二属性同時発動
次の授業でも、フォアは一番に教室で待っていた。
もう生徒達もエライザ達も、フォアの姿に違和感をもたなくなっているらしい。それぞれ近くの者と議論や談笑をしつつ、席についていく。
む、グレン学長の姿が見えないが、今日はいないのだろうか。このまま皆勤賞を狙っているかと思って……いや、いた。手前の窓の外に移動している。生徒達も気付いているが、見ないようにしているようだ。
まぁ、とりあえずこれで皆が揃った。
全員の名を呼んで参加者の確認を終えると、私は口を開く。
「では、授業を始めます。前回に引き続き、二属性同時発動のやり方をお伝えしましょう」
そう言って、授業を始めた。
前回、雲を大きくするやり方を更に発展させたのだが、この後の展開には二種類の方法がある。
まずは、雷雲を作り上げるまで、水の魔術のみで時間を掛けて発動を続ける。
もしくは、風の魔術を加えて二属性同時発動にて雷雲の生成を早める。
切っ掛けは与えた為、一つ目のやり方は毎日やっていれば各自覚えるだろう。だが、二つ目はその為の知識がないと難しい。
私は顎を引き、顔を上げて皆を見た。
「まずは、電気というものについて学びましょう。電気は実はさまざまな物に含まれています。しかし、純水と呼ばれる不純物の無い水は電気を通しません。水の魔術で作り出される水も完全純水に近い純水であると思われます」
ちょっと難しかっただろうか。皆は何も言わずにこちらを見ている。
「……しかし、純水は水に溶ける物を高い溶解力で吸収します。その為、通常は水の魔術のみであってもやがて雷雲生成に至ります。とはいえ、効率が悪過ぎるという点が問題ですね。その為、二つ以上の魔術を同時に行うことで問題解消を図ります」
言った後、水と風の魔術を発動する。
「水と土の魔術でも雷雲作りを早めることが出来ますが、水と風の方が遥かに楽です。まずは詠唱を覚えてもらいましょう。しっかりと仕組みを理解して詠唱すれば、どの小節にどれほどの魔力を込めれば良いかわかる筈です」
言いながら、水の魔術で作り出した水球の温度を上げていき、風の魔術で循環速度を上げた。周囲を竜巻のように風で覆い、中心に向けて圧縮していく。
直径一メートルほどの水と風の球体だ。
球体内は瞬く間に静電気を溜めていき、外にまで放電を発するまでになる。
その迫力は恐ろしいほどだが、これは基礎の基礎である。
「……これが、電撃の魔術の入り口となる雷玉です。では、やってみましょう」
さて、フォアから怒られるか。そう思ったが、意外にも皆やる気のようだった。内心、少し驚きながらも、詠唱について教える。
「詠唱は水の生成、加熱、風の発生、加速、収束の五小節となります。通常の水の魔術や風の魔術の詠唱を持ち込むと十を超える詠唱になってしまいますし、反発してしまうでしょう。なので、この詠唱は一般的な詠唱とはかなり違う文言になっています。一語一語の意味を理解して、しっかりと詠唱しましょう」
そう前置きして、詠唱の意味と効果を説明していく。
最初は驚いていたが、すぐに質問が相次いだ。最終的にはフォアですら「なるほど」と言って素直に詠唱を開始する。
そして、一番に魔術としての形を成したのは、意外にも最も目立たない生徒、最年少のディーンだった。
「あ、アオイ先生! 見て見て!? こ、コレ!」
外に向けて放電が始まった球体を掲げて、ディーンがパニックを起こしている。冷静な状態ならば、魔力の供給を減らしていき規模を小さくするだろうが、今はそれが出来ないでいた。
「魔力を収束に向けていってみてください。そうすると、電撃の魔術として更に威力を向上させることができます」
「え、そっちですか!?」
驚愕するディーンに近付いていき、若干不安定な球体を眺める。
「……規模の拡大は成功していますが、魔力の均衡が保てていません。加熱に力が入り過ぎていますね。ここまで育てば、あとは加速と収束に力の八割を向けたら勝手に大きくなります。暴走したら私が何とかします。さぁ、やってみてください」
