講義の様子
少し戸惑ってはいたが、キャメロンは言われるがまま講義を行っている教室へと案内してくれた。
先ほどまでの廊下は窓もなく、壁も厚く頑丈なものだったが、講義を行っている教室は外や廊下から見えるようになっており、打って変わって明るい雰囲気だった。教室はそれぞれが机を持つ形式で、正面には教員らしき男が一人立っている。
見慣れた学院の風景に、シェンリーやアイル達もホッとした様子で笑顔になった。
キャメロンは私の顔を盗み見るようにチラチラと見ながら、講義室の扉を開いた。その音で講義室内の教員や生徒たちがこちらに目を向ける。
「見学者を連れてきました。どうぞ、そのまま講義を続けてください」
キャメロンがそう言うと、教員らしき男が咳ばらいをしてから講義に戻る。
「……では、火の魔術に戻る。初歩として、7節での火球を飛ばす魔術は皆が使えたと思う。次は火球の形を変えてみよう。まずは想像しやすい矢の形が良いだろう」
そう言って、教員の男は火の魔術を実際に披露してみせる。学生たちは真剣な表情でそれを見て、イメージを自分のものにしようと頭に刻み込んでいた。
「……どうですか? 何か思うことはありますか?」
何か不安になったのか、キャメロンは声のトーンを落としてそう聞いてくる。
「そうですね……初歩と教員の方が言っていましたし、最初はこのくらいから魔術を始めるのが良いとは思います。ただ、詠唱を複雑にしてしまっているところはありますので、そちらは先に教員の方にもっと単純化した詠唱を提案できたらと……」
声を控えてそう告げると、キャメロンは深く頷いた。
「なるほど。あの詠唱は火の魔術の基本でして、長くなっても生徒が分かりやすいように分解した詠唱と聞いております。アオイ殿からするとまだ複雑なのですか」
そう言うキャメロンに、私は首を左右に振った。
「複雑、というほどではありませんが、本来はもっと単調で良いと思っています」
答えてから、私は火の魔術に必要な詠唱を伝える。
「今の詠唱は魔力を掌の上に出し、固定化し、火へと変化、勢いを増すようにしています。さらに、位置の固定化解除、魔力の再変化、最後に発射という七行程です。これを魔力の出力、火への変化と燃焼、発射の三工程まで減らすことが出来れば詠唱は三節で済んでしまいます」
「……な、なるほど。しかし、三節の魔術では威力が減ってしまうのでは?」
「そんなことはありません。魔力の固定化などの余分な詠唱をしない分だけ威力の調整は効きます。それに、形状変化も七節の詠唱より行いやすいでしょう」
私の回答に、キャメロンは難しい表情で唸る。どうやら、色々と考えているようだ。はたして、頭の中で繰り返されているのは私の言葉を理解しようという葛藤か、それとも己の常識が正しいという安心を得る為の反論を考えているのか。
だが、どちらにしても議論は必須だろうと思う。メイプルリーフと私のどちらが正しいなんてことは無く、それぞれ教え方や考え方が違うというだけなのだ。
ただ、私としてはオーウェンの研究した詠唱についての考え方が最も正しいと思っている。
「私としては、癒しの魔術にしても同様の考え方をしています」
そう切り出すと、途端にキャメロンの表情から余裕が失われた。やはり、癒しの魔術には相当の自尊心を持っているのだろう。
メイプルリーフ聖皇国の自尊心を守り、ただ褒め称えて帰ってしまうことも出来る。しかし、それでは私のしたかった各国の魔術の水準を上げるという目標が達成出来ないかもしれない。
だから、私の魔術の知識や技術を出来るだけ教えて帰らねばならないと考えている。
そう考えての発言だったが、キャメロンにとっては挑発に感じられたのかもしれない。先ほどからすっかり笑顔が失われてしまっている。
「……つまり、我々の癒しの魔術も同様に、未熟であるということでしょうか」
「いえ、未熟というわけではなく、もっと効率の良いやり方があるのではないかと思っているだけです。もちろん、私の考えが間違っている可能性もありますから、参考にしてもらえたら結構です」
ケンカをしに来たわけじゃないと、私は相手を刺激しないように言葉を選んだ。しかし、もうキャメロンからはすっかり警戒されてしまっているようだ。
「……なるほど。では、実際にやってみていただきたいところですね。メイプルリーフが長年積み重ねてきた癒しの魔術の知識と技術を、そう簡単に覆せるとは思えませんが」
僅かに苛立ちを見せながらそう言ったキャメロンに頷き、私は一つ提案をする。
「では、まずはメイプルリーフの持つ人体の知識と、癒しの魔術を一つずつ見せてください」
そう告げると、キャメロンの笑顔がはっきりと引き攣ったのだった。




