教員寮
軽くオリジナル魔術の講義をし、実践などは後日また教えるということでようやく解放された。
ホクホク顔のグレンは内緒で上級教員待遇で迎えると宣言し、さっそくストラスに教員寮を案内するように指示したのだった。
上級教員とは、学年主任や各教科をまとめる教科主任といった教員が該当し、学院内での施設優先使用権限や個人の研究室などの優遇を受けることが出来る。また、給与面や寮の割り当てられる部屋なども良い場所になるらしい。
過去、採用されてすぐに上級教員になったのは、他国の宮廷魔術師や著名な魔術書の作者などを勧誘した場合のみとのこと。
特別扱いは面倒な事態を引き起こすかもしれないと思ったが、優遇される施設の中に特別な図書館や個人の研究室があり、思わず頷いてしまった。
と、ぼんやりと考え事をしている内に目的地に着いてしまったらしい。
中規模の塔の入り口前で立ち止まったストラスがこちらを振り返り、後ろ手に塔を指し示して口を開いた。
「……ここだ。この棟は女性教員用の寮だ。一階から三階までは一般教員用。四階から上は上級教員用となっている。後は、寮長に聞いてくれ」
それだけ言って何処かへ行こうとするストラスに、私は眉根を寄せて声を掛けた。
「ちょっと待ってください。できたら、その寮長という方を紹介してほしいのですが」
そう告げると、ストラスは嫌そうに顔を顰める。
「……女子寮と女性教員寮は男は入れないんだ。ここから大声を出したところで寮長が出てくることは……」
ストラスが言い訳のようにそう言った直後、塔の中から小柄な女性が現れた。
緑の髪を三つ編みに結った幼い顔立ちの女性だ。大きめのメガネが可愛らしい。耳の先が尖っているが、エルフでは無くドワーフだろう。服装は赤と白を基調とした民族衣装のような出立ちだった。こちらではあまり見ないが、地球のスイスの民族衣装に似ている。
十五歳程度に見えるが、ドワーフの女性は大体が小柄で童顔だ。見た目通りの年齢ではないだろう。
「あ、ストラスさん! どうしたんですか、こんなところで!?」
と、ドワーフの女性は大きな声を出しながらストラスの下へやってきた。ストラスはそれを豪快にスルーして、私に顔を向ける。
「……ちょうど良いところにきた。コレはエライザ・ウッドフォード。土の魔術師だ。こう見えて中級と上級の魔術を教えている。後は、コレに聞いてくれ」
「コレ!? コレって私ですか!?」
ストラスのセリフの一部に抗議の声をあげるドワーフの女性、エライザ。だが、ストラスは溜め息を一つして首を左右に振る。
「煩いが、悪い奴じゃない。本当に煩いが、悪気もない。耳を塞ぎたくなるが、コレに後は聞いてくれたら大丈夫だ」
煩い煩いと連呼するストラスに、エライザは小さな体で飛び上がりながら文句を言う。
「煩い!? 扱いが酷いと思います! 待遇改善を訴えますよ! だいたい、ストラスさんが無口だから私の声が大きく感じるんですよ! ドワーフの国では私もお淑やかな令嬢として有名だったんですからね!」
「……ドワーフの国には絶対に行きたくない……」
「な、なんてことを!?」
と、二人は私を放置して言い合いを始めてしまった。賑やかで少し面白いが、これでは話が進まない。
私は咳払いを一つして、エライザに向き直った。
「すみません。今日からこちらでお世話になるアオイ・コーノミナトと申します。寮長の方にお会いしたいのですが」
そう切り出すと、エライザは慌てた様子で両手を振る。
「わ、わわっ! ご、ごめんなさい! まさか、教員とは思わなくて……!? お若いですね??」
貴女に言われたくありません。
思わずそう言いそうになったが、私は平静を装いつつ首を傾げる。
すると、エライザは先ほどまでの勢いを失って照れ笑いを浮かべ出した。
「あ、えへへへ……遅れましたが、私はドワーフ族のエライザ・ウッドフォードです。アオイさんは、ヒト族ですね。宜しくお願いします。そ、それでは寮長の部屋にご案内します。どうぞ、こちらへ」
頭を何度も下げながら案内を始めたエライザに、ストラスは深く溜め息を吐き、片手をあげる。
「……それじゃあ、また」
「あ、はい。ありがとうございました」
軽く別れを告げ、急に疲弊した様子のストラスを見送る。すると、エライザは興味津々といった様子で私の横に来た。
「あ、あの、アオイさんはもしかして王族の方ですか?」
「いえ、違いますよ。何故でしょう?」
聞き返すと、エライザは驚いた顔をしつつ、説明する。
「公爵家の方が教員になった時も、事前に採用試験の話が出回ってました。それに採用試験の前後は寮では無く一般の宿泊施設に泊まってもらう場合が多いので……もしかして、アオイさんは凄い経歴の持ち主?」
「経歴は、特に無いですね。魔術師として修行に明け暮れていましたが、それだけです」
「えー、本当ですか? この寮、一般フロアで空いてるのは私の部屋の隣だけですから、中級以上の魔術を教えられるんですよね? 何の魔術ですか?」
「水ですよ」
「わぁ、花形じゃないですか! 生徒からの人気は火か水が一番ですもんね! 良いなぁ。土はなんか地味で……」
と、話好きのドワーフ、エライザに連れられて、私はようやく寮の中に踏み入ったのだった。
「私が寮長のグレノラ・ノヴァスコティアだ。さっき、学長から連絡があった。アオイ・コーノミナトで間違いないな?」
「は、はい……私が、神湊葵です」
その迫力に、思わず怯んで返事をしてしまった。そんな私を見下ろして、茶髪の大柄な女性は眉根を寄せる。年齢は四十歳ほどだろうか。少しふくよかな体型だが、その迫力から中身は全て筋肉ではないかと錯覚する。
女子プロレスラーと見紛うようなその女性こそ、寮長のグレノラである。グレノラは鋭い目つきで私の体を上から下まで眺めた。
「……なるほどね。それじゃ、うちの寮で余ってる最後の上級教員用の部屋へ案内するよ。付いておいで」
「わかりました」
グレノラの言葉に返事をした直後、横から甲高い声が上がる。
「じょ、上級!? アオイさん、上級教員なんですか!? 新人なのに!?」
エライザが絶叫すると、グレノラが無言で近付き、拳を頭に落とした。
ゴッという鈍い音がして、エライザが地面に叩きつけられる。
「うるさいよ」
「……は、はぃ……すみませんでした……」
地面にうつ伏せに倒れたまま蚊の鳴くような声で返答するエライザを尻目に、グレノラは塔の中へと入っていく。
慌てて後を追うと、背後でよろよろと立ち上がるエライザの気配を感じた。
あの寮長には決して逆らわないようにしよう。
私は密かにそう決意したのだった。