「ぼ、ぼぼ、暴走……!? だ、大丈夫ですか!?」
「ご心配なく」
答えると、ディーンは半泣きになりながらも、覚悟を決めた表情で魔力の操作に意識を傾ける。
中々コツを掴むのが早い。ディーンは実に良く電気の仕組みを理解している。これならば、次の段階にいくのも可能だろう。
と、そうこうしている内に放電量は増え、内在するエネルギーは相当なものになってきた。激しく明滅する球体だが、エネルギーの膨張が続いていく内に大きさの維持が難しくなってきている。
ディーンは滝のような冷や汗を流しながら何とか制御しようとしているが、流石に限界だろう。
「そこまでにしましょう」
そう言って、爆発寸前の球体に土の魔術を使う。
「避雷針」
金属の棒を出現させ、片方を地面に突き刺す。
バチバチと音を立てて、制御を失った電撃が避雷針に吸い込まれるように消えていく。全て魔力によってなりたっていた雷雲は、それだけで雲散霧消した。
消滅したのを確認して、ディーンは尻餅を付くようにその場にへたり込む。
「ひ、ひゃああ……緊張したぁああ……」
半笑いでそう呟いたディーンは、教室中の注目を浴びていたことに気が付き、息を呑んだ。
そんなディーンに、シェンリーが笑顔で声を掛ける。
「凄い、ディーン君! どうやってそんなに早く出来たの!?」
シェンリーが近付いて尋ねると、ディーンは顔を真っ赤にしながら首を左右に細かく振る。
「え!? い、いや、どうって言われても……! そ、そそ、その、えっと……一直線に回転させるんじゃなくて、こう、何列か回転の向きを変えるっていうか……ほら、擦り合わせるって聞いたから、そうなるように……」
狼狽しながらも拙い説明をするディーンを見下ろし、エライザが目を丸くして呟く。
「……シェンリーさんと一緒で飛び級だけど、ディーン君の得意な魔術は土なのに……」
その言葉に、スペイサイドは眉根を寄せた。
「……それは、水の魔術を主に教えている私に対しての嫌味と受け取っても……?」
「違います! でも、ごめんなさい!」
慌ててスペイサイドに謝るエライザだったが、その二人のやり取りにストラスが小さく頷いた。
「……確かにな。今日みたいな本当に新しい魔術を学ぶ時、俺たち教師よりも生徒達の方が覚えが早い気がする。それも、得意不得意関係なく」
その言葉は、不思議とよく響いた。
私もそれに同意して、推測する。
「恐らく、下手に魔術の常識に縛られていないからだと思います。はっきり言って、教えられている魔術の基礎は私には回りくどく感じられますから」
告げると、フォアがこちらを見た。
「……どういう意味か。いや、意味は分かる。確かに、君の授業は我々とは全く違う。それは、新しい魔術だからではない。詠唱の考え方や、物事の仕組みを理解して想像することもそうだ。明らかに、我々とは違うもの……そして、詠唱の有無も……」
その質問に、私は顎に手を当てて首を傾げる。
「魔術の詠唱を覚えるのでは無く、詠唱に使われる魔術言語を解明する。そこに焦点を当てて研究しましたから、そこが違うのかもしれません。後、私が魔術を使う際に詠唱しないのは、魔法陣の研究成果だと思います」
「魔法陣!?」
「……魔法陣を解明したのか?」
エライザとストラスが反応を示したが、フォアは気にせずに話を続けた。
「それこそ秘伝中の秘といえる技術だ。それを教えろとは言わない。だが、一度だけ見せて欲しい。もはや伝説に等しい、無詠唱魔術を」
その言葉に軽く頷き、何を見せたら良いのかと悩む。
まぁ、全属性を見せたら良いか。
そう思い、私は口を開く。
もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、ページ下部の☆を押して評価をお願い致します!
作者の励みになります!




