フォア・ペルノ・ローゼズ
授業の最中、廊下から教室の中を窺う。
ちょうど、フォアが一週間に一度行う授業が今日だったのは幸運だった。
ちなみに、貴重な上級教員の授業ということもあり、参加する生徒も高等部でも歳が上の人物が多いように見える。
水の魔術を教えているようだが、内容はそれほど難しくはない。恐らく、今日の授業を基礎にして今後応用を教えていくのだろう。
「……このように、水球の省略していない詠唱には、実は上級魔術の鍵が隠されている。水を氷に変えたり、水流を一直線に放つことも出来るということだ。実際に、火や土の魔術の中には共通する一文もある。風は若干差異があるが、それらの共通点を正しく理解することで、新しい魔術を生み出す切っ掛けも得ることができる」
そう言って、フォアは詠唱を行った。
「……凍てつく細氷」
口にした瞬間、教壇の周囲にきらきらと光を反射させる霧が掛かった。フォアを囲う様に舞う白い霧は、触れる物を瞬く間に凍らせていく。
教室でどよめきが起こる中、フォアはすっかり白くなった壁や教壇を軽く叩き、説明した。
「これは私の独自に開発した魔術で、水の魔術の一種である。靄のように形がないこの魔術を防ぐのはかなり難しいだろう。また、今はこのように最小範囲で発動したが、最大だとこの教室全てを凍らせることが出来る」
「全て!?」
「あれが水の魔術だなんて……」
「確かに、咄嗟にやられたら防ぐ手段を考える前に凍ってしまうな」
生徒達は非常に感心した様子でフォアの話を聞いている。むむ、上級教員の授業はこんなにしっかり聞いてもらえるのか。何故か悔しい。
窓の端から歯噛みしながら見ていると、フォアが話の切れ目に溜め息を吐いて目を細めた。
そして、雑談のような雰囲気で話し出す。
「最近、新任のアオイ・コーノミナト教員の噂を良く耳にする。確かにいつ詠唱したのかも分からないほどの詠唱省略や上級の魔術を見せるのは、受けが良いだろう。だが、生徒が出来ないことを教えるのは、教員のすべきことではない」
と、私の話題が出た。あまり良い話では無さそうだが……。
そう思って聞いていると、フォアはそのまま話を続けた。
「……平民出でその域まで達するのは、血の滲むような訓練があっただろうが、結局は天才といわれる人種だ。天才は、総じて凡人に物を教える力に乏しい。君達も、貴重な魔術学院の生活で、何を学び、何を得るのか。しっかりと考えて授業を受ける様に」
そう言って、フォアはまた授業に戻った。
「……まさか、この言葉が原因?」
振り返って確認すると、ストラスとエライザは難しい顔をする。
唸る二人の横で、アイルがご立腹の様子で口を開く。
「間違いなくコレです。学院のトップである上級教員ですよ? そのフォア先生が、実質授業を受けるなって言ってるじゃないですか」
口を尖らせて怒るアイルに、コートは曖昧に笑った。
「しかし、明確に受けるな、とは言っていません。全てフォア先生の思い込みからの助言です。恐らく、悪気は無いのでしょうが……」
それにエライザが溜め息を吐いて首を左右に振る。
「とはいえ、上級教員であるフォア先生が口にして良い内容ではありません。特に、フォア先生の授業を確実に受けておきたい生徒にとっては凄い影響を与える言葉ですよ。あのしっかり考えて授業を受けろ、という言葉は」
そのエライザの言葉に、皆がシンと静まり返った。
皆で話し合っている内に、もうフォアの授業は終わる頃だ。このままでは、フォアが帰ってしまう。
私は仕方ないと頭を軽く振って立ち上がり、教室の扉を開ける。
「ちょ、アオイ先生……!?」
エライザの悲鳴が聞こえるが、聞こえないフリをさせてもらう。
無自覚だろうが何だろうが、私の授業に影響は出ているのだ。それは伝えておかなければならない。
教室に入ると、フォアだけでなく、生徒達の目も一斉にこちらに向いた。
授業終了の鐘の音が、まるで合図の様に鳴り響く。
「フォア先生、ちょっとお話が」
「……聞こう」
呼び出すと、フォアは素直に応じた。
教室内で生徒達が騒ぎ出した為、私は外を指し示す。フォアはそれにも応じ、廊下へと出てきた。
フォアは廊下に出て、ストラスやエライザを見た後、コート達を見て視線を止める。
「……君は、もっと聡明な子かと思っていたが」
その言葉に、コートは苦笑して短く息を吐いた。一方、私はフォアの言葉に片方の眉をあげる。
「……私の授業を受けることは、愚かなことでしょうか」
尋ねると、フォアは僅かに眉根を寄せた。
「愚かとは言わんが、時間の浪費であろう。糧になる授業、研究、鍛錬を密に行わねば、魔術師として上に上がることは出来ん」
「……フォア先生は、私の授業を見たことが?」
一応、確認をしてみる。しかし、フォアは当たり前のように首を左右に振る。
「無い。だが、実際に受けずとも推し量れるというもの。伝え聞く噂でも、上級魔術や卓越した詠唱短縮の話ばかり。そのような魔術、生徒にはまだ早い。教わる者のことも考えずに自らの技術をひけらかすような者など、私は教員と認めない」
そんなことを言われて、思わず笑ってしまう。フォアが怪訝な顔をしているが、それがまたおかしい。
「確かに、フォア先生の授業は高等部の生徒相手でも魔術の基礎から教えていてわかりやすいとは思います。しかし、それはあまりにも生徒の才能、素質を過小評価し過ぎです。もう少し難易度の高い魔術を教えても覚えることが出来るでしょう」
そう告げると、フォアは鼻で笑って馬鹿にするような目を向けてきた。
「私の言った通りだな。君は、平凡な者の気持ちが分からぬ人間だ。まぁ、試してみると良い。いずれ、君も分かるだろう。皆が自分と同じように出来るはずと思って教えていくと、結果が出ず、遅々として進まぬことに腹が立ってくることだろう」
言われて、こちらも腕を組み睨み返す。
「私のやり方で結果が出てから言ってください。まだ見てもいないのに決めつけられるのは些か不愉快です。まずは、私の授業を受けてください」
そう告げると、フォアは明らかに不快そうに顔を歪めた。
「……先達への礼儀がなっていない。それも、平民故か」
「貴族なら、もっとゆとりを持って欲しいものですね。今のフォア先生を見て、誰が貴族と思いますか? せいぜいが小者の成り上がり者としか思えない……」
「待ってぇ! 待ってください! わ、わわ、私が悪かったんです! だから、お二人とも止まってください!」
エライザが泣きながら私に抱きついてきた為、一旦口を閉じる。
すると、フォアの方も興が削がれたのか、視線を逸らして表情を平常に戻す。
「……そこまで言うならば、次の授業には私も参加しよう。どのような授業をしているのか、直接見させてもらう」
そう言って、フォアはこちらに背を向けた。
エライザは歩き去っていくフォアの姿を目で追い、力なくその場に座り込んでしまう。
「こ、怖かったです……」
涙しながら呟くエライザに、ストラスが浅く頷いた。
「上級教員は、この学院では学長の次に偉いからな。誰からも文句など言われない。フォア先生があれだけ感情的になるのも仕方ない」
ストラスがそう言うと、アイルが腕を振り上げて怒る。
「でも、あんな言い方は酷いと思います! だって、アオイ先生の授業凄く面白いし、凄く勉強になるのに!」
怒るアイルを皆で宥めながら、私は次の授業について考えるのだった。
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