「ポルボ⋯んぐっ⋯ポ、ぼろんっ⋯!」
口いっぱいに粉が広がって、むせそうになりながら強引に最後まで言い切るマリナ。
その姿にアマンディーヌが腹を抱えて笑い、バイロンまで「もう顔芸になってんぞ!」とからかう。
「むずかしいわね、これ!」
「でもちゃんと3回言えたんじゃない?」
「いや、たぶん2回半だな。」
セルヒオの判定に、マリナが「なんですって〜!」とむくれてみせる。
「じゃあ次は俺だろ?」
バイロンが投げ込むように勢いよく口に含んだ。
「ポルボロン! ポルボロン! ポルボ⋯んぐぉっ!?」
豪快に口に入れすぎたのか、喉につかえて変な声が出る。
「うおぉっ、らめら! 」と咳き込む彼の背中をアマンディーヌが優しくさすった。
「バイロン、大丈夫?」
「げほっ⋯こいつ、強敵だな⋯」
その大げさな言い方に全員が笑う。
テーブルの上には、ポルボロンを手に次々挑戦するメンバーと、それを見て笑い転げるメンバー。
ただのお菓子ひとつで、こんなにも盛り上がれるのかと胸があたたかくなる。
「ね、ポルボロンってすごいね。食べるだけでみんなを幸せにしてるよ。」
私がそうつぶやくと、セルヒオが満足げにうなずいた。
「そうだろう? 俺の国では、幸せを呼ぶお菓子とよばれているんだ。」




