調査2
アイルの誤解を解き、私はコートに向き直る。
「なので、コート君のことは一生徒としか思えません。安心してくださいね」
そう言うと、コートは疲れたように肩を落として首を左右に振った。
「……安心……いえ、別に僕が傷付くのはおかしいとは思いますが、やっぱり傷付きますね……はぁ……」
何処か傷心気味な態度でそんなことを言うコートに首を傾げつつ、アイルを見た。
まだ信じられないという顔でこちらを見ているアイルは、どう考えても嫌がらせをした人物ではないだろう。
そう思い、事情を話すことにした。
「私がコート君に話しかけたのは、私の授業を妨害している人はいないか聞きたかったからです」
そう告げると、アイルは「ふぇ?」と生返事を返す。
「アオイ先生の授業? どうしてですか?」
不思議そうに聞き返してきたアイルに頷き、リズとベルの方を見た。
「お二人も、もし何かご存知でしたら教えてくださいね」
それだけ言ってからコートに向き直る。コートは先程までとは打って変わって神妙な表情になっていた。
「……アオイ先生は何処まで聞いていますか?」
そう聞かれて、首を傾げる。
「誰かが、私の授業を受けるなと言っているのではないか、くらいです」
溜め息混じりにそう言うと、コートは頷いてアイルを手のひらで指し示す。
「アイルは知らなかったか、気にもしていなかったかもしれませんが、既に高等部と中等部の生徒にはそれなりに知れ渡っています。アオイ先生が王族や上級貴族に睨まれており、授業を受ける生徒の名もチェックされている、と」
その言葉に、私は思わず眉間に皺を寄せた。
「授業を受けるも受けないも、個人の自由です。一部の貴族の圧力なぞで決めるものではありません」
「も、勿論です。僕もそう主張しています。ただ、余程身分の高い人物が言ったのか、皆が尻込みしてしまっています。フェルター君やロックス先輩は違うようですし……残りは、教師にも一目置かれているバルヴェニー先輩、ハイラム皇子くらいでしょうか。クラガン君やバレル君は僕よりも年下ですし、まだそれほど学院内に影響力は……」
と、コートは独自に調査していたのか、そんなことを口にする。
成る程と頷いていると、アイルが不機嫌そうに口を開いた。
「え、アオイ先生の授業受けるなって誰かが言ってるの? 凄く良い授業なのに! 最初はお兄様に擦り寄ってると警戒して様子見に受けたけど、今は普通に楽しみにしてるんだから。他のコにもオススメしてるんだけど、それで誰も来なかったのね」
アイルは分かりやすく腹を立てて文句を口にする。まさか、そんな理由で授業に参加していたとは……切っ掛けが酷すぎるせいで素直に喜べない。
まぁ、結果として熱心に受けてくれる生徒が現れたのだ。良しとするべきだろうか。
「……では、一先ずそのバルヴェニー君という方に会いに行きましょう。どちらにいますか? もしかして、授業に?」
確認すると、コートは首を左右に振る。
「いえ、バルヴェニー先輩は基本的には研究室に篭りっぱなしです。ごく稀に、水の魔術の授業にだけ参加することがありますが」
「ば、バルヴェニー先輩の研究室ならすぐそこです! 案内します!」
「お詫びとしてですけどねー」
リズとベルはアイルの失礼な言動を挽回すべく、素早くバルヴェニーの研究室がある方向を指差して先頭に立つ。
二人が案内をする為に広場の外に向かうと、ストラスとエライザが隠れているのがバレてしまった。
「あれ?」
ベルが首を傾げながら二人を見ると、ストラスとエライザは気まずそうに出てきた。
「成る程。ここにアオイ先生一人じゃ辿り着けないですからね」
コートがそう言って苦笑すると、ストラスは腕を組んで頷く。
「バルヴェニーならば俺が時々研究を手伝っている。話を聞くなら一緒に行こう」
「ストラス先生が?」
アイルが不思議そうに聞き、エライザが代わりに答える。
「バルヴェニー君の研究は、天候操作だからですよ」
