【別視点】予想外
【ならず者】
剣、短剣を構え、たった四人に二十人以上の荒くれ者共が殺到する。
魔術師ならば詠唱の時間は無い。騎士であっても十人も斬ることは出来ないだろう。
腐っても元冒険者、元兵士、元盗賊の集まりだ。人数差がある状態で、そこらの奴らに負けるわけがない。
そのはずなのに、目の前ではあり得ない出来事が起こっていた。
騎士二人が一人ずつ相手をしている。王族を名乗るガキは魔術を詠唱しようと壁際に立って杖を構えていた。
では、残りの奴らは?
「ぎ……っ!?」
「ぬぐ……っ」
「ひ、ひぃいいいっ!?」
五人吹っ飛ばされた辺りから、全員が異常事態を理解した。
十人目が腹に拳を打ち込まれて壁まで転がっていった時、違和感は恐怖にすり変わる。
「刃物は危ないですよ」
まるで、テーブルマナー違反をやんわりと指摘するように一言口にして、女は素手で掴んだ剣をへし折った。
それ自体異常なことだが、その過程も信じられないものだった。
三本の剣が女に対して振るわれたが、一本を避けつつ、片手でもう一本を弾く。更に、もう片方の手で抜き身の刃を掴んでみせ、そのまま握り潰すようにへし折った。
剣が半ばで折れ、刃先の方が地面に落ちる。
何故か、その場にいた全員の目がその落ちて行く刃に向いた。
音が失われてしまったかのように室内に静寂が訪れる。皆が息をする音すら潜めて、女の様子を見た。誰かが、唾を飲む音が響く。
そんな中、女は無言で腕を振り、三人の男を殴り倒した。
地面に大の大人がごろごろと転がる。
「……ま、魔王……」
何故か、女と一緒に付いてきた筈の騎士が青い顔でそう呟く。
それに、女が鋭い目を向けて、騎士は音が聞こえそうなほどの勢いで顔を逸らした。
溜め息を吐くと、女はこちらに振り向き、口を開く。
「手加減はここまでです。これ以上逆らうならば、魔術を用いて応戦します」
そう言って手のひらを向けた女の言葉に、俺たちは思わず口走る。
「……手加減……?」
「応戦ってか……叩き潰すの間違いじゃ……」
「魔術って、嘘だろ……英雄級の武闘家じゃないのか……?」
顔面蒼白で呟く俺たちの言葉を聞いたのか、女は眉根を寄せ、目を細くした。
「時間切れです。氷の双刃」
口にした瞬間、周囲に四本の巨大な氷の曲剣が現れた。冷気が煙のように立ち上る曲剣を見ると、何故か身体の芯から震えが起きる。
「ま、待った!」
「俺たちの負けだ! もう逆らわねぇ!」
「ゆ、許してくれぇ!」
悲鳴を上げて、動ける者達全員がその場に座り込み、頭を床にこすり付けた。
駄目だ。この女は化け物だ。黙って捕縛されるか、逆らって殺されるかの二択しかない。直感だが、逃げる事は叶わないだろう。
ボス、下手に刺激しないでくれよ。
俺は祈るようにそう思いながら、その場に跪いたのだった。
【ボスの女】
俺は報告にきた部下の話を聞き、溜め息とともに立ち上がる。
ついでに傍に置いていた小さなテーブルを蹴って壊す。
「……騎士団が押し入ってきたわけでも無いんだ。慌てずに客を逃がしな。どうせ二階にも上がって来れないだろうさ」
鼻を鳴らしてそう言うが、部下は言いづらそうな表情で反論してきた。
「いえ、今回はいつもの騎士や衛兵とはわけが違います。特に、あの恐ろしい女は……」
「情け無いこと言ってんじゃねぇ!」
反射的に怒鳴り、部下の頭を蹴り飛ばす。
口の端から血を流して倒れた部下を見下ろしてから、多少興奮が冷めた。
「ちっ、気に食わねぇな。女、女か……俺より怖い女、ねぇ」
舌打ちをして、苛々を抑えながらカジノの方へ移動する。
