聖都入場
街道の側にある草原に降り立つと、周囲から好奇な視線や驚きの声が向けられた。遠巻きにこちらの様子を窺う人垣を掻き分けて、銀色の金属と皮の鎧に身を包んだ兵士たちが現れる。
「そ、そこの者! 待たれよ!」
まだ動いてもいないのに待ったを掛けられてしまった。御者席から降りたばかりの私が兵士たちに向き直ると、焦ったように臨戦態勢をとられてしまう。
さて、どうしようかと思っていると、馬車の中からアラバータが飛び出してきた。
「ま、待て! 近衛騎士団副団長のアラバータ・ドメクである! この馬車は敵対するものではない! 警戒を緩めよ!」
血相を変えて怒鳴ったアラバータに、兵士たちは慌てて武器から手を離した。
「あ、アラバータ殿!?」
「もう戻られたのですか!?」
ざわざわと驚きの声が聞こえてくるが、一先ず緊張感は和らいだ。それを確認して、アラバータがわざとらしく咳払いをしてみせる。
「おほん! 到着の仕方を間違えたが、今のは新たな魔術の実験である! 何も心配はいらんぞ! とはいえ、諸君らの迅速な対応は素晴らしかった! 今後も精強なる聖皇国兵士として力を発揮してもらいたい!」
「は、ははっ!」
アラバータが勢い良く言い訳と労いの言葉を投げかけると、兵士たちは背筋を伸ばして返事をした。
その様子に何故か通行人の数名が拍手を送っていたが、それには片手を上げるだけで応え、アラバータは兵士の一人を見る。
「通行許可を頼む! なお、許可者のリストは後日発行する!」
「わ、わかりました! どうぞお通りください!」
と、兵士達は返事をした。数人がその場に残り、他の兵士たちは城門前に並ぶ人々を街道の端に移動させようと声を掛け始める。
それは申し訳ないと思い、私は口を開いた。
「大丈夫ですよ。通行の許可さえいただけたら、我々は上から参ります」
「は?」
私の言葉に兵士達が首を傾げるのを見ながら、微笑みを浮かべて馬車の扉に手を触れて、飛行魔術を行使する。
ふわりと重力を失ったように馬車が持ち上がり、私はそれに吊られるように浮かび上がった。
唖然とする兵士や通行人の視線を受けながら、五秒ほどで城門の高さを超える。
「あ、アオイ殿! 一人忘れておりますぞ!?」
と、地上からアラバータが叫ぶ声がした。
アラバータを忘れてきてしまったようだ。そういえば、兵士達に説明する為に馬車から降りてきていた。
「アラバータ殿は通常通り城門を通過してください。そして、申し訳ありませんが降りる先で混乱が起きないようにお知らせしてくれると助かります」
「馬車が空から降りてきたらどうあっても混乱するのでは!?」
「そうですね。では、最小限に混乱を抑えてください」
「むぉ!? く、わ、分かり申した!」
事情説明をお願いすると、アラバータは慌てた様子で城門に向けて走り出したのだった。
元から馬車を牽く馬がいないから、移動は浮かせて行うつもりだった。
だから、聖都の中心を真っ直ぐに抜ける大通りを移動する間も好奇な視線を浴びることとなってしまった。
ぶつかることを危惧してか、ゆっくりと飛行する馬車の周りには兵士達が並んで移動している。
「そこの商人! この馬車には近付くでない!」
「道を開けていただきたい! そこの者、道の端に退くのだ!」
周囲は騒がしくなり、中には空飛ぶ馬車を珍しく思って接近してくる者もいた。特に商人の目は獲物を狙う肉食獣のようにギラついている。
周りの気配を察してか、馬車の中で待機しているストラス達は一切顔を出さないでいた。本当ならアイルなどは馬車から飛び出して街の様子を肌で感じたいだろうが、よく我慢している。
地面は石畳だが、街の中は白い建物が並び、まるで地中海に面した観光地といった雰囲気だ。ぱっと見はとても整えられた綺麗な街並みであり、行き交う人々の表情や声にも活気がある。
殆どは空飛ぶ馬車の話題だが、中には私に対しての声もあった。
「おい、まさかあの小さな女が……」
「いやいや、馬車の中に恐ろしい魔術師がいるに違いない。あれは従者の一人だろう」
どうやら、馬車が魔術によって浮いていると理解して、その魔術を行使する者を探しているらしい。声を聞く限り、聴衆の中に私だと断ずる者はいないようだ。
しかし、城門を越える際に付いてきた兵士たちは違う。私がアラバータとした会話を聞いているのだ。
兵士たちはチラチラとこちらを見ながら通りを警戒している。
「そこの者、退け!」
「なんだと? 俺を誰だと……」
大通りの真ん中を悠然と歩いていた全身鎧の背中に向かって、若い兵士が厳しく声をかけた。それに鎧の男が不機嫌そうに振り向いて文句を言いかけたが、兵士はむしろ目を見開いて口を開いた。
「死にたくなければ退け!」
「む……」
兵士が鬼気迫る表情で怒鳴ると、男は不服そうに通りの端に退く。
まるで大名行列だ。皆を平伏させないだけ良いかもしれないが、迷惑なのは間違い無いだろう。
「……あまり厳しい言い方はしないようにお願いします」
そう声を掛けてみたが、兵士達の顔色が青くなっただけだった。変な噂が流れないと良いのだけれど……。
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