第7話 大苦戦
ここからまだ奥に続く道があった。そっちから明らかに強者特有のプレッシャーが放たれているのを外皮がビンビンに感じ取る。
倒したゴブリン達の魔石は直ぐに体内に取り込む。どうやらこの空間はダンジョン化をしているらしく、倒した順にゴブリンの遺体が吸収されていくのだ。
でも壁際はダンジョン化をしていないのか?
そこに積まれている何かのゴミや骨等が取り残されているので、不思議に思う。
ゴブリン達の遺体だけが吸収されたのには何か理由があるのだろう。
ひょっとしたら外部から持ち込まれた物は吸収されないとか? それかダンジョン産の物しか吸収出来ないとか。
よくは分からないけど。
一つだけ言えるのは、ダンジョンに該当する場所にゴブリンの遺体を置いておくと勝手に処理されるのでダンジョン内は清潔に保てるってことだ。
今はスライムやってるけど、人間だったらこれはとても有難いことだよね。ゴブリンの遺体なんて臭いし疫病の素だもんね。
そんな考察も終わり、奥へと進むことを決意する。奥からは恐ろしそうな魔物の声が時々聞こえてるんだ。狭い洞窟になっているから反響が凄いから早くやめて欲しいものだ。
ポヨンポヨンと跳ねながら進んで行くと、目の前に先程ゴブリンと戦った場所よりも広く開けた空間へと躍り出た。
どうやらここで行き止まりらしく、ボスと思しき魔物が空間の中央に立ってこちらを睥睨している。
これがゲームなら、もう少しレベルアップしてからボスを出さないとバランスがおかしくなると思うけど、残念ながらこの世界にはレベルなんて概念は無いみたいだ。
体や魔力を鍛えれば上がるみたいだから、訓練にはちゃんと意味があるけど。
スキルはあって、何度も同じスキルを使っているとスキルレベルが上がるっぽい。
つまり強敵に対峙するには、体力、魔力、スキルを育てる必要があるってことだ。
今のステータスでボス戦か…二人の俺が消えてしまったように死に戻りも無さそうだから、もし能力不足なら全滅する前に撤退だな。
それにしても、このゴブリンの姿は毛深い人間にしては四肢のバランスがかなりおかしい。
異様に長い両腕は前傾姿勢を取っている事も相まってか拳を地面に付けており、やたら分厚い胸板はゴムの塊のようにも見える。
時折両拳をその胸にドドンと殴り付けるたびに空気が振動してビリビリと外皮が震えるような錯覚を覚える。
一言で表すなら、地球に生息していたゴリラの様な姿をしている。違うのは、どう頑張ろうとハンサムな顔にはなれそうにない醜いゴブリンのような頭部をしているったことだ。
(こりゃまるでゴブリンとゴリラのハーフって感じだな)
俺の感想にケンとタクが即座に同意する。さすが俺達だな。しかしこんなごっついゴブリンなんてありか?
どう考えても俺はケンとタクのお荷物にしかなりそうにない。せいぜいスピードの速い攻撃で撹乱する程度だろうか。
まずは様子見とばかりにケンが頭の天辺を槍に変形させて突進。意外と早い速度にゴブリラ(今そう呼ぶと決めた。ゴブリンとゴリラのハーフっぽいからな)の防御が間に合わない。
無防備な腹にクリーンヒットし貫いたと思われたケンの槍は分厚いゴムの塊にでもぶつかったかのように弾き返された。
(大丈夫か?)
(ああ、なんとかな。だが今の攻撃でかすり傷にしかなってない。これ以上の攻撃技なんて俺はまだ持っていないぞ)
マジか…。
(強くなっている気がしてたんだが。しょせんは丼の中のフロッグだったか)
(ケンの攻撃が効かないんじゃ、触手なんてトイレットペーパーにしかならん。これは一旦引き返すしかなさそうだ)
(丼に蛙を入れるな、とか突っ込めよ……)
主戦力のケンがお手上げ状態じゃ仕方ないか。無理して倒す必要なんて無いから今回は撤退しよう。
そう思っていたのだがゴブリラにはそのつもりは無さそうだ。思いのほか素早い突進で入口の前に移動すると、掛かって来いよと言わんばかりに胸を叩く。
あまりの迫力に避けてしまったのが裏目に出たようだ。
(逃がすつもりは無いってよ)
(ああ、俺にもそう見える)
仕方ない、と言うのは言葉が悪いが、俺達三人はタイミングをずらして攻撃を繰り出すことにしたのだが、初手のケンの攻撃はゴブリラに読まれていたのか、狙い澄ましたような右フックで大きく弾かれてしまった。
そのままケンの体が壁へと叩きつけられ、バーンッと衝突音を立てる。短く悲鳴を上げたケンがドサッとと地面に落ちた。
(ケン! 無事か?)
