カジノ?
闇カジノを運営するのはネヴィス一家というヤクザのような団体である。
窃盗団、免許の無い医師、奴隷商人、脅し屋と呼ばれる暴力組織など、幾つかある非合法な集まりがあり、その中でも抜きん出た勢力の者達だ。
各国の財や物品、人が流入する学院都市は、善悪問わず金を得る手段を模索する者で溢れている。
その中で、学院の生徒に着目する者が現れても不思議では無い。
ネヴィス一家もその一つだ。ネヴィス一家は商業ギルドに追放された商人などを抱え込み、様々な商売に手を広げている。そして、最も稼ぎが良い商売が、カジノだった。
そのカジノ、普段は繋がりのある貴族や商人が客だが、更に儲けたいと考え、客を増やす方法を模索することになる。
結果、王侯貴族の出自が多く在籍する学院の生徒にスポットライトが向いたのだ。
ロックスが容疑者の一人と睨む男に事情聴取を行うと、そんな内容を語ってくれた。
「ご協力ありがとうございました」
そう言うと、四十歳ほどに見える男が小刻みに震えながら何度も頷く。
ロックスは頬を引き攣らせ、乾いた笑い声を上げた。
「……そりゃ、目の前で岩を握り潰されれば誰でも怯える気がするが……挙句、その手で頭を掴まれたら……」
何か呟き、ロックスは身を縮めて身震いする。
ロックスの態度は良く分からないが、事件の概要は掴めた。
「借金に沈めたガキは大半がどうして良いか分からず、甘い言葉をかければ何でも言うことを聞くようになる。たまに馬鹿な奴がいて権力でカジノを潰す、なんてことを言い出す奴もいるが、自尊心の塊の貴族がそんなこと出来るわけがねぇ」
開き直ったのか、男は笑いながらそんなことを言った。
なるほど。確かに、自らの家の名に泥を塗るとなると、普通の貴族は躊躇うだろう。特に上級の貴族ならば尚更だ。
そんなことを思っていると、ロックスが男の首を掴み、低い声を発した。
「……貴族を舐めてるのか、貴様。その誇りの為ならば、貴様ら犯罪者の首なぞ根こそぎ斬り落とすぞ」
怒りを滲ませた声と血走った目に男が鼻を鳴らす。
「どうせ捕まりゃ極刑だ。死ぬと分かってれば怖いモノなんざあるものか。あんたにもハッキリと言ってやるよ、王子様。王族、貴族なんてのはな、皆揃って俺ら平民以下の奴らを馬鹿にしてんのさ。それが普通と思っている奴が大半だろうが、俺らはそんな風に馬鹿にされるなんて真っ平ごめんだよ」
吐き捨てるように言われたセリフに、ロックスの目が吊り上がる。男の首を掴んだまま押しやり、勢いよく壁に叩き付けた。
「馬鹿にするな!」
恫喝するロックスに、男は目を剥く。対してロックスは怒りを見せつつも何とか抑え、手を離して睨みつける。
「平民だからといって貴様らに何かしようなどとは思わぬし、馬鹿にもしていない。だが、犯罪を犯す者には身分問わず罰を与える。それだけは理解しておけ」
と、不器用な返答をするロックス。だが、及第点だ。あの頃のロックスとは明らかに違うと言える。
私は浅く頷き、ロックスの横顔を見た。
「退いてください」
そう言うと、ロックスは素直に従う。男はロックスの顔を見て、次に私を見た。
「……な、なんなんだ。王族を……いや、もしやあんたも王族……なのか?」
混乱する男に、私は薄く微笑む。
「貴方も、身分の常識に囚われていますね。私は平民ですよ。ただし、肩書きを言うならばロックス君は生徒、私は教師です」
答えると、男は驚愕に目を見開き、声を出せずに口を何度か動かした。
「……さぁ、貴方が先頭に立ち、カジノへ案内しなさい。言っておきますが、私からは逃げられませんよ?」
優しく協力を仰いだのだが、男は青い顔で唾を飲み、何度も頷くのだった。
