空の旅
雲が勢いよく後ろに流れていく。
高度がある為、鳥やそれに近い魔獣は見当たらない。同じ高さを飛ぶのは竜種ばかりだ。偶にぶつかりそうなほど近くを飛ぶことがあるが、威嚇として雷の魔術を行使すると慌てて逃げていった。
風は全て推進力に変えており、私の座る御者席へはあまり強い風はやってこない。時折突風のような風が横殴りに来ると、薄く張った風の障壁を抜けた緩やかな風が頬を撫でるのを感じるくらいだ。
「……空は気持ちが良いですね」
目を細めて小さく呟くと、馬車の窓からストラスが呆れた表情で顔を出す。
「……こんな大魔術を継続し続けながら、よく涼しげな顔でいられるものだ」
「飛行魔術は空中で安定するとかなり省エネルギーで行使することが出来るようになりますよ。最初の浮かび上がる過程と速度を上げていく間が少々大変かもしれませんが」
「少々のわけがないだろうに……いや、これ以上言っても仕方がない。先ほどから馬車の中でクラウン殿がうるさくてな。後どのくらいで地上に降りるのか聞きにきた」
そう言われて、私は向かう先に視線を戻した。
「そうですね。アラバータさんに借りた地図を見る限り、もう国境は通り過ぎた筈なので……おそらく二時間くらいで到着するでしょうか?」
少し余裕をもってそう答えると、ストラスが無表情になった。
「……後二時間か」
声のトーンが落ちたストラス。少し遅すぎただろうか。しかし、馬車内の快適性を確保するには丁度良い速度に調整している。あまり無理をして疲れてしまっても何かあった時に対処が出来ないだろうから、省エネ飛行でも問題はないだろう。
「もう学院を出て二時間半ほど経過していますからね。大急ぎであれば三時間で到着したでしょうが、あまり無理をしないように五時間くらいで着くように速度を落としています。もう少しの辛抱ですよ」
ストラスを元気付けるようにそう返事をしておく。私の答えに納得したのか、ストラスは無言で頷き、静かに馬車の中へと戻っていった。
誰もいなくなったので、私はまた地上の景色へ視線を落とす。地上から見る景色と違い、空は深く濃い藍色となり、海や山、平原の景色が合わさって一つの芸術のようである。豊かな自然の中に長く続く街道や綺麗な町、小さな村などもあり、眺めていて飽きることも無い。
私はのどかな景色を堪能して、ゆったりと空の旅を楽しんだのだった。
街並みを見て、地形から目的地付近であることを確認する。
広く長い川は少し赤みがかってきた陽の光を反射し、キラキラとオレンジ色に輝いていた。そのすぐ側には真っ白な美しい街並みがあった。周囲を囲う城壁は通常の石壁のようだが、巨大と美しさを兼ね備えた荘厳な雰囲気だ。
建物の色、形状も統一しているあたり、かなり考えて作られた街だろう。
元から集落があって、そこが首都になったのではなく、後から首都を建設するべくして建てられたに違いない。
川縁に少し迫り出すようにして街が建設されているのは、川を最大限有用に使うために隣接させたのか。もしそうなら、海洋国家とまでは言わなくても、聖皇国もそれなり以上に造船技術が発展しているのかもしれない。
街に向かって下降を開始したので、そろそろ馬車の中に声を掛けようかと思っていると、それを察したように窓から顔が出てきた。
「おぉ!? やはり、あれは聖都か!」
「ば、馬鹿な!? わずか半日やそこらで……ぬぉっ!? 本当だ!?」
クラウンが顔を出して叫んだと思ったら、すぐに同じ窓からアラバータも現れて驚愕する。何時間も狭い馬車の中に押し込まれていたのに、元気なことである。
「もう降下を開始しています。少々お待ちください」
そう告げると、唖然とした顔だったアラバータが眉間に皺を寄せてこちらを見た。
「……む!? そ、そういえば、国境砦は通過してしまったのか? いや、此処にいるのだから通過しているに決まっておるか……! むむ、確かに許可なく通り抜けることが出来るとは言ったが、まさか空を飛んで通過してしまうとは……我々の行方が分からないと混乱させてしまうが……」
「そんなもの聖都から早馬を送れば良いのです! それよりも、この驚くべき魔術! 見てください、馬車の中を! ストラス殿達は全然驚いていない! それどころか、学生達は空の旅を楽しんでいる始末! これがどういうことか分かりますか!」
「えぇい! うるさいぞ、クラウン! 十分理解している! これを戦争に用いられたら、恐ろしいまでの脅威となる! 下手をすれば大型のドラゴン以上だ……!」
「違う、そうじゃない……! なぜ分からないんだ、このおっさんは!?」
馬車の片方の窓から乗り出して怒鳴りあうクラウンとアラバータ。一方、反対側の窓からはアイルとリズが落ちそうなほど身を乗り出して地上を眺め、歓声を上げていた。
「アオイ先生、すごい! 本当にもう聖都に着いたのね!?」
「綺麗ですね、聖都! 早く街の中を歩いてみたいです!」
楽しそうな声を上げる二人の傍で隙間から顔を出すようにして、シェンリーとベルも外の景色を眺めている。
随分と騒がしいからか、地上に近づくにつれてこちらに気が付く人が増えてきた。街道にはかなりの人数が列を作って行き交っており、様々な人種の姿があった。
街道には降りづらい。
そう判断した私は、城門のすぐ近くで街道から外れた場所に降り立つことにする。喧騒が近づいてきて、こちらを指さしながら叫ぶ人もいた。
「……困りましたね。あまり目立つのは本意ではないのですが」
思わずそう呟くと、馬車の中から「おい、どの口がそんなことを言っているんだ」という声が聞こえたのだった。
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