悪魔の振りかざす議会室
悪魔が支配する町
この町が暗黒に包まれてどれくらいの時が立っただろうか?
大人から笑顔が消えて、子供の遊び声も消えた。
絶対服従のおきての元、感情の赴くままに拳が振られて、被られた肉体は、
叫び声を上げることも許されず、そのまま地に堕ちる。
かすかな希望は、地下奥深くに潜んでいるだけだ。
「どうしようか?」
「この会議の始まりは、いつも」
「どうしようだな」
「悪いのか? どうすることもできない議題について、どうしようか? と切り出す以外、何の替えがあろうか」
「なくもないけどねえ」
「あったとしても、お前は、どうしようから始めるだろ?」
「そうかもしれないけど…。さあ、どうしようか?」
「どうすることもないんじゃない?」
「オレもそう思うわ。だって気がついたら、世の中、平和じゃないか」
「平和ってより、平々凡々だな」
「そうそう、悪魔が支配している町なのに、なんか何も起きない」
「何も起きないが平和かどうかは疑わしいけど、平凡であることはたしか」
「そんなわけない。僕たちは、立ちはだかる障壁を、決死の思いで、潜り抜けて、この地下室まで辿りつけたんじゃないのか」
「そうだっけ?」
「そうだよなあ、今日なんてさあ、五回来訪記念に、バッジももらってぜ」
「お前、バッジ? オレは下敷き」
「ホント? オレより前に入場したからかなあ。ところで、下敷きとバッジ、どっちが位、上なんだろうか?」
「最近、オレ、ノートなんてろくに使用しないから、下敷きに価値があるのかは微妙だな」
「いやいや、バッジのが微妙。デザインが良ければ考えものだけどさ、これだぜ?」
「うひゃー、これはひどい……。悪魔をモチーフにするのはいいけど、このデザインはまずいなあ……」
「だろう? これつけて町を歩けっていうのか!?」
「そうだろ、そうだろ!! 僕は歩けない!」
「なんだよ、急に割ってはいって」
「割ってはいって悪いのか! だって、悪魔といえば敵方だよ! 僕たちがそれをつけて町を闊歩するって、許されざるべきことだろう!!」
「なんでだよ」
「なんでって! 僕たちは何しにこの地下室まできたと思っているんだ」
「なんだっけ?」
「えっと、ボタンを押せば……」
「あ、サービス付だ」
「そうそう、冷えたドリンクが出てくる」
「ほら、使いの悪魔さんがさっそくご登場だ」
「どーも」
「あ、ここに置いてよ」
「あれ、三人ですか? いけね、二人分しか持ってこなかった」
「気にしないでよ、サービスなんだから」
「そうそう、この中座のお人が、悪魔の持ってきたものなんて飲めるかと、茹だってるから」
「ちょっと待て」
「なんだよ、文句あるの?」
「僕は喉が渇いた」
「だろうな、暑いもんここ」
「地下で、かつ締め切ってあるからな」
「だから、僕は飲む!」
「あ」
「あ」
「残りのひとつのドリンクを巡って、君たちが争いを起こす姿を見たくない、だからあえて……」
「あ」
「あ、二本とも飲みやがった」
「おい悪魔、飲んでやったぞ、毒かなんか入れてないだろうな?」
「めっそうもございません」
「安心しきって、何の疑いもなく一気に飲み干したくせに」
「毒入りかどうか疑うなんて」
「悪魔は敵だぞ! 用心にこしたことはない!」
「丸腰だったぞ」
「僕は勇気の塊なんだ!」
「というか、本能のまま」
「うるさい! ところで、悪魔! 使いの悪魔!! この空のコップとお盆をさっさと片付けて、この部屋から消えろ! 君たちに聞かれてはならないことを話し合ってるんだ!」
「あ、はい!ただちに」
「そんな言い草ってあるのか?」
「そーだよ、そーだよ」
「敵に一欠けらの情もなし! これが戦いの原則だ!!」
「敵だっけ?」
「悪魔さんと仲良くやろうや」
「悪魔が敵でないと始まらないんだよ」
「何が?」
「この会議に決まっているだろ!」
「今回が五回目」
「おいおい、五回はこの地下室でだろ」
「あ、そうだっけ、五回記念のバッジをもらったからつい勘違いしてしまったわ」
「都合七回目」
「そうだ、七回目だ!」
「ウソ、八回目」
「そうだ、八回目だ!!」
「かかったな」
「うるさい、つい議論に熱を入れてからに、細かい数字までに気をきかすことができなかっただけだ」
「八回目で」
「なにひとつ進展していません」
「それも凄いな」
「そんなわけはない、一歩づつ、着実に進展している! 僕らは常に前のめり!」
「いやいや証拠あるから」
「どこに!」
「またまた悪魔さんを呼ぶのは気が引けるところだけど…」
「どーも」
「あ、たびたびすいません」
「一回目の会議録でよろしいでしょうか?」
「あ、それでOKですよ。そこ置いてくださいな」
「かしこまりました〜」
「ほれ、これみてみい」
「ちょっと待て! なんで会議録があるんだ」
「ほら、あそこにマイクがあるでしょ?」
「あ、ほんとだ」
「あのマイクで室内録音して、それを文字にして起こしてくれるサービスもあるんだ」
「へ〜 気が利いてるなあ」
「サービス!? それはサービスどころか、盗聴だ! 陰謀だ!! これじゃあ悪魔に僕らの作戦が筒抜けじゃないか!」
「入るとき室内サービス用紙渡せれるだろ?」
「そんなんあるんだ」
「そう、部屋の最初の入場者が責任者として渡される」
「つまり、今日の最初の入場者は……」
「僕だというのか!」
「うん、ドリンクとかさ、録音とかさあ、いろいろ付帯サービスの○×欄があってさあ、それにいちいちチェックしたのはお前だろ?」
「ほう、ならお前の責任だな」
「違う! これは僕の仕掛けたワナだ!」
「ワナ?」
「そうだ!!!……」
「で?」
「!! ……」
「思いつかないと」
「……」
「これ見てみろ、議事録……」
「うわ、ダラダラと続いてるけど内容ないな〜 こんなんだっけ?」
「悪魔支配をどうすればひっくり返すかの議題なのに」
「なりゆきで物価の話にいき」
「それが悪魔支配の構造的欠陥のせいにするが」
「東北の冷夏により、野菜が取れなかったことが原因と明らかになって」
「会議はお開き」
「進展どころか、進歩がない」
「だな、今日の会議の質もその程度」
「オレらは、いつも同じところで足踏みしている」
「進化するための提案」
「今日で辞めようぜ、打倒悪魔会議」
「……」
「そう気を落とすなよ」
「そうそう、何気にここ気に入ったから、ちょくちょく来てもいいぜ」
オレたちは、つつがなく会議を終えるはずだった。
遅れていたアイツが来なければ……。
「足音がする」
「悪魔さんのサービスだろう。三十分ごとに、ドアの開閉で空気の入れ替えをしてくれるんだ」
「ふ〜ん、地下室だもんな。息苦しくなるし」
悪魔は悪魔でも、サービスのいい使い魔ではない。自由なる悪魔である。
「遅れてゴメン!!」
その心に安静はどこにもない。ひたすらに、心に波を打った悪魔の登場で、会議はより煮詰まっていく……。