「俺だ。客を連れてきた」
男がそう言うと、一瞬の間を開けて扉が開かれる。
扉の隙間から光が漏れ出し、薄暗い路地にいた私達は目を細めた。
男は先に扉の向こうに入ってしまう。一応、皆の意思を確認する為に振り返るが、ロックスは今にも乗り込もうとしているし、護衛らしき二人の男も私を見て頷くのみだ。
そういえば、明らかに生徒ではない二人だが、元々ロックス付きの護衛だろうか。
いや、今はそれは良いか。
「お二人はロックス君を守ることに専念してくださいね」
そう告げると、再度頷く二人。それに微笑み、私は開かれた扉の方を向いた。
眩しいほどの光を一身に受け、建物の中へと入る。
ふわりと木の匂いや鉄、布に混じり、甘い香りが鼻腔をくすぐった。カジノのイメージではない。よく考えたら、音もあまりしない。
灯りになれて周りを見渡すと、そこは広い雑貨屋のような店だった。
外は石造の建物だったが、屋内の床や壁は木の板が張られており、見やすくレイアウトされた棚も木製だ。壁や天井からは色鮮やかな布が掛けられていて賑やかな雰囲気を出している。
ランプ、食器、壺など商品は多岐に及び、中には甘い菓子らしきものも見られた。
「いらっしゃいませ! ウィリアム商会へようこそ! ここには日用品から珍しい砂糖を使った菓子まで、色々とご用意していますよ!」
と、そこへ柔和な微笑みを浮かべたローブ姿の商人が現れた。歳は三十歳ほどだろうか。両手を広げ、どこか胡散臭い笑顔でこちらを見ている。
「……商会だと? ちょっと待て、此処は……っ!? おい、あいつは何処に行った!?」
ロックスはようやく男が消えたことに気付く。護衛の兵士達も左右を見回す。
「先程、まっすぐ店の奥に走っていきましたよ」
そう答えると、ロックスは慌てて店の奥に目を向けた。
「くそ! 貴重な情報源が! 今すぐに追うぞ!」
「はっ!」
三人が中に押し入ろうとするが、それを商人が止める。
「あぁ、申し訳ありません。そこの廊下から先は倉庫と従業員の休憩所です。こちらの商品の解説ならば私がさせていただきますので、何なりとお聞きください」
「えぇい、黙れ! 貴様に用はない! 奥を調べさせてもらう!」
怒鳴るロックスに、商人は困ったように笑いながら、それでも退くことは無かった。ロックスを知らなかったとしても、態度で王侯貴族と知れた筈だ。しかし、商人は頑として動かない。
その時、何処かで木と木がぶつかり合うような音がした。
その音を聞いた途端、商人は眉を上げ、一歩横に退いた。
「……そうですね。どうしてもと仰るならば、ご案内しましょう。私も貴族の方と敵対したいわけではありませんから」
商人がそう言うと、ロックスは戸惑いながらも頷く。
「よ、よし。ならば案内せよ。何も隠すなよ」
ロックスは釘を刺すようにそう告げたが、完全に商人の手のひらの上だ。
「分かっております」と恭しく頭を下げる商人だったが、恐らく下を向きながら舌を出しているに違いない。
「さぁ、どうぞ」
商人はそう言って前を歩いて行き、店の奥へと向かった。
棚が通路を隠すように配置されているが、脇を見ると片開きの扉があるようだ。
その扉を無造作に開き、商人はこちらを振り向く。
「従業員の休憩所が右側の部屋。左側は倉庫です」
そう言って扉の奥が見えるように壁際に退いた。
目の前に広がるのは、狭い通路と閉じられた二つの扉だけだった。
もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、
ページ下部の☆を押して評価をお願い致します!
作者の励みになります!