(…すまん、暫く休ませてくれ。今のは効いた…。
回復したら全身を武器に変形する。
タク、俺の全身が剣に変身したら触手で俺を振り回せ!)
タクはケンの言葉が終わる前に触手をゴブリラの首に巻き付けて締め上げようとしていた。
だが、ゴブリンを一撃で仕留めた触手をゴブリラは両手で掴むと、それをあっさりと引き千切った。
(タク! 大丈夫かっ?)
(心配するな! 痛みは無い。だが新たに触手を作るのに時間が掛かる。時間を稼いで欲しい)
(了解…スピード上げて逃げ回ってやるよ)
俺はゴブリラの前に移動すると、ポヨンポヨンと小さくジャンプする。ゴブリラにはあの長い腕を生かしたパンチしか攻撃手段は無いだろう。フットワークが意外と軽いから油断は出来ないけどな。
とにかく今は二人が動けるようになるまでの時間を稼ぐことに集中だ。一撃でも喰らうと即あの世に直行ってくらいの覚悟が必要だ。
まだ新しい魔石にどの機能を制御させるか決めていなかったのは幸いかも知れないな。戦いながら魔石を防御用に調整していこう。
ゴブリラの前に立つと、これが格の差なんだと改めて思い知らされる。それでもゴブリラの攻撃を回避出来ているのは知らぬ間にレベルアップでもしていたと言うことだろうか?
それとも俺には秘められた才能があったのか…いや、それは寝言だな。
唸りをあげて振りぬかれた拳を紙一重で躱し、大振りの後に出来たスキに顔面に体当たりをペチッとお見舞いしてやる。
当然ダメージなんて入らない。
嫌がらせに過ぎない、攻撃とも言えない攻撃だ。
だが俺が狙うのは流血による視界の妨げだ。額を切って目に血が入れば多少は視界が悪くなる筈。
ただし、ずっと同じ場所を狙い続けていると攻撃を読まれてしまうから時々違う場所に体当たりをする。
こちらは一撃でノックアウトって可能性があるんだ。リアルに逃げ場の無い無理ゲーにハマって最悪な気分だ。
そうしながら新しい魔石の調整も同時に行う。
幸いなことに回避に徹すればゴブリラの攻撃はほぼ見切ることが出来る。スライムの視覚神経は想像より優秀らしい。
ゴブリラの行動パターンを記憶し、常に最適な回避行動を取ることを心掛ける。
そして蚊が刺した程度でも顔面に体当たり攻撃を繰り返した成果は現れて、パクリとゴブリラの額から血を流させることに成功した。
それに気が付いたのか、ゴブリラがふと立ち止まると血を拭った。不思議そうに右手を眺めていたが、おもむろにペロリと手に付いた血を嘗め取った。
そして暫く俯いたかと思うと、突然絶叫したのだ。
この空間に響き渡るゴブリラの絶叫は物理攻撃として有効だったようで、洞窟の石壁に細かなヒビが幾つか入った。
更に激しく両拳で厚い胸板をドンドンと何度も叩くと、まるで別人のような目付きに変貌していた。
白目は真っ赤に充血し、凶暴さを増した口元からは牙が覗いている。
ゴブリラが一度雄叫びをあげると、突然ショルダータックルの姿勢で俺を目掛けて突進!
いきなりのことに回避は間に合わないと判断し、外皮を鋼鉄化して防御姿勢を取る。
だがゴブリラと俺の身長差を考えてみれば肩がぶつかる訳もなく、俺は突進したゴブリラの右脚でシュートを決められたサッカーボールの如く石壁へと激突した。