採用
まさに洋城といった見た目と雰囲気の廊下を進み、城の最上階を目指す。
分厚い絨毯や手の込んだ石造の壁や天井、無数に取り付けられた魔導石ランプの灯り。学院の異常な広さを考えると大変豪華な作りだ。
廊下も階段も無駄に広い。これで教室なども同じように広く作っているなら、この学院の大きさの理由も分かる気がする。無数にあった尖塔の下には体育館や武道館、実習棟などがあるのかもしれない。
何にしても、約二十年ぶりの学校である。中々感慨深いものがある。まぁ、校舎だけでなく、生徒も先生も私の知っている学校とは大きく違うけれど。
「ここだ」
学院の見学をしていると、前を歩くストラスが足を止めてそう言った。
どうやら観光気分で歩いている内に着いてしまったらしい。
前を向くと、立ち止まってこちらに向き直ったストラスの後ろに巨大な両開き扉があった。天井が高いこともあって随分と巨大な扉だ。
扉は黒い金属製で銀を用いた装飾が施されている。とても重そうな扉だが、ストラスがノックすると自動的に内側から開かれた。
思いの外軽く開かれた扉の向こう側は、意外にも落ち着いた雰囲気の大きな部屋だった。天井が高く、大量の蔵書を収納した本棚や大きな窓が壁を彩っている。それまでは石や皮の匂いが強かったが、この部屋は図書館のように木と本の匂いがした。
部屋の奥には幅三メートルはありそうな大きな机があり、その向こう側に白い髭を蓄えた老人が座っていた。
老人は私を見て顔を上げると、両手を広げて微笑む。
「おぉ、君が手紙の主かの。可憐な少女じゃな。ワシが学長をしておる、グレン・モルトじゃ」
「初めまして。アオイ・コーノミナトと申します。急な訪問にも拘わらず、お会いしていただきありがとうございます」
そう答えると、学長のグレンは片手を上げて頷いた。
「よいよい。それで、オーウェン・ミラーズは元気にしとるかの? もう何十年も会っとらんのぉ」
どこか嬉しそうにそう尋ねて来るグレンに返事をする。
「元気過ぎるくらいです」
そう答えると、グレンは楽しそうに笑い、何度も頷いた。
「そうじゃろうな。ハーフエルフのワシと違い、あやつは純血のエルフじゃ。まだまだ見た目も魔力も若々しい筈じゃて」
快活に笑いながら、グレンは手紙を手に取って顔の前に持ち上げる。気付かぬ内にグレンの顔には小さな眼鏡がかかっており、その位置を指で微調整しながら口を開いた。
「して、手紙には君を学院の教員にしろとある。これは、学生にしろ、の間違いではないのかの?」
「いえ、大変恐縮ですがこの学院であっても、私が学ぶことは最早無いそうです。ただ、私の望みを叶えるには教員として働いた方が早いと教えられました……それに、私の年齢を考えると学生は厳しいかと」
「ほ? ちょっと鑑定しても良いかの」
「はい、構いませんが……」
そう答えると、すぐにグレンが鑑定魔術を使う。鑑定魔術を受けた時に感じる独特の違和感に、微妙にむず痒くなる。
僅かな違和感だが、魔力が強い者はそれを感じ取ることが出来る。ちなみに、魔力量にあまりに差がある場合、鑑定は弾かれてしまう。
鑑定に成功したということは、グレンもやはり相当な魔術師である証拠といえる。
なにせ、これまで師であるオーウェン・ミラーズとグレンの二人しか私を鑑定することは出来なかったのだから。
グレンはまるで書物を読むように目を細めて私を見ながら唸り、最後には唖然とした顔になった。
「……こりゃ驚いた。魔力量でワシを超えとるばかりか、一部はワシでも読み切れん……まるで六英雄のようじゃの」
と、グレンは呆れたような顔で呟く。
その言葉には、これまで一言も発さなかったストラスも驚愕した表情で口を開いた。
「六英雄……? こんな少女が……?」
思わず、といった様子でそう口にしたストラスに、グレンは溜め息を吐く。
「……これも驚愕じゃが、どうやらアオイは二十歳。お主とさほど変わらん年齢じゃな」
