各魔術の研究レベル
その後、何度か問答はあったが、なんとか納得してもらうことが出来た。
だが、フィディック学院に対して何か思うところがあるのか、視線は厳しいままだ。
「我々の魔術における研究を公開することは承知いたしました。しかし、一方的に公開するというのは公平性に欠けると思います。何か、我々にもメイプルリーフで知られていない魔術などを教えてもらえるなら良いと思いますが」
女性の魔術研究員は、丁寧だが挑戦的な目つきでそんなことを口にする。
宮廷魔術師などの国内トップの魔術師達で構成される魔術研究室。その研究員達が知らない魔術などどれほどあるというのか。
視線から、そんな自信と意地が見てとれる。
とはいえ、私も長い年数を研究に費やしたオーウェンの弟子だ。恐らく、一つ二つはメイプルリーフが知らない魔術もあるだろう。
そう思って、扉の外を指差す。
「分かりました。では、先にこちらから魔術の情報提供を行います。外へ行きましょう。多少広い場所でないと危険ですから」
研究所を壊してはいけない。そう考えての提案だったのだが、三人の研究員は揃って苦笑した。
「すべての研究室には特別強固に作られた実験室があります。これらはメイプルリーフで研究されている各上級の魔術でも壊せないようになっています。どうぞ、この実験室をお使いください」
余裕をもって、女性は奥の扉を指し示す。それにストラス達が何か言おうと口を開いたが、すぐにクラウンが片手を上げて黙らせる。
「興味深いな。是非見学するとしよう」
クラウンがそう言って含みのある笑みを浮かべると、研究員達は顔を見合わせて首を傾げた。
実験室に移動すると、そこが思ったよりも広い空間であることに驚く。広さはテニスコートの半分ほどで、分厚い金属の扉と、内側にも金属板を貼り付けてあるように見えた。
地面は一メートル五十センチほど低くされており、底は石の板を敷き詰めてある。
「この形状は数多くの実験を繰り返す中で考案されました。これまでも多くの宮廷魔術師が上級魔術を実験してきましたが、この形になってからは外部に被害をもたらしたことはありません」
そう言いながら、階段を使って下部に降り、三人はこちらに振り向く。それに階段上で成る程と頷いた。
「確かに、地上より低くして、上部を衝撃や圧力に強い球状にするというのは理に適っていますね」
三人を見下ろしながらそう呟き、階段を降りる。見た目通り最下部の床は硬い感触だった。
密閉された空間なのか、私の足音がやけに強く響き渡る。そのせいで皆の視線が一斉に私に集まるのを感じた。
「……では、まずは水の上級魔術から」
【水の魔術研究員】
フィディック学院の上級教員。随分と若く、とてもではないが教員にすら見えない見た目の女だった。
元からフィディック学院には変な対抗意識を持つ魔術師が多い。世界最高峰の魔術学院。肩書きと評判をそのまま信じてしまっている者が多いのだろう。
しかし、どの国もそうだろうが、国で上位の実力を持つ魔術師の殆どは宮廷魔術師となる。家族がいて国を離れられない者や、単純に地位と名声、金銭を求める者など、理由は様々ではあるが、大概が目指すべき目標を宮廷魔術師とするものだ。
そんな中、たまに現れる変わり者や、他国の魔術に興味を抱く者、そして宮廷魔術師になることが出来なかった者などが他国やフィディック学院などに行く……それが魔術師の常識というものだろう。
だからこそ、各国がそれぞれ得意とする魔術については、間違いなく何処よりも優れていると考えている。
メイプルリーフ聖皇国ならば、やはり癒しの魔術だろう。しかし、我々の研究する水の魔術も他国に劣らないと思っている。
確かに人数は少なく、実践する場も無い研究だが、それでも密度のある研究を続けてきた。
それこそ、世界最高峰の名を冠するフィディック学院にとて負けるものか。
そう思っていたが、そんな感情も数十秒後には打ち砕かれた。
「まず、魔術の可能性に対する誤解を解くことから始めましょう」
開口一番にそう言って、アオイは水の魔術を無詠唱で行使した。
天井に向けて、白いヒモのようなものを両手から放ったと思った。いや、そうとしか認識出来なかった。
直後、アオイの頭上の天井がバラバラに切り裂かれる。そして、硬く閉ざされていた筈の実験室に陽の光が差し込む。
天井から細かく切り刻まれた瓦礫が降り注ぎ、轟音と土煙が広がる。
薄暗かった実験室に光の柱が落ち、その中心に立つアオイが両手を広げてこちらを見た。
「火、風、土……そして水の魔術。そのどれであっても、この実験室程度を壊すのは簡単なものです。設備を過信してしまっては、思わぬ怪我をしてしまうかもしれません。ご注意ください」
光の中で、アオイはこちらを心配するようにそう言ったのだった。




