授業に興味あり?
フォアは意外に素直に授業に参加していた。
途中、外でグレン学長が暴走していて目を奪われていたが、私のアドバイスも無く、言われただけで雲を大きくしていった。
あまりに学長が暴走するので窓を開けて叱り、学長が肩を落としたのを確認すると、私は教室内の面々を見る。
全員がそれなりに出来てきたが、これでフォアが納得するだろうか。
いや、まだ難しいだろう。
残り時間は10分も無いが、もう少し詰め込んでみよう。
「さて、それでは今日のお浚いです。毎回、言っていることではありますが、魔術を使うには、物事の仕組みを理解せねばなりません。これまで土の魔術しか使えなかったエライザ先生が他の属性魔術を覚えたように、仕組みを理解すれば無属性魔術以外の全ての魔術を覚えることが出来ます。覚える時間に差異はあれど、今のところは全員がそれを達成しています」
そう言うと、フォアが目を見開いてこちらを凝視してきた。
やはり、フォアであってもそのことには気が付いていないのだ。
ならば、これは彼にとってとても有用な情報だろう。
私は微笑み、皆を順番に見た。
「それでは、次の授業で雷撃、雷魔術を覚える為にも、水の性質変化について復習してみましょう」
「どうでしたか?」
授業が終わり、フォアに尋ねた。
フォアは考えるように、いや、言葉を選ぶようにこちらを見ながら口籠る。
「……私は、教員失格でしょうか」
確認すると、フォアは眉根を寄せて不機嫌そうに顎を引いた。
「……まだ分からん。が、今のところは、良い授業だった。次回も頼む」
それだけ口にして、フォアは背を向けて去って行く。
その後ろ姿に、廊下に出てきたエライザが眉根を寄せる。
「意地になっちゃってますよね、フォア先生。絶対、内心では吃驚してアオイ先生凄い! って思ってますよ!」
「そうですか? もし認めてもらえたなら嬉しいですが……」
「認めてますよ! だから、次回も頼むなんて言ってたに決まってます。多分、誰よりも早く授業を受けにきますよ!?」
「それは、単純にもう少し様子を見る、という意味では?」
エライザに返事をすると、次に出てきたストラスが浅く頷いた。
「大丈夫だ。フォア先生はああ見えて、意外に話せば分かる人だ。今すぐは無理でも、恐らく、内心ではもうアオイを認めている」
と、ストラスは太鼓判を押す。
まぁ、二人がそう言うならば大丈夫だろうか。また明日、授業があるから、それまで様子見をしよう。
そんなことを思いながら、明日の授業の内容を考えておくことにした。
次の日。教室には姿勢良く着席するフォアがいた。
皆が一瞬フォアを見て驚き、ちらちらと見ながら椅子に座る。
あまりにも普通に席についている為、私も思わず凝視してしまったが、フォアは無言で目を瞑り、静かに授業の開始を待っていた。
参加者の名前を呼んでいき、生徒全員の名を確認した後、私は口を開く。
「……それでは、授業を始めます」
そう言った瞬間、フォアは目を見開いた。
ジッとこちらを見ているフォアに若干の恐怖を覚えつつ、手のひらを上に向けて昨日の雲を作り出す。
「まずは、昨日のお浚いです。皆さん、雲を作っていきましょう。分からない人は言ってくださいね」
そう言って雲を作っていくと、なんと皆が昨日よりもかなり慣れた様子で雲を大きくしていた。
エライザでさえも、それなりの雲を作り出している。
「流石はフィディック学院。皆さん優秀ですね」
そう言ってから、私は雷の仕組みについて解説する。
「自らの魔力で雲を作った人は何となく感覚を覚えたと思います。水は気温などにより蒸発し、浮かび上がります。温度が高いと、蒸発した水は上昇の勢いも強くなります。これにより、夏の雲は分厚く、背の高い雲となるのです。この雲の中では、更に上空で冷やされて降りてくる水と、上昇する水とが擦れ合っています」
言いながら、分かりやすいように無数の極小の氷の粒を上下させて見せた。
その数と速度を増やして行くと、僅かに生じていた静電気が目に見えるほど増えていく。
「物と物がぶつかり合うと静電気という極小の電撃が生じます。この仕組みを理解して魔術に昇華したのが電撃の魔術です」
そう告げると、皆は雲を維持することも忘れて私を見た。
「……電撃の魔術とは、水の魔術の派生だったのか?」
ストラスからの質問に、私は首を左右に振る。
「水の魔術だけで出来ることは制御のできない雷雲を作り出すまでです。それも、実際にその環境に作り替えたわけではないので、魔力による循環と維持が無くなれば消えてしまいます」
そう答えると、ストラスは考え込むように唸り、代わりにスペイサイドが口を開く。
「しかし、それでは複数人で魔術を行うということになるでしょう。他者の構築した魔術に干渉するのは極めて難しいが、その話はこの際無視します。先日、アオイ先生は一人で電撃の魔術を発動してみせたではありませんか。つまり、一人でも電撃の魔術を発動するやり方があるのでは?」
スペイサイドのセリフに、フォアも顔を上げた。
私は皆の視線を受けながら、静かに常識について持論を口にする。
「……まず、一人が一属性ずつの魔術しか使うことが出来ないというのは、間違いだと思っています」
そう告げると、皆がざわめく。
その中で一人、ロックスが立ち上がり、口を開いた。
「……それは、王家に伝わる二属性同時発動のことか。いや、逸話でいうならば各地、各王家に伝わっているだろうが、電撃の魔術同様、今は伝説扱いに等しいはず……」
そこまで言って、ロックスはハッとした顔になる。そして、言葉の続きをシェンリーが引き継いだ。
「で、では……電撃や雷の魔術が失われてしまったのは、二属性同時発動が可能な魔術師がいなくなったから……?」
シェンリーの言葉に、皆が私の言葉を待つ。
ただ、問われても私もそこまでは知らない。しかし、ここ十年に限って言えば師であるオーウェン・ミラーズも電撃の魔術を会得している。
二属性同時発動が特別な才能を必要としているわけではない筈だ。
「……私が知る限りでも、二属性同時発動を可能にする魔術師は二人います。電撃の魔術に関してもそうです。恐らく、秘伝として語り継ぐ相手を選んでいたせいで失伝してしまったのではないかと推測します」
推測ですが、と自分の考えを語ると、コートが珍しく興奮した様子で立ち上がる。
「で、では、僕たちも……?」
「恐らくですが」
そう答えてから、指を一つ立てた。
「実験のようになってしまうのは恐縮ですが、皆さんが電撃の魔術の基礎を習得することが出来たなら、それは実証されると思っています」
静まり返る教室内で、これまで黙っていたフォアが挙手をして疑問を口にする。
「……そのカリキュラムは、どのくらいの期間を考えている?」
「一週間です」
と、少し余裕をもって返事をしておく。
この優秀な生徒達ならば、恐らく後三回授業に出てもらえれば基礎くらいは学べると思っている。
だが、フォアは険しい顔で何か言おうと口を開いた。
しかし、すぐに噤んで首を軽く左右に振る。
そして、静かに自らの意思を伝えた。
「……承知した。引き続き、宜しく頼む」
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