魔王降臨
白き灰のガローヌと呼ばれる男に質問をすると、ガローヌは困惑したような顔で口を開いた。
「……仮令、君が騎士団の団長か何かだとしても、そんな質問には答えられないと思うのだが」
そう言って溜め息を吐き、ガローヌはカリラを見る。
「……頭がどうかしてるのか? なんなんだ、この女は」
と、ガローヌは私との会話を打ち切り、カリラに話を振った。失礼千万である。
半眼で見ていると、カリラが顔を引き攣らせて首を左右に振った。
「ガローヌ。もう見てられないから、俺は外に出てて良いか? 多分、死にはしないから」
「カリラ……挑発も限度を越えればそれまでだ。どう考えてもそんな下らない理由で逃す筈がない。それに、ここまで舐めた発言をされてしまっては、こちらのメンツの為にもお前達を帰すわけにはいかなくなってしまったよ」
声量はないのにドスの利いた声で呟き、ガローヌは片手を上げた。すると、部屋に居並ぶ男達が各々得物を手に持ち、一歩前に出てくる。
「……暴力に訴えるなら話は終わりですね」
私は静かにそう呟いた。直後、ガローヌの目が冷たい光を放つ。
「……その女に現実を教えろ」
ガローヌの一言に、周囲の男達は一斉に行動に移る。
魔術師は詠唱を始め、刃物を持つ者達は素早く距離を詰めてくる。剣を振りやすい様に全員が位置どりを始めたのは流石の一言だ。
特に、扉の側にいた図体の大きな剣士は良い動きをした。一足飛びに距離を潰し、少し厚みのある直剣を袈裟斬りの要領で振り下ろしてくる。
その剣先を見つめ、浅く頷いた。
「お見事です。カリラと同等程度の実力がありそうですね」
一言感想を添えて、私は拳を突き出す。次の相手も迫っていた為、体勢を崩さないように半歩踏み出して相手に近い手を真っ直ぐ突き出した。
分厚い布に重量物が高速でぶつかったような音を立てて、剣士は弾かれるように後方に転がっていく。
その様子に、こちらに向かってくる者達の目が見開かれるのが見えた。
「人数が多いので手短にさせていただきます」
そう前置きをしながら、つま先の向きを変え一動作で反転する。
まだ、魔術師は詠唱中らしい。
「……砂塵飛礫」
魔力を込めながら、口の中で魔術名を発する。
直後、景色が塗りつぶされるような勢いで砂や小石が空中に出現、射出された。一メートル程度の強力な砂嵐のようなものだが、放射状に放たれたお陰で打たれ弱い者は皆その場で昏倒していく。
「ぎゃっ」
あまり耳にして良い気分にはならないような男の悲鳴がいたるところから聞こえた。
武器を手に襲い掛かろうとしていた者達も足を止めて悶絶していたので、これは良い時短になると一気に勝負を決めに走る。
「失礼します」
一言だけ告げてから、私は立っている男達のお腹を叩いて回った。
「……可哀想に」
後方でカリラの同情するような声が聞こえたが、一瞥すると慌てて口を閉じていた。
最後に残されたガローヌは、放心状態で苦悶の声を上げる部下達を見回し、最後に私を見る。
「……な、何が起きた? 今の一瞬で、何が……」
暫く悪夢にうなされたような顔でぶつぶつ呟いていたガローヌだったが、正気に戻ってからは協力的になってくれたのだった。
こうして、数日で四つの大きな組織に訪問し、直談判を行った結果、全ての組織が私に協力することを約束した。
意外と話せば分かる人々だった気がする。最終的には皆が一般市民に迷惑を掛けない範囲で金を稼ぐと口にしてくれた。
とはいえ、これまで不当な働き方しかしてなかった面々に急にまともな商人になれと言っても不可能である。なので、協力を約束した五つの組織と勝手に下についてきた弱小のアウトロー集団にはカジノの経営を認めている。
ただし、厳格なルールのもと運営することが大前提だ。客は二十歳を超えていること、また、支払えない額までの借金はさせないこと等、複数の条件を設けた。
そして、大原則として麻薬は取り扱わないこと、人身売買を行わないこと、一般市民を死傷させないことを厳命している。
こうして、協力者を得た私は迅速に学院の生徒達を回収。二度とギャンブルに嵌まらないように一言脅しておいた。借金で随分と怖い想いをしたのだろうか、ガタガタ震える生徒達をロックスに引き渡してケアをお願いしておく。
「……まさか、この国を裏から支配する気では……いや、なんでもない」
ロックスは青い顔で何か言っていたが、一先ず生徒達のことは頷いてくれた。問題はアウトロー達だが、私が説得すると不承不承ながら顎を引く。
「……成る程。話ができて統率のとれる大きな組織があった方が問題が起き辛い、か。確かに……全ての組織を潰したところで、また新たな組織が出来るだけだろう。だが、わざと見逃しているとバレたら確実に糾弾される。特に、王族が絡んでいるとなると最悪だ。話が漏れれば国外からも非難されるが……」
「……難しいですか?」
「……何とかしよう」
困っていたようなので再確認すると、ロックスは頭を抱えるような格好で了承した。いや、難しいならば、面倒だが毎回組織を潰して回ろうかと思っていたのだが、ロックスが尽力してくれるなら良しである。
「ありがとうございます」
ロックスに感謝を込めて礼を伝えると、ウッと言って後ずさった。顔を紅潮させている。
「どうしました?」
「な、なんでもない!」
と、ロックスは咳払いしながら視線を逸らし、お願いした内容を確認しながら去っていった。
学院都市に蔓延る世界屈指の深い闇が静かに、そして瞬く間に制圧され、たった一人の女性の支配下に入ったのだが、この事実を知る者はごく僅かである。
ロックスの奔走の賜物で明るみに出ることはなかったが、裏側に足を踏み入れた者は誰もが必ず「学院の魔女には逆らうな」という言葉を耳にするようになったのだった。
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