と、失礼なことを口にする。
「……信じがたいところで」
そして、ストラスは更に失礼な態度でそんなことを言った。この学院に来るまでに何回もあったことだが、誰もが私を子供扱いするのだ。
流石の私も目尻が吊り上がるのは仕方ないだろう。
「……私の年齢に、何か?」
そう呟くと、二人は肩を跳ねさせて息を呑んだ。
「い、いや、何もないのじゃよ、何も」
「わ、悪かった。特に他意はないんだ」
慌てて言い訳と謝罪をする二人。しばらく半眼で睨んでやったが、悪気は無いことは分かっていたので赦してやることにする。
「……それで、私を教員として採用していただけますか?」
そう尋ねると、グレンは顔を引き攣らせつつも頷いた。
「そ、そうじゃな。しかし、魔術が使えることと教えることは違うのじゃよ。まずは、自分が得意と思う魔術をワシに教えてみてくれんか。ちなみに、魔術が教えられないとしても数学や言語、地理、歴史や文化、魔術具についての教員などもおるからの」
「……では、水の魔術で良いですか?」
「おぉ、大丈夫じゃよ。水の魔術師は火と土に並んで最も教員の層が厚いからの。中級以降ならば得意な魔術を幾つか教えてもらえたら十分教員として雇えるぞい」
グレンはそう言って笑うと期待に満ちた目でこちらを見た。少年のようにワクワクした顔で待つグレンをおかしく思いながら、私は何から教えるか考える。
理論を教えやすい魔術が良いだろうか。
「……では、水流弾について」
「ふむ。中級魔術じゃの」
グレンの言葉に頷きつつ、私はまず手のひらを上に向け、空中に水球を浮かべる。
一瞬、二人の顔つきが変わったが、とりあえず解説をしてしまう。
「水の魔術を扱う場合、まずは水の特性について覚えてもらいます。水の量、形状、流れる速さ……基本はこの三つで、量を多く、形状は用途に合わせること。そして速度を一定以上とすることで、様々な場面で使える便利な魔術となります」
「うむうむ」
グレンやストラスが頷くのを横目に、浮かべた水の球の形状を変える。
ただふわふわ浮いていた水球の下部から線を伸ばすように水の管を作り、徐々に細くしていった。
「形状の変化やその維持、そして流量を限界まで引き上げることが出来たなら、この魔術は上級魔術に匹敵する魔術となります。さらに、粉末にした研磨剤を混ぜることによって特級魔術になり、オリハルコンの盾や鎧すら切り裂く高圧水流刃という……」
「ちょ、ちょっと待った!」
と、我ながら良い感じで魔術の解説を行っていたところに、グレンの待ったがかかった。
「何か?」
眉根を寄せてグレンに聞き返すと、グレンは目を見開いて声を上げる。
「い、いやいや……物凄い内容をさらさらと語っておったが、高圧水流刃なぞという魔術はワシも知らなかったのじゃぞ? そもそも、発現した魔術に研磨剤を混ぜるなど、誰がそんな発想を……」
「私が作ったオリジナル魔術ですから」
「作っちゃったの!?」
「オリジナル魔術、だと……?」
またも驚く二人。師であるオーウェンは一流の魔術師ならば一つや二つ、独自の魔術を開発すると言っていたが。
「……それでは、とりあえず今回は中級魔術である水流弾の元である水球の作り方を教えます」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! な、何故何事もなかったかのように中級魔術の説明に……!? 後生じゃ! オリジナル魔術を教えて欲しいのじゃ!」
グレンは大いに動揺し、立ち上がって懇願する。やはり、魔術学院の学長ともなると新しい魔術に目が無いのかもしれない。
「でも、今は教員となる為の試験ですよね? まずは学生向けに中級魔術を分かりやすく……」
「良い! もう合格! 合格だから! 早く、オリジナル魔術を……っ!」
グレンが血走った目つきでそう叫び、私の教員試験はあっさりと合格で終わった。