「おい、今日は終いだ。引き上げるぞ」
ディーラーをする黒服にそう告げると、静かに頷いて動き出した。ゴネる客も目に付くが、双方捕まるのは嫌なのだ。大体スムーズに避難が進んでいく。
階段を降りたら裏口だ。真っ直ぐに向かって来れるなら脱出前にかち合うだろうが、そんな事態になることは無い。
しかし、これまで何度も同じ経験をしてきた部下があれだけ慌てるのは、多少気にかかる。
それに、部下にあれだけの恐怖心を与えた女もだ。
「……下に降りてみるか」
そう呟き、階段の方向に向き直った。本来ならば即座に脱出し、建物に火を点けて終わりだが、今回はどんな女か顔だけ見てみようと思ったのだ。
「俺は下に行く。お前らは客を逃がしていろ」
「はい!」
黒服の返事を聞きながら、階段へと続く扉を開く。暗い階段の先が薄ら明るくなっている。
降りて行こうとした矢先、階下から音がした。
男どもの悲鳴。
そして、激しい剣を打ち合うような音。重い何かが壁に衝突したような地響きが響く。
そんな大人数では無かった筈だが、声や音だけを聞いていると、どうも部下達の方が劣勢にあるらしい。
いったい、何をしているというのか。
階段を降りていく間に、何度も悲鳴や怒号が響くが、まったく戦いが終わる気配は無い。
階段を降り切って、棚の隙間から奥を見る。
そうして目に入ったのは、剣を持って襲い掛かる三人を拳で殴り飛ばした女の姿だった。
「……な、なんだい、あれは……」
一目で、マトモではないと悟る。
あの女、剣を素手で、それも片手でへし折りやがった。
それを認識した瞬間、俺は裏口に爪先を向けていた。
「冗談じゃない。騎士だろうが貴族だろうが相手にしてやるが、あんな化け物は想定外だ」
客も降りてきている。さっさと裏口を解放して逃げ出すべきだ。
そう思い、裏口の鍵を開けて取っ手を握る。
だが、びくともしない。
「……鍵は開いてる? 何故だ、何故……いや、窓から出れば良い。窓を割って……」
急ぎ板を打ちつけた窓を剣で壊し、外に出られるようにする。
しかし、外は見えているのに、透明な壁に脱出を阻まれてしまった。そうこうしている内に、一番に脱出を促された客が階段に集まってしまっている。
剣の刃先を見えない壁に向かって突き刺すが、なんなく弾かれてしまった。
「ど、どうなってんだ……」
困惑して、無意識にそんな言葉を口にしてしまう。
直後、背後で激しい斬撃音と大きな物が壊れる音がした。振り向くと、棚があったはずの場所にはあるべき物が無くなっており、隣部屋の明かりが差し込んでいた。
そして、その灯りに少女らしきシルエットが浮かび上がる。
白い霧か冷気でも纏っているのか、人影は白い靄を漂わせながらこちらに歩いてくる。
「……おや、二階に行く手間が省けましたか」
女は微笑みを浮かべ、こちらを見る。
「……っ! お前ら、降りてこい!」
怒鳴り、裏口を確保する形で構えた。剣を二本、両手に持ち刃先を女の顔に向ける。
バタバタと足音を立てて、武装した部下達が降りてくる。黒服の三人は魔術も使える。階段上から攻撃することもできるだろう。
廊下は狭い。階段側とこちら側から人数で押し潰せば負ける事は無い。
逃げ惑う客を蹴り飛ばし、視界を確保する。
階段上からは剣を手にした部下や魔術を準備する部下もいる。そして、俺が双剣を向けて構えている。
だというのに、女は笑みを深めた。
「逃げないでいてくれて助かりました。さぁ、観念してください」
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