そのエライザの言葉が耳に残ったが、何も言わず、私は皆とバルヴェニーの研究室へ向かった。
バルヴェニーの研究室は小さいが、比較的新しい建物だった。一階建のこじんまりとした造りだが、石と木を組み合わせた頑丈そうなものだ。
扉は木製らしく、ストラスがノックすると音が良く響いた。
暫く待っていると、ガラガラ声の返事とともに、扉が開かれる。
「はーい……どちらさん?」
ガラガラの男の声でそう言って、長髪の男が顔を出した。ウェーブのかかった暗いオレンジ色の髪の男だ。無精髭と細い枠縁の眼鏡を掛けているが、不思議と不潔な感じはしない。
バルヴェニーらしき男は私やアイル達を順番に見ると、ストラスで視線を止めた。
「……今日は随分と大所帯で。何かありました?」
バルヴェニーが面倒くさそうに聞くと、ストラスは無表情に頷く。
「新任のアオイ先生のことだが、彼女の授業を邪魔しようとしている人物がいるらしい。知っているか?」
「た、単刀直入ですね、ストラス先生」
「流石……」
コート達がストラスの正面突破っぷりに驚きを隠せない中、当のバルヴェニーは私を見て疑問符を上げた。
「新任? 獣人にも見えないけど、男爵位の四女、五女とかですかね」
と、大雑把な返事がきた。それに眉根を寄せていると、ストラスが「いや」とバルヴェニーの言葉を否定する。
「アオイは貴族ではない。それなりに話題になっていたと思っていたが、知らないのか。平民出だが、異例の上級教員として採用されたんだぞ」
「…………平民出の上級教員? へぇ」
ストラスの言葉に、バルヴェニーは胡散臭そうに私の姿を見直す。
「……どっかの国の宮廷魔術師長でもないなら、グレン学長以来の大天才ってところですかね。それなら、一つ質問しても?」
「……質問?」
聞き返すと、バルヴェニーは口の端を上げた。
「天候を操作したいと思ってるんですがね、過去、既に実験で成功した魔術は何があるか知ってます?」
「晴れを雨にする祈雨魔術のみです。やり方は火、水、風の魔術を複合します。まずは十分な水を浮かべ、火で熱します。そして、風で気流を……」
私が解説していくと、バルヴェニーはポカンと口を開けたまま固まった。
バルヴェニーに起きた異変に首を傾げ、ストラスに助けを求めようかと顔を向ける。
ところが、ストラスやエライザも同様の顔で私を見ていた。
「ちょ、ちょっと待て! 祈雨魔術はどこかの国が秘匿している秘術と言われてるんだぞ? 何故、あんたが知っている?」
そこへ、バルヴェニーが興奮した様子で詰め寄ってくる。
肩を掴まれてがくがくと揺らされ、思わず苛立ちを覚えた。
「落ち着きなさい。雲の出来る仕組みを考えれば分かります」
「雲の仕組み? 雲が出来る理由か? なんだ、教えてくれ。仮説はあるが、あんたから聞いてみたい」
「いや、ちょっと、今は……」
「なんだ? 今からやってくれるのか? よし、何でも言ってくれ。手伝うぞ。個人的には雨を生み出すのだから、やはり水球が空に無数にあって……」
何度言っても揺らすのを止めないバルヴェニーに、私はついに拳を突き出した。
腹に一撃。水月やみぞおちと言われる人体急所である。
横隔膜に衝撃が走り、呼吸が出来なくなるのが特徴である。神経が集中しているのに肋骨などの内臓を守る骨が無い場所であり、筋肉の量も無関係だ。特に斜め上から打撃を受ければ、筋肉質だろうが肥えた人物だろうが悶絶する威力となる。
勿論、バルヴェニーも同様であった。
「く、ふぅ……っ」
吐いたまま吸えない呼吸。背中まで突き抜けた衝撃に体を丸めて地面に蹲るバルヴェニー。
それを見下ろし、私は口を開いた。
「……落ち着きなさい。分かりましたね?」
そう言うと、涙目で呻くバルヴェニーの代わりにエライザが乾いた笑い声と共に答える。
「……答えられないと思いますー……」
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