国王
謁見の間の前に到着すると、騎士三名が並んで扉の前に立ち、ノックした。
「ラムゼイ・ケアン侯爵の御到着です!」
大きな声でそう告げると、中から返答がある。
「承知した! 陛下は謁見を認め、お目通りをしてくださるとのこと! 感謝の心を持ち、入室せよ!」
「はっ!」
そんなやり取りがされて、扉は内側から開かれる。かなり特殊に感じたが、これが謁見の前に行われる挨拶のようなものだろうか? 毎回これをやるのなら大変である。
そんなことを思っていると、大きくて重そうな扉が大きく開き、中の様子が視界に入ってきた。地面には真っ白な毛皮の絨毯が敷かれた広間だ。石柱はそれほど太くないが、等間隔に多く並んでいる。天井が高く、幾つも旗がぶら下げられていた。旗はそれぞれ色も紋様も違うようだ。
他の城とはまた趣が違う。そんな広間を、案内人である騎士三人が先導して歩き、次にラムゼイが足を踏み入れた。
「わしらも行くかのう。それじゃあ、わしとアオイ君、フェルター君が先頭で、次にモア君とオーウェン。それ以降は教員、生徒の順番で並んでいくぞい」
「分かりました」
小さな声でグレンに指示をもらい、軽く頷いて返事をした。言われた通りに縦長の列を作ってラムゼイの後に続いていくと、まず絨毯の柔らかさに驚く。毛足が長い絨毯だと思ったが、かなり厚手だ。
「……これは、過去の国王が討伐した白狼と呼ばれる大きな狼の魔獣の毛皮です。ドラゴンに匹敵する強大な魔獣でしたが、それを王は御一人で討伐されたとのことです」
絨毯を見下ろしながら歩いていると、小声でモアがそう教えてくれた。なるほど。ドラゴン並みの魔獣。よほどの大きさだったのだろう。一体の魔獣の毛皮だと聞けばその大きさも想像に難くない。そして、そんな魔獣の毛皮が敷かれていることに、魔獣と戦ったことのある者は脅威を覚えるはずだ。
ある意味で、ブッシュミルズ皇国の強さの象徴になっているのだろう。だが、絨毯の続く先には階段があり、最上段には空の椅子が置かれていた。まだ国王は姿を見せないようだ。
絨毯の柔らかさや大きさを確かめながら歩いていると、向かう先でラムゼイ達が立ち止まった。そして、その場で片膝を突いて頭を下げる。
「わしらも頭を下げるぞい」
「はい」
グレンに小さく指示を受け、その場で腰を落とし、片膝を突いた。そっと後ろを確認すると、皆も同様の格好で待機している。準備が出来たと判断されたのか、階段の下に待機していた騎士が声を上げた。
「陛下が御出でになられる! 低頭せよ!」
その言葉を聞き、深く頭を下げる。すると、広間の奥を複数人が歩いて行く足音が聞こえた。そして、騎士が皆に声を掛ける。
「皆、面を上げよ」
それまでと違い、低く厳かな声だった。その言葉を聞いて顔を上げると、空席だった階段の上の椅子に人影があった。
まず目につくのは長い髪だ。金髪が主だが、毛束が黒い部分も多くあった。そして、頭の上には少し丸みのある黒い毛の耳がある。そして、次に目につくのはラムゼイよりも大きな巨躯だ。年齢は五十歳前後ほどで少し太っているようだが、鍛えこまれた肉体であることは一目で分かった。拳など、私の顔ほどありそうである。
王の服とは思えない軽装だったが、その威圧感は間違いなく王に相応しいものだった。
「余が、ブッシュミルズ皇国の国王、マッシュ・ヘーゼン・ブッシュミルズである」
低い声でそう名乗り、マッシュはラムゼイを見下ろした。
「……よく来たな、ラムゼイ。だが、まだ武闘大会まで三ヶ月あるが?」
先ほどよりも親しみの感じられる声で、マッシュがそう言った。すると、ラムゼイは口の端を上げて不敵な笑みを浮かべる。
「陛下も変わらず、安心しましたぞ。これなら、次の武闘大会では本気で戦えましょう」
「ふっはっはっは! まるで今まで本気じゃなかったかのような台詞だな。だが、次も勝つのは余だ。残念だったな」
と、マッシュはラムゼイとじゃれ合うような会話をして笑った。どうやら、見た目通りに王は強者らしい。しかし、ラムゼイに勝ったともとれる言葉を聞き、思わず驚いてしまう。
ブッシュミルズ皇国の強者は尊敬されるという文化故だろうか。そんなことを考えていると、ラムゼイがこちらに顔を向けて口を開いた。
「陛下。本日の用件に移っても?」
「む? もうか。面白くない話だが、仕方あるまいな」
ラムゼイが挨拶から始まった雑談を打ち切って本題に入ろうとすると、マッシュは残念そうにそんなことを呟く。どうやらマッシュは至極正直な男のようだ。思ったことがそのまま口から出ているように思える。
そんなことを思っていると、ラムゼイはマッシュに我々の紹介をした。
「ヴァーテッド王国、フィディック学院より訪れたグレン・モルト侯爵。フィディック学院の学長でもあります。また、上級教員のアオイ殿とオーウェン殿、そして一般教員のストラス殿、エライザ殿。後はその生徒達と国境警備隊の隊長であるモアが同行しております」
「ほう。グレン卿は随分と久しぶりだな。今度こそ、余と力比べをする気になったか?」
「Oh……いや、わしはそんなつもりはないのじゃよ。今回は、アオイ君とオーウェンの要望で来たのじゃ」
グレンが困った顔でそう答え、マッシュは肩を揺すって笑う。
「わっはっは! 冗談だ! まぁ、いずれ気が向いたら余と戦うが良い!」
マッシュはグレンにそれだけ言ってから、次にこちらに目を向けてきた。
「さて、アオイ……アオイか。もしや、学院の魔女などと呼ばれる噂の魔術師か」
そう言って、マッシュは獰猛な笑みを浮かべて私を観察するように見下ろしたのだった。




