罪と罰と断罪者
明らかに雰囲気が違う女性が暗い廊下の奥にいた。
階段や廊下の奥には貴族らしき服装の男女がいるが、怯えて壁際に身を潜めている。
階段上から降りてくるゴロツキやスーツのような黒い服に身を包んだ男達も、廊下の奥で剣を構える背の高い女性も、油断なく、だが自身が負けるとは思っていない様子で距離を詰めてくる。
先程相手をしたその他大勢とは威圧感が違う。
やはり、ネヴィス一家の幹部勢か。
本当なら、実力者を相手にする場合は距離を取りながら中級以上の魔術を連続で撃ちたいところである。
しかし、この狭い空間でそんなことをすれば間違いなく建物が倒壊して皆生き埋めとなる。
「仕方ありません。近接格闘で行きましょうか」
溜め息混じりに呟き、身体強化を再び唱えた。
外に出られないように結界を張っているので、焦る必要もない。
「……おい、嬢ちゃん。怪我したくなけりゃあ壁に張り付いてガタガタ震えな」
階段上からそんなセリフを口にして、男達が降りてきた。更に上では魔術師が魔術の詠唱を行なっている。
狭い階段で下にいる仲間を誤って攻撃しないように私をどうにかするというのか。拘束するような魔術か、それとも頭上からの攻撃が可能な魔術だろうか。
興味を持って眺めていると、近くに迫ってきていた男達が剣を振り下ろしてきた。
手のひらで刃の横腹を叩いて逸らし、拳を横向きにして腹部を殴る。
「ぐあっ!?」
階段の壁面に肩からめり込んだ男は白目を剥いて気を失った。激しい振動を受けて、ぱらぱらと天井から何かの破片や埃が舞い落ちる。
建物が軽く揺れた衝撃からか、皆の動きが止まった。
そこへ、階段上の魔術師から魔術が放たれる。黒い霧のような靄が溢れ、天井を埋め尽くすように広がった。
見たことのない魔術だが、あれは一体なんだろうか。
興味はあるが、あの魔術が多人数を殺傷するような類のものだった場合、この場の全員を守るのは難しいかもしれない。
仕方ないので封殺することにする。
「見えない壁」
魔力を込めて呟くと、黒い靄の下に薄い見えない板が出現した。天井全てを覆ったため、あの謎の黒い靄はこちらまで来ないだろう。
「……顔は覚えたから、捕まえたら魔術について聞いてみよう」
小さくそう呟いてから、私は手前にきた男の頭を横殴りに叩いて倒した。
「くっ、な、なんなんだコイツは……!?」
誰かがそう叫んだ時、階段の上から声がした。
「あ、アオイ先生……!?」
「は!? 嘘だろう!?」
若い声だ。見上げた時にはもう身を隠してしまったが、恐らく学院の生徒だろう。
怒られると思ったのか、退学になると思ったのか。
どちらにせよ、私の名を呼んだのは失策であろう。
「先生……?」
「まさか……教師、か?」
黒服の男が目を瞬かせて私を見た。
直後、階段下にいる女性が叫ぶ。
「ガキどもを連れてこい!」
その指示に、階段上の男達がハッとした顔になり走って行った。
まずい。人質にされたら手出しができない。
そう判断した瞬間、私は床板を踏み抜く勢いで駆け出していた。階段を登りながら邪魔な者達を手のひらで弾き飛ばす。
二階に上がると、目の前に広いカジノホールの光景が広がる。薄暗い室内にスポット的に明かりが落ちており、その下にはカードや小さな球体が乗った長方形の台があった。
意外にも上品な高級カジノらしい雰囲気の内装だ。
だが、その店内も白い靄がスモークのように張り巡らせられており、生徒たちの居場所が分かり辛い。
店内を見回している内に、階段の下から何者かが駆け上がってくる音がした。
「ガキどもを使え!」
叫び、あの女性が現れた。剣を左右同時に手の中で回し、その場で構える。二本の剣を手のように自在に操る様は見事だ。
そちらに若干の注意を向けていると、今度は奥から声がする。
「あ、アオイ先生!」
「攻撃しないでくれ!」
そう言って、二人の少年がでてきた。その後ろには黒服の男が三人立っており、剣の先を二人の首に向けていた。
その光景に肌が粟立つような怒りを感じるが、動けば二人が危ない。
と、その時、黒服の一人が二人に何かを伝えた。
直後、二人の顔色は見る見る間に悪くなり、涙目でこちらを見て、口を開いた。
魔術の詠唱だ。
何を言われたのか。何の魔術を発動しようとしているのか。
疑問が僅かな間に浮かんで消えたが、最後に残った言葉は一つ。
あの男、どうしてくれようか。
その場を動かずに黒服達を睨み据えると、黒服の一人が頬を引き攣らせて口を開いた。
「は、早くしろ! まだか、お前ら!?」
男が怒鳴ると、少年達は肩を跳ねさせて驚き、震えた。
魔術は程なく完成し、少年達は涙を浮かべて魔術を行使する。
「炎の矢……!」
「飛来する岩!」
発動した瞬間、少年達の前に炎の塊と岩が出現し、こちらに向けて放たれた。
炎も岩も一つずつだが、中々の速度だ。私は軽く頷きながら、右手を左から右に振り抜き、両方の魔術を相殺した。
「…………え?」
「……な、なんだ、今の……?」
少年達が恐怖を忘れて呆然と呟き、自分の手と私の顔を見比べる。魔術ではないのだから、ただの掌底である。
目を丸くして硬直する黒服三人を見て、私は即座に動き出した。
「拘束する風」
魔術が発動した瞬間、黒服の男達は体に鉄の芯が入ったように体を真っ直ぐに硬直させた。
「ば、馬鹿な!?」
驚愕し、目を見開く三人を一瞥してから、後ろを振り向く。
すでに目の前には二本の剣の刃先が迫っていた。速度、狙い、タイミングまで満点だ。気配を消すのも見事と言わざるを得ない。
だが、僅かに漏れ出した殺気が致命的だった。
ドラゴンなどの大型魔獣が棲む山や森には、異常に狩りの上手い中型魔獣が多くいた。そんな魔獣達を相手にしていれば、僅かな違和感や殺気にも敏感になる。
とはいえ、これまで会ってきた人物の中で最も卓越した暗殺技術だと言えるだろう。
「……見事です」
無意識にそう呟き、私は眼前に迫った二つの刃を両手で掴み、受け止めた。
「……っ!? ほ、本当に魔王じゃないだろうな、アンタ……!?」
背の高い女性は驚愕に目を見開き、失礼なことを言う。
「私が教師以外の何に見えるというのですか」
溜め息混じりに呟き、女性の双剣を手の中でへし折る。
「ど、どこの教師がこんなこと出来るってんだ……ぬぐっ」
反撃しようとした女性の胸部に裏拳を叩き込み、地面に転がした。
「……さぁ、拘束しましょうか」
周りを見て脅威が無くなったことを確認し、階段を上がってきたロックスにそう告げる。
「……は、ははは。もう笑うしかないな」
ロックスはそれだけ呟くと、護衛の二人に指示を出したのだった。
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