メイプルリーフめし
窓から光が差し込み、私は自然と目を覚ます。清涼な空気を吸い、霧がかっていた意識が徐々に晴れやかになっていった。
「……ん」
息を漏らしながら背伸びをし、ベッドから起き上がる。
「あ、おはようございます」
「おはようございます」
上体を起こしたタイミングで、前方から挨拶が聞こえてきた。シェンリーとリズだ。二人は可愛らしい部屋着を着たままゆっくりしていたようだ。対面するような形で扉近くにあるソファーに座っていた。
「おはようございます」
挨拶を返してベッドから完全に起き上がると、二人が目を丸くしてこちらを見た。
「あ、アオイ先生……髪の毛が……」
「……爆発してます」
二人に言われて、私は軽く頭を両手で撫でつける。
「いつものことです。朝はシャワーを浴びています」
私はそう言いながら壁側に置かれた鏡の前に移動した。黒い部屋着に身を包み、毛糸玉のような頭になった私の姿があった。見慣れた姿であることを確認してから、鏡の前にある椅子に座って手櫛で髪を整えてみる。少しは整えることが出来そうだが、やはり朝のシャワーは必要なようだ。
そんなことを考えながら周りを見てみると、アイルとベルがぐっすり熟睡している様子が目に入った。反対側の奥ではエライザが仰向けで寝ている。元々小柄なため、大の字になって寝ているエライザは一番年下に見えてしまう。いや、もともと恰好次第では子供のようにも見えてしまうのだが。
王城で宿泊することになった我々だが、クイーンサイズのベッドが六台設置されているのに、それでも広々とした客室に通された。それも男女分かれてである。
男側はストラスとコートの二人しかいないから、広過ぎて逆に寂しい気分になっているかもしれない。
そんなことを考えてぼんやり鏡を見ていると、私の背後でアイルとベルが同時に起き上がるのが見えた。
二人は寝ぼけながらも私たちに気がつき、挨拶をする。
「あ……おはようございます」
「……おはよ」
まだアイルの頭は低回転のようだった。
寝起きの二人に、何故かリズが口を尖らせる。
「もう。アイル様もベルも遅いですよ。すごく貴重な光景を見逃しましたからね?」
リズがそう言うと、アイルは片目を擦りながら首を傾げた。
「……貴重な光景?」
頭の上に疑問符を浮かべるアイルに、リズは不貞腐れたような顔をしてシェンリーに顔を向ける。
「ねぇ、シェンリーさん?」
「は、はい。とても貴重なお姿でした」
と、シェンリーも同意する。はて、何かそんな珍しいものがあっただろうか。寝過ぎたのか、私の頭もあまり回っていないようだ。
その後、涎を垂らして寝ていたエライザも無事に起床し、着替えた我々は揃って王城の二階へと向かった。二階には来客者用の食堂があり、二十名ほどが一堂に会して食事が出来るようだ。
食堂に入ると、既に食事中のストラスとコートの姿があった。
「おはようございます」
「おはよう……遅かったな」
「支度に時間が掛かってしまいました」
朝の挨拶と共にそんな会話を交わす。我々が席につくと、いつの間に控えていたのか、配膳係らしきメイドの女性達が音もなく現れた。
そして、流れ作業のようにスムーズに後から来た人の分の食事を並べていく。皿は白で統一されており、パンやスープ、薄く切った肉、野菜、果物が並んだ。あまり凝ったものではなくシンプルな料理だ。
「あ、美味しい」
真っ先に料理を口にしたアイルが素直な感想を口にする。素朴な見た目ながら、上級貴族であるアイルが満足するような味わいらしい。
釣られてベルとリズも食事を口にした。二人も目を輝かせて美味しいと言い、シェンリーやエライザも食事を始めたので、最後に私もスプーンを手に取った。
気になっていた半透明のスープを口に運ぶ。まだ温かく、口の中で優しい甘さがじんわりと広がった。煮込んだ野菜と肉の旨味、塩と少しピリリとしたスパイスも感じる。
なんとなくポトフに似た味わいだ。パンも食べてみたが、表面は少し硬いが中はふんわりと柔らかく甘味がある。反対に肉は塩気があり、辛めの味付けが食事のバランスを良くしていた。
「美味しいですよね。私も驚きました。シンプルながら、深い味わいですね」
コートが微笑みながら料理の感想を呟く。それに静かに頷き、最後に果物を口にした。瓜に似た見た目だが、少し硬めの実を齧ると、甘酸っぱい味が感じられた。瓜よりも甘さや酸っぱさが強く、少し甘さの強いブドウのようだった。
「……美味い」
ストラスも思わず果物を口にしたまま呟く。目を見開いて、虚空を睨みながら果物を齧るストラスに、他の面々は思わず吹き出す。
「……そういえば、今日はクラウン殿が忙しくて案内が出来ないと言っていたな」
笑われて照れたのか、ストラスが話を変える。エライザがそれに苦笑しつつ、浅く頷いて私を見た。
「そうですね。研究室は宮廷魔術師が主のようなので、研究室の見学はクラウンさんがいる時の方が良いかもしれないです」
エライザがそんなことを言うと、突然アイルが手を上げる。
「あ、私はメイプルリーフの魔術学院に行ってみたいです!」
「良いですね」
「確かに、どんな感じか見てみたいです」
アイルの言葉にリズとベルも同意した。この三人は本当に仲が良い。その会話を聞いて、シェンリーも気になっているような表情をしている。
「わかりました。では、今日は魔術学院の見学に行きましょう。お城の方に確認に行ってきます」
私はそう言って席を立ち、食堂を後にしたのだった。




