出会い
良く整備された石畳の道を歩きながら、立ち並ぶ店々に気分を高揚させる。
一大交易都市であり、ヴァーデッド王国の特別自治領でもあるウィンターバレーは最上級の魔導学院を有する為、六大国の庇護下にある。
戦争に巻き込まれる恐れは少なく、六大国を中心とした王侯貴族の学生が多い為、経済的にも裕福な都市だ。
各国の行商人はこぞってウィンターバレーに商品を持ってくる。それは結果として更にこの都市の豪華さを増大させた。
観光地としても人気があるだけに、メインストリートであるこの大通りは一際華やかである。串に刺した肉を焼く香りや音、揚げ物料理、果物を絞った飲料などの飲食店に、貴重なスパイダーシルクの衣服や貴金属の露店、中には武器や盾、鎧の露店まであった。
店の数や商品の種類だけでなく、闊歩する人々も多種多様であり、間違いなくこれまで見てきた街の中でも最大級の賑わいだ。
確か、街の入り口には奴隷や荷馬車、調教された魔獣などを扱う店もあった。
街の裏側には地下カジノもあると聞くが、やはりマフィアのような存在も多いのだろう。
「何でも表裏一体、といったところかな」
そんなことを呟いて独り頷きながら通りを進んでいくと、ふと脇道に目がいった。
表通りに比べると汚くて薄暗い。路地裏という雰囲気のその道の奥に、何かが落ちているのが見えた。
ボロ布を折り重ねたような、それは……。
目を凝らし、すぐに気が付いた。
いや、違う。何かが落ちているんじゃない。誰かが倒れているんだ。
すぐに駆け寄り、回復魔術の準備をする。
「大丈夫? 意識は……」
声をかけながら手を出した瞬間、ボロ布を身体に巻き付けた女性が両手を広げた。その手には曲剣がそれぞれ握られている。
「動くんじゃないよ」
女性にしては低い声とともに、首筋に刃の先が向けられる。
見た限り、私を傷付けられるような腕でも得物でも無さそうだが、一応動かずに聞き返す。
「貴女は? 私はまだこの街に来たばかりだから、誰かの恨みを買った記憶も無いけど」
そう答えると、嘲笑する声が聞こえてきた。
「まだ分からないの? 怪我人も病人もいない。ここにいるのは騙された間抜けだけよ」
顔を歪めて押し殺したように女性が笑うと、路地の奥から二人の男が現れた。
「おぉ、上玉じゃないか」
「働き者の俺たちに神様からのご褒美ってか」
軽薄そうな笑みを浮かべ、二人の男は近づいてきて私の顔を眺める。
「……私はあまりお金持ってないけど」
そう答えてみると、三人は吹き出すように笑い、男二人がそれぞれ何かを取り出す。
鎖と、鉄の輪のような何かだ。
「馬鹿か、田舎者。お前を売れば金貨に替わるんだよ」
「下手したら金貨2枚はいくぜ?」
げらげらと笑いながら、男達が近づいて来る。溜め息を吐き、私は反撃しようと口を開いた。
その時、一陣の風が吹き荒れる。
音を立てて吹いた風は、皆の動きをその場に縫いつけたように止めてしまった。
風の魔術師による拘束する風だろうが、三人の様子を見る限り相当な精度だ。
普通なら手や指、首くらいは動かせるのだが、どうやら本当に指一本動かないらしい。
「……大丈夫か」
低い男性の声が聞こえた。
動けないまま冷や汗を流す二人の横を、ゆったりと歩きながら、背の高い男性が姿を見せる。
薄暗い路地裏にも拘わらず、輝くような銀髪が目に付く。スーツとローブを混ぜたような黒い魔術師の衣服を着ている。胸と右肩には学院の紋章があるが、金糸を用いて刺繍されているということは、彼が学生ではなく教員であるということだ。
「大丈夫です。助かりました」
そう答えて、私の首元にあった曲剣の刃を指で摘み、押し退ける。
恐怖で涙目になっている女性を横目に、膝を手で払いながら立ち上がった。
顔を上げると、眉間に皺を寄せた男性の顔が視界に入る。困惑しているようだが整った顔立ちである。ただ目つきが鋭過ぎる。黒い衣装も合わさり殺し屋のような雰囲気となっている。
歳は三十前後だろうか。
そんなことを思っていると、男性は軽く首を傾げながら口を開いた。意外に可愛い動作をする。
「……俺の魔術を効果減衰した? 君は、魔術師なのか」
「はい。今日フィディック学院に行こうとしたのですが、青い髪の方に門前払いを受けてしまいまして」
「青い髪……スペイサイド、か。あいつは……仕方ない、受付をさせよう。付いてこい」
男性は一人で納得しながらそう言うと、踵を返した。
「あ、ちょっと待って」
背中に思わず声を掛けると、男性はこちらに横顔を向けた。
「ん……ああ、こいつらか。こいつらは衛兵に知らせておく。それまではこのままだ」
「ああ、いえ。まだお名前を……私は、アオイ・コーノミナト。貴方は?」
そう尋ねると、男性は眉を上げて振り返る。
「……そうか。俺はストラス・クライド。中学部の風属性の教員をしている。学院内は広く中々会うことはないだろうが、何かあれば頼ってくれ」
ぶっきらぼうにそう言うと、ストラスと名乗る男性はまた歩き出した。
不器用ながら、内面は優しいのだろう。
揺れる銀髪を眺めながら笑い、私は黙って後に続いた。
学院に戻ると、門の奥へと連れられて入る。分厚い城壁と門の向こう側に入ると巨大な城や尖塔が近くなり、視界いっぱいに広がった。
「……うわぁ……」
思わず感嘆の声が漏れる。荘厳かつ豪華絢爛。まさに絶景といった光景だ。雲の切れ間から差し込む光が学院を照らし出している。
景色を眺めていると、後ろから声を掛けられた。
「……受付しないのか?」
言われて振り返ると、門の裏側にある家のような建物の前にストラスが立っていた。隣には小柄な老人がいる。
老人のもとへ行き、私は姿勢を正して口を開いた。
「こちらで教員として働けと言われて参りました。アオイ・コーノミナトと申します。グレン学長にお会いできませんか?」
「おぉ、お若いお嬢さん。学生の間違いじゃないのかね」
「私はもう二十歳です」
そう告げると、ストラスがギョッとした顔でこちらを振り向いた。
「……私は二十歳です」
年齢を勘違いされるのはいつものことである。溜め息をつきながら返事をすると、ストラスは驚きの表情を崩さないまま口を開く。
「な……俺と四歳差だと? とても妹と同じ年齢には見えん……」
「え? 二十四歳? ストラスさんが?」
ストラスの発言に、思わず私まで驚いてしまった。三十歳くらいだろうと思っていただけに、かなり気まずい。
目を見開いたまま無言で見つめ合っていると、老人が笑いながら頷いた。
「理由はわかりました。実は、先程その学長殿から連絡を受けておりましてな。ストラス先生。学長室までご案内してくれますか」
老人にそう言われて、私とストラスは揃って頷いたのだった。