剣の道
「いえ、武器はありますので」
そう言って、魔術を使って剣を生み出す。影のように黒い刀を手に持つと、マッシュが面白そうに笑みを浮かべた。
「なるほど。フィディック学院の教員らしい剣だ。しかし、曲剣か?」
「手に馴染むものが好きなもので」
そんなやり取りをしながら刀を構えると、マッシュは目を細めて頷く。
「それは間違いないな。余も様々な武器に触れてみたが、最も使いやすい得物に落ちついた。結果は国一番の剣士よ」
そう言って笑うマッシュに頷き、刀の刃先を持ち上げた。マッシュの剣術は卓越しており、隙が少ない。だからこそ、正眼の構えが適切だろうと判断した。すると、マッシュはこちらの構えを見て片方の眉を上げ、興味深そうに唸る。
「……アオイよ。貴様、本当に魔術師か? どうやって、それほどの境地に……」
「剣を構えていながら会話を続けるつもりですか?」
失礼を承知でマッシュの質問を遮り、聞き返した。すると、マッシュは目を丸くして口を噤み、すぐに肩を揺すって笑い出す。
「なるほど、確かにな……では、本気でやろう。神速」
そう口にした瞬間、マッシュは体に青白い光を纏った。僅かな光だが、明らかに強力な身体強化の魔術を発動している。
その状態で、マッシュは剣を頭の上に構えた。まるで肉食獣が牙を剥いたように前傾になり、極端に攻撃的な雰囲気を纏っている。マッシュの剣は攻めに特化している。その上、様々な魔術具を装備しているのだ。
単純な一対一なら、最強クラスの相手だ。
そう認識した瞬間、マッシュの姿が消えた。
「さぁ、防いでみよ」
そんな声が聞こえたと同時に、左手側から剣が振り下ろされる。見て確認する時間は無く、気配で反射的に回避する。後ろに下がりつつ刀を斜め上に構えた。
恐ろしい速度、尋常じゃない力で振り下ろされた剣が迫り、刀と触れた瞬間に力を抜いて角度を変え、剣の進行方向を外へ変化させた。受け流しである。
「むっ!」
マッシュの剣は地面へと吸い込まれるように落ち、体勢も崩れる。それを確認することもなく、返す刀でマッシュに向かって斬りつける。防御と攻撃を瞬きする間に行ったはずだ。
しかし、私の刀は空を切る。
驚くべきことに、マッシュの剣術もそうだが、身体強化の魔術まで私の想像を超えていた。強化のレベルは同様かもしれないが、マッシュの身体強化は速度に特化しているようだ。それにしても、あの状態から剣を避けることが出来るとは思わなかった。
「驚くべき速度ですね」
そう言って背後を振り返ると、剣を構えなおしたマッシュの姿があった。だが、その表情から余裕は失われている。
「……驚いたのはこちらの方だ。まさか、我が最強の身体強化魔術よりも強力な魔術があると思わなかったぞ」
マッシュにそう言われ、素直に首を左右に振って否定した。
「いえ、私の身体強化はそれほどではありません。全体的な強化をしていますが、速さでは圧倒的に負けていますから」
そう告げると、マッシュが眉根を寄せる。
「……驚くほどの反応をしたと思っていたが、それはどういうわけだ」
「単純に、剣の技術ですが」
何も考えずに正直に答えた。それに、マッシュは僅かに怒気を放つ。
「……なるほど。余よりも剣の腕で優れている、というわけか。しかし、そんなことは認められんぞ。余は負けず嫌いでな。簡単には認めることができん」
そう言って獰猛な笑みを浮かべると、マッシュは今度は真っすぐ歩いてきた。剣は上段に構えられたままで、徐々に距離を詰めてきている。どうやら、真っ向から剣の腕を試すつもりなのかもしれない。
勝つだけなら、今すぐ上空に跳んで逃げ場がないほどの火球を落とせば勝てるだろうが、剣の道を歩む者としてそれはできない。そんなことを考えて、思わず自嘲気味に笑う。
不利かもしれないが、久しぶりに緊張感のある剣での戦いに高揚している。
「……行くぞ!」
距離を詰めていたマッシュが飛び出してきた。渾身の一撃だ。下手な小細工は無駄だと一目で理解できる。受けることは難しい。
瞬時にそれだけ判断して、斜め前に足を踏み出して回避する。やはり、相手の方が速い。それが理解できたからこその立ち回りである。
動きの無駄を完全に無くし、相手の行動を封じる為に移動しなくてはならない。剣を振り下ろす形で空振りしたマッシュは、私より一歩も二歩も遅れているはずだ。さらに、最短でマッシュの背後に回り込めば、ある程度の速度さはカバーできる。
そう思っての行動だったが、マッシュは振り返りざまに剣を振り抜いてきた。振り返る動作と剣を振る動作が同時に行われたのだ。その速度は、明らかに私の想像を上回っていた。




