立体魔法陣
「これが左手の指輪にセットしている魔術ですね。これは中級相当なので、魔法陣もそこまで複雑ではありません。なので、宝石が小さくてすみます」
「……どこに宝石がある?」
「指輪の内側なので見えません」
そんなやり取りをして、講義室内は一瞬の沈黙に包まれた。首を傾げて質問してきた人の顔を眺めていると、グレンが目を輝かせて……いや、目を血走らせて迫ってくる。
「ど、どどど、どうなっとるんじゃ? ちょっと実際に小さく作ってみてくれんかの?」
そう言われたので、仕方なくもう一度一から魔法陣を作って見せる。
左手で平面魔法陣の外周を作り、右手で内側に魔法陣の回路部分を描いていく。もう何度も書いた魔法陣なら描く速度も速い。皆を待たせることもないだろう。そう思い、特級相当の炎の魔術を行使できる魔法陣を作成した。平面魔法陣を十一個備えた球状の立体魔法陣だ。ちなみに、サイズは小指の爪よりも小さい。直径五ミリ程度だろうか。
「この魔法陣を腕輪の鉱石部分に仕込んでいます。腕輪や服の内側であれば余裕があるので、これくらいの大きさになってしまっても問題ないと思います」
そう言って直径五ミリの立体魔法陣を皆に見せると、大半が信じられないものを見るような目で私を見てきた。
「……こんなの、人間に作れますか?」
「そりゃあ、アオイ先生が強いわけだね」
「魔力量さえあれば、どんな魔術も無詠唱でやり放題か」
そんな言葉を聞き、まるで自分がズルでもしているかのような気分になる。なので、眉根を寄せて抗議しておいた。
「この魔法陣の研究には相当な年月がかかっていますからね?」
私だって苦労しているのだ。そう思っての発言だったが、ハイラムからは溜め息が返ってきた。
「……普通の魔術師だって、十年とか二十年も頑張って一人前になっているからね。それでも一流の魔術師になれるかは分からないのに」
そう言われてしまうと、何も言えなくなる。しかし、黙って話を聞いていると、それまで黙って魔法陣を描いていたフェルターが鼻を鳴らして口を開いた。
「努力の量を訴えるほど無駄なことはない。誰もが努力をしている。求める結果に辿り着く為に最適な方法を見つけるか否かだけだ」
フェルターが低い声でそれだけ言うと、ハイラムも複雑な表情を浮かべていたが、結局何も言わずに押し黙った。世界一速く走れるようになりたいと思った時に、延々とスクワットをしたところで速く走れるわけではない。そう言いたかったのだろうか。とはいえ、かなり残酷な言葉である。フェルターらしい厳しい考え方だと言えた。
そんな感想を抱いていると、フェルターはふと思い出したように顔を上げた。
「……そういえば、今の球のような形の魔法陣をどこかで見た気がするな。どこだったか」
フェルターが一言気になる言葉を口にする。それに、誰よりも先にオーウェンが反応した。
「……なに?」
オーウェンが低いトーンで聞き返すと、皆の視線がフェルターへと向かう。それに、フェルターは動じることなく腕を組み、唸りながら斜め上を見上げた。
「さて、どこかは思い出せないが……子供の頃だったのは間違いない」
鼻から息を吐いてフェルターがそう答え、ロックスが頷いて口を開く。
「ならば、ブッシュミルズ皇国にいた頃か。それとも、フィディック学院に来てすぐか?」
「……古い遺跡のような場所で見たはずだ。ならば、ブッシュミルズでのことだろうな」
ロックスの質問が切っ掛けとなり、フェルターの記憶はより深く思い出すことが出来たようだ。それを聞いていたグレンが笑みを浮かべて立ち上がる。
「ほっほう! そりゃあ、あれじゃないかの!? 古代、魔術具が全盛だった頃の遺物じゃないか!?」
一気にテンションが上がったグレンに、他の教員たちも興味を持ち始めた。魔術具といえば、魔術師ならば実用としてだけでなく、研究の対象としても有用なアイテムである。また、上級以上の魔術を行使できる魔術具ならば、各国の国宝になるほど貴重なものだ。
その魔術具にも魔法陣が使用されているが、基本的に私やオーウェンが作った魔術具と同じく、外から魔法陣を見ることができない。だが、壊れたものなどは一部が魔法陣を見ることができる場合もある。それを調査していき、オーウェンも魔法陣の研究を進めたはずである。
つまり、古代では魔法陣は多くの国で研究されており、その技術力も相当なものであったと思われている。研究者が殆どいなくなってしまった現在とは違うのだ。
「古代の立体魔法陣、ということか」
上級教員の一人であるフォアですら関心を持ったように、小さくそう呟いていた。
「ブッシュミルズ皇国ですか。まだ行ったことがありませんでしたね」
そう口にすると、オーウェンも深く頷く。
「あの国は特殊な魔術体系だ。他国の魔術に関してもそうだが、魔術具の収集に関しても消極的だと思い、調査に行くことはなかった……盲点だったかもしれんな」




