授業は好評だが……
なんだかんだ言って、授業は好評だった。
皆から質問を受けたり、各魔術ごとに解説していると一週間なんてあっという間である。
生徒の数は増えなかったが、来週は多少評判が口コミで広がるかもしれない。
そんな満足感と期待を胸に、私はストラスとエライザに誘われて打ち上げに行く。
「お疲れ様ですー!」
「お疲れ」
「お疲れ様です」
皆で挨拶を交わしてグラスを傾ける。ストラスは炭酸水で割った蒸留酒、エライザと私は果実酒だ。
「アオイ先生、初授業はどうでした?」
そう聞かれて、私は斜め上を見て考える。
「……そうですね。良い生徒に恵まれたお陰で、授業はとても順調だと思います。ただ、教員が毎回いるのが気になって……」
答えながら視線を戻すと、ストラスとエライザが視線を逸らした。
その様子に笑い、首を左右に振る。
「冗談です。初めての授業でしたから、仲の良いお二人が来てくれて緊張が解れました」
そう言って微笑むと、エライザが頬を赤くして笑った。ストラスは心なしか穏やかな顔になった気がする。
二人の様子に居心地の良さを感じつつ、私は口を開いた。
「皆さん楽しそうに受けてくれましたので、来週はもう少し人数が増えるか……楽しみです」
そう口にすると、二人はまた揃って眉尻を下げる。微妙な表情になった二人は、顔を見合わせてからこちらを見た。
そして、エライザが代表するように口を開く。
「……あの、一部の生徒が、その……」
「生徒?」
首を傾げると、エライザはどこか悲しそうに視線を彷徨わせる。
「……一部の生徒が、平民の授業を受けるなんて、と……」
「……平民?」
一部の単語を復唱すると、二人の顔が凍りつく。
「いや、俺が言ったわけじゃない」
「わ、私も言ってませんよ!?」
何故か異様に怯える二人に、私は溜め息を吐いて口を開いた。
「別に怒っているわけじゃありません」
「本当ですか?」
エライザがホッと息を吐いて言ったので、首肯を返す。
「もちろんです。平民なのは間違いではありませんからね。ただ、それが理由で授業を受けないというのは理屈が通りません」
そう言って、私は思わずグラスを握り潰した。エライザの「ぴっ!?」という奇怪な声を無視して、机を拭く。
「……魔術学院で魔術を学ぶ者が、なぜ教師の肩書きを気にして授業を選ぶのか。やはり、貴族意識というものが健全な学院の風紀を乱していますね。ちょっと、意識改革を行わねばなりません」
「……あの、一応、学院内の取り締まりは個人で勝手にやってはいけないというルールが……」
「授業と簡単な実験以外はグレン学長に話を通しておかなければならない。場合によっては別の人に取り締まりや注意、叱責を代理で行ってもらうこともある」
二人の説明を受けて、私は成る程と頷いた。
「教師、生徒問わず、同国贔屓や貴族の派閥などを関与させない為ですね。それならば、まずは学長に話をしにいきましょう」
答えると、二人は何とも言えない顔で眉根を寄せる。
「……学長をあまり困らせるな」
「む、無理は言わないでくださいね?」
「約束は出来ませんが、分かりました」
一応断っておくと、二人は何故か黙祷したのだった。
週初め。早朝から学長室を訪れた。どうやら、学長室はそのまま学長の寝室なども隣接しているらしく、ある意味学長の家を訪ねるような気分である。
扉をノックすると中からグレンの声がして、扉が自動で開かれた。
一人掛けのソファーに座るグレンは、どこか上機嫌に片手を上げる。
「やぁ、アオイ君。おはよう。良い天気じゃな」
いつになくフランクなグレンは嬉しそうにそんな挨拶をしてきた。「おはようございます」と挨拶を返して中に入ると、グレンは小気味良く笑い、頷く。
「最初はどうなるかと思っとったが、国王も大変満足して帰って行った。なんと、あのレア王妃がアオイ君を気に入ってのぉ。珍しいことじゃぞ。レア王妃は滅多に公の場では口を出さず、にこにこしとるだけなのじゃがな。これはと思う人物に対しては自ら確認をする。良い悪いは別にしてじゃ」
そう言うと、グレンは指を順番に立てながら続ける。
「大活躍しとる今の宰相もレア王妃が良いと感じて口添えした人物じゃし、何年か前に反乱を企てる伯爵一派の動きを計画実行前に止めたのも王妃の功績じゃ。その王妃に気に入られるのは凄いことじゃよ」
「そうなのですか」
返事をすると、グレンは何度か頷いて笑う。
「うむうむ。お、そうじゃ。今日は何の用事じゃったのかの?」
「はい。今日は改めてお願いがありまして」
かしこまって話を切り出すと、グレンは愉快そうに笑いながら首を左右に振る。片手には何か淡い琥珀色の液体が入ったグラスを持っている。
「良い良い、何でも言いなされ」
そう言われたので、お言葉に甘えることにした。
「ありがとうございます。先週から私も授業を始めたのですが、どうも参加する生徒の数が少ないのです。最初は新人の教師ですからこんなものかと思っていましたが、どうやら貴族派とやらの一派が何かしていると聞きました。なので、貴族派を潰す許可をください」
「ぷぅーっ!?」
と、口にした瞬間、グレンは口に入れたばかりの琥珀色の液体を噴き出した。
「えほっ、うぇほ……っ! つ、潰すまでしなくても良いと思うがの!?」
咽せながら何とかそれだけ言ったグレンに、私は静かに首を左右に振る。
「この貴族意識が問題なのです。学院で学ぶのに、貴族だから、平民だからと言っていてはおかしいと思いませんか? 学長のご意見を」
「お、おかしいと思います」
同意は得られたので、話を続ける。
「勿論、首謀者を叩き潰す訳ではありません。嫌がらせをしているようなら、その企みを潰すのです。なので、まずは調査を行います。もしかしたら、高い身分でもって私の授業に参加しないように命令している人物がいるかもしれませんからね」
そう言って微笑むと、グレンは何とも言えない顔で唸った。
「……こりゃレア王妃に気に入られるわけじゃな」
「どういう意味でしょう?」
「ナンデモナイゾイ」
急にカタコトになったグレンに首を傾げつつ、私は一礼する。
「それでは。また調査で進捗がありましたら訪ねさせていただきます」
「承知」
グレンの妙に重苦しい返事を聞きつつ、私は学長室を後にしたのだった。
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