より鬱積を溜め込む室内
「ごめん、遅れて」
彼は悪魔である。
「本当、親父ってムカツクよな~ 殺してやりたいくらいだよ」
「なんだよ、またなんかあったのか?」
「バイト、サボろうとしたら、しこたま怒られた」
「そりゃお前が悪い」
「しょうがないじゃないか。会議召集の緊急連絡受けたんだから、いかなきゃしょうがない」
「悪魔支配を終わらせるための会議とちゃんと親父に伝えたか?」
「伝えるわけない。親父討伐計画を練る会議に出席なんて口が裂けてもいえないだろうよ」
彼は悪魔であり、彼の実父こそが、この街を支配する悪魔である。
「でもさあ、お前も変わりもんだなあ~。実の親父の殺害計画に加担するってのも……」
悪魔である彼は、悪魔支配をひっくり返すために話し合いの席に現れたわけではない、悪魔である彼が実父である悪魔を討伐するたくらみを抱くのは、れっきとしたワケがある。
「だって、むかつくんだもん、あの親父」
意外や意外、彼に親を恨む深い理由は存在しなかった。ただの個人的の恨みだ。しかも、思春期に誰もが抱く、ごくありふれた父親への感情がその元であり、それが、一時的な憎しみの高まりであることは、すぐ後の悪魔である彼の熱弁でわかる。
「それになあ、討伐するのはいい、懲らしめて改心させてやるんだ。でもなあ、殺害なんて言葉を使うな。オレの親父を殺すことは許されない」
「討伐するのはいいけど、殺害はだめって……」
「時の支配者、独裁者が改心などするわけがない、討伐の後に待つのは、殺害か自害だよ」
「オレの親父を殺すな、この野郎」
感情に任せて、地面を蹴り上げるのだが、場の雰囲気は一向に熱しない。脅しにおびえるわけもなく、悪魔である彼を迎えうつ三人は変わることなく鎮座している。
「お前もこいつも、よく似ているなあ」
「本当だよ、論理的展開がめちゃくちゃで独りよがり、それでいてなぜか、その瞳は、まっすぐ前を見つめている」
「いっしょにするなよ」
いまさらながら、悪魔支配討伐会議の出席者を紹介しよう。
高い出席率を誇りながら、冷めた傍観者を演じるのが、エンディ。
同じく、傍観者的立場をとりながら、エンディとは違い、自分の意見をさほど持たないのが、ボンナ。
悪魔支配に熱を入れすぎて、どこか空回りしているのが、クラウス。
そして、遅刻を犯しながら、勝手な自己主張を繰り返すのが、悪魔であるところの、ウインディ。
彼ら四人の目的が打倒悪魔であるのか、ただ暇つぶしに集っているのか定かではないのだが、ひとつだけいえることがある、
彼らは、いたって平和なのだ。
悪魔に支配された町で暮らしながら、彼らは実に快適に日々の生活を送っている。
人間の支配する ~名目上、人間は支配しないが、事実上、人間は人間によって支配されている~ 町から来るものは、一様に驚きを隠せない。
自然と現代の技術革新が融合された見事な町並み、隅々まで整いを見せる社会環境、町を行きかう人々から零れ落ちる笑顔……。
本当にこの町は、悪魔が支配している町なのか?
支配者である悪魔は、人間を苦しめることを目的にしないのか?
すべてがわからずして、来訪者は町をあとにする。
暮らすものが解消できぬ疑問に、わずかに滞在するものがわかるわけがないのだ。
インフラ整備に、それなりのお金を要するため、多少税金が高めであることのぞき、町は鬱積した時間の流れを許してくれない。
目的を遂行できなくとも、彼らの人生は平穏に流れていくだろう。
それでも彼らは話し合う。
どこに、落としどころがあるかわからないけれど。