偏見?
キャメロンの案内で建物の中に入り、廊下を進んでいく。どうやら建物は二階建てらしく、今は一階の東側を進んでいた。灰色の石でできた床以外は壁も天井も真っ白だ。調度品などは見当たらず、人の姿も無い。
「今は講義の最中ですか? 人が見当たりませんが」
そう尋ねると、キャメロンは人当たりの良い笑顔を浮かべながら振り向く。
「癒しの魔術は、練習するにあたり必ず必要なものがあります。それは何でしょうか?」
教員らしく、生徒を相手にするように問題を出されてしまった。
「……癒しの魔術を使う対象、ということでしょうか」
すぐ後ろにいたエライザが答える。すると、キャメロンは顎を引いて頷く。
「その通りです。ここはメイプルリーフでも最も人口の多い街です。なので、騎士団や傭兵団、冒険者などの怪我人が多くいます。彼らは学院の西側出入り口から入り、広い治療室で列を作って待ちます。生徒たちはその対応に追われますので、午前中は殆ど動けません」
キャメロンの説明に成る程と頷き、ふとした疑問を口にする。
「では、この街では怪我の治療は無償で行われるのですか?」
そう尋ねると、キャメロンは困ったように笑った。
「いえいえ、流石にそこまでは出来ません。とはいえ、メイプルリーフ聖教の教徒には最低限の寄付のみで治療をしております。これを機に教徒になられる方も多く、学院と利用者双方に良いシステムだと思います」
と、何処か自慢げに返答される。確かに、経済的にも宗教的にも良いシステムではあるが、果たしてそれで教徒になった者は自主的にメイプルリーフ聖教に入信したと言えるのか。
「癒しの魔術を使う生徒がいない理由は分かりましたが、他の魔術に適性のある生徒が見当たりませんね。癒しの魔術を学ぶ学生の方が圧倒的に多いということですか?」
更に質問をすると、キャメロンは思い出したような顔で頷いた。
「あぁ、他の子達ですか。癒しの魔術以外の魔術を学ぶ学生は午前中の内は治療のお手伝いをする者が多いですね。学院の教員の大半も治療に協力していますから、講義の数も少ないですし、少額ですが賃金も出ます。お互い助け合っているという状況でしょうか」
そう言って、キャメロンは朗らかに笑う。
フィディック学院とは考え方や運営方法に大きな違いがある。そう感じたが、よく考えたらフィディック学院で癒しの魔術を使う生徒は少なかった。
何事もその状況に応じて最適な仕組みが構築されるのかもしれない。
「さぁ、着きましたよ。こちらが重傷者を扱う特別室です」
考え事をしている内に、どうやら目的地についていたらしい。キャメロンが一つの大きな両開き扉の前でこちらを振り返っていた。
「特別室……何種類か部屋を別けていると」
ストラスが聞き返す。
「はい。我が学院では癒しの魔術師としての等級を怪我の治療できるレベルでも判断しています。最上級の魔術が使えなくても、迅速かつ重症の患者を治すことが出来るならば上級魔術師として登録することが出来るのです。そのレベルは骨折や深度の深い切り傷を一分で治せることとしています」
ストラスの質問にキャメロンが笑みを深めて答えた。それにはストラスやエライザ、コート達も感嘆の声を漏らす。
「学生でそれほどの治療が出来る、と……なるほど。では、この特別室には最も優秀な生徒たちが治療を行っているということか」
ストラスがキャメロンに言われたことを反芻するように呟くと、キャメロンは大きく頷いて扉の取っ手に手を掛けた。
「そういうことです。せっかくフィディック学院の上級教員の方が見えられたのですから、是非とも我が学院の実力を知ってもらおうと思いまして。はは。お恥ずかしい。少々子供っぽさを出してしまいましたね」
照れ笑いを浮かべつつ、キャメロンは特別室の扉を開ける。
途端、これまで一切聞こえてこなかった悲鳴や、くぐもった呻き声が廊下に漏れ出してくる。
「……え」
予想外だったのか、シェンリーやアイル達が息を呑んだ。私は重傷者がいるという話を聞いてある程度想定していた為、特に驚くことはなかった。恐らく、ストラスやエライザ、コートもそうだろう。これまで一切口を開かなかったアラバータは、その険しい表情から察するに特別室に入ったことがあるのかもしれない。
覚悟をして、特別室の扉を開けた状態で待つキャメロンの前を通り抜けた。扉を潜ると、そこは白いカーテンで細かく仕切られた大きな広間だった。広さとしては見える範囲で十メートルと二十メートルほどだろうか。
カーテンの奥は分からない為、実際には広さは分からない。しかし、それでもカーテンで仕切られた空間には最低でも十人は同時に治療が出来るようになっている。手前には魔術や治療で使う為の道具などが箱に詰められており、その周りを二人から三人ずつ、何か作業をしている様子の人たちがいた。
各々が道具や布を手に取ってカーテンの中へ走っていく様子を見ると、癒しの魔術を使えない学生たちなのだろう。
そして、カーテンの中からは絶えず患者と、治療をしているであろう学生の声が聞こえてきていた。
まさに医療現場といった逼迫した様子の室内を見回しながら、キャメロンは笑顔で口を開く。
「ここで、生徒たちは世界最高峰の魔術を学んでいます。実際に大きな怪我を治し、その際に人体についても精緻な知識を身に付けていくことが出来ます」
キャメロンはそう言って、私たちの反応を待った。言っていることは間違いでは無いが、キャメロンの背後から聞こえる悲鳴やうめき声のせいで、シェンリーやアイル達はすっかり怯えてしまっている。
だが、私としてはキャメロンの言葉を頭ごなしに否定することは出来ない。
「確かに、実際に人体を学ぶのは大変重要なことだと思います。同時に今の話を聞いて、メイプルリーフ聖皇国がどれだけの人体知識を研究しているのか、とても興味がわきました」
私がそう答えると、キャメロンの眉が片方、僅かに持ち上がったのだった。




