王城にて
初日の聖都見学は若干の波乱があったが、生徒たちは十分満足していたようだ。夜は王城に泊まることとなり、やたらと天井の高い客室でアイル達が街並みや食べた物について話していた。
シェンリーは自国の王城ということでかなり緊張していたようだが、他の生徒たちはそうでもないようである。
「……やはり、城の中に宿泊するというのは緊張するのでしょうね。私も少し緊張していますから、分かります」
「……緊張、しているのか?」
「アオイさん変化がないから……」
私の独り言を聞いてすぐにストラスとエライザが怪訝な顔をしてみせた。
それに苦笑しつつ、椅子から立ち上がる。
「私も人の子ですから。では、気持ちを落ち着ける為にも少し歩いてきますね」
二人にそれだけ言ってから、私は客室から出た。客室の外には兵士が二人立っており、私が扉を開けたことに気がついてこちらを見る。
「どちらへ?」
「外の空気が吸いたいと思いまして」
「では、こちらへどうぞ。ご案内いたします」
そう言って、兵士の一人が私の前を先導するように歩き出した。場所を教えてくれたら一人で歩きたかったが、王城内で自由に歩くのは難しいのだろう。
そう思い、仕方なく案内してもらうことにした。
無駄に広々とした廊下を歩き、城内の一階にある大きな両開き扉を開く。すると、緑豊かな中庭らしき場所に出た。中心には噴水があり、緑の垣根が背の低い壁のようになっている。
貴族の邸宅にある中庭。まさにそんなイメージだ。
その中庭には美しいドレスを着た若い女がいた。ウェディングドレスのように純白の衣装に身を包んだその女は、ウェーブのかかった金髪を揺らし、噴水のそばを歩いている。年は10代後半だろうか。周りには銀色の鎧を着た兵士が二人立っており、メイドらしき女も控えていた。
様子を眺めていると、ドレスの女がこちらに気がついて振り向く。
「ローズ皇女」
私を案内していた兵士が即座に名を呟いてその場で跪く。どうやら王族の一人らしい。
一応、私も姿勢を正して一礼しておく。すると、ローズと呼ばれた女は眉根を僅かに寄せた。
「……貴女、誰?」
低めの声でそう尋ねられた為、顔を上げて答える。
「ヴァーテッド王国の魔術学院で教員をしています。アオイ・コーノミナトと申します」
肩書きと名を告げると、ローズは興味を深そうに私のことを観察しはじめた。
「……ヴァーテッド王国ということは、あのフィディック学院? 貴女、優秀なのね。随分と若そうに見えるけれど」
そんなことを呟きながら、ローズは私のほうへ歩いてくる。すると、斜め前で跪いていた兵士が慌てた様子で顔を上げた。
「ろ、ローズ皇女。アオイ殿はフィディック学院でも何人かしかいない上級教員であり、メイプルリーフ聖皇国の魔術水準を更に高める為に来て頂いた来客でして……」
まるで私を庇うかのような言い方で説明を始めた兵士だったが、ローズと目があった瞬間から態度が変わった。みるみる間にしどろもどろになっていき、最後にはまた俯いてしまう。
それに、ローズは面白くないとでも言うように目を細め、小さく鼻を鳴らす。
「……上級教員。たしか、我が国の魔術師も一人、上級教員として在籍してなかったかしら。まぁ、別に良いでしょう。それよりも……」
ローズはぶつぶつと思い出すように何か呟きつつ、こちらに歩いてきた。
そして、跪く兵士の男の頭を見下ろす。
「貴方。私に何を言おうとしたの? 来客だから、なに? 私に跪けとでも言うつもりだった?」
「そ、そんなことはありません……!」
ローズは苛立ちを隠さず、男を叱責するように質問をしていく。男はただただ震えるばかりだ。
その様子を哀れに思い何か出来ないかと思っていると、ローズが突然詠唱を始めた。僅かな詠唱の後、片手を男の頭に向ける。
「……身の程を知りなさい。氷の彫像」
ローズが魔術を行使し、跪いたまま震える男の周りが凍りつき始める。それを見て、私は即座に対抗魔術を行使した。
「火円」
一言呟くと、男の周囲を赤い線が走り、小さな円を描いた。そこから極めて薄い炎の壁がレーザー光線のように照射され、氷はすぐさま融解する。
ローズはどうやら対象を氷の塊に閉じ込める魔術を使ったようだが、無事、男は無傷で済んだ。
驚いて周りを見る男を横目に、ローズが顔を上げる。そして、感情を感じさせない顔で私を見た。
「……今のは、無詠唱? それとも、王家の秘宝と同等の魔術具?」
「無詠唱です」
視線を合わせながら答える。すると、ローズは首を僅かに傾けながら口の端を上げた。
「……そう。無詠唱……無詠唱、ね」
まるで反芻するように同じ単語を繰り返してから、ローズはこちらに背を向けた。
「……面白かったわ。必ず、聖都の学院にも遊びにきなさい」
ローズはそれだけ言うと、静かに歩き去っていった。




