初歩魔術概論
ヘネシーの講義に参加させてもらい、初等部の生徒達に対する講義のやり方が理解できた気がした。
まず最も大事なことは、子供が興味を持てるような楽しい講義を心掛けることだろう。子供は素直である。嫌なことや怖いことはしたくないし、反対に楽しいことや面白いことなら自分から進んで学習する。
以前のドラゴンの噂騒動で私自身も大きな学びを得たのだ。
だからこそ、今の私なら初等部の生徒達を相手にしても良い講義が出来るはずである。
「ヘネシーさんの講義はどうでしたか?」
中庭で新しい講義のアイディアを練っていると、エライザが一人で現れて声を掛けてきた。
「ヘネシーさんはとても分かりやすい講義をしていました。私も、ヘネシーさんの講義を見習って子供達が喜ぶような講義を検討中です」
「わぁ、良かったです! ヘネシーさんの講義は人気ですからね! 真似してみますか?」
「いえ、そのままでは意味が無いので、少しアレンジしようと思っています」
「え?」
私の言葉に一気に不安そうな顔になるエライザ。それを見て、慌てて手を左右に振る。
「危ないことはしません。子供達が怖がるようなこともしませんよ」
「本当ですか?」
不安を払しょくしようとしたのだが、エライザの目に疑惑の色が浮かんでいた。どうやら、以前の失敗を思い返しているようだ。
「大丈夫です。もう過ちは繰り返しません」
自信を持ってそう告げると、背後から男性の声が聞こえてきた。
「本当か?」
現れたのはストラスだった。エライザ同様、ストラスは目を細めて疑うような表情でこちらを見ている。
「ストラスさん」
名を呼ぶと、ストラスは近くまで歩いてきて腕を組む。
「二人の姿が見えたから何をしているのかと思ったら、まだ初等部で講義をするなんて言っているのか。初等部の講義は既に多くの教員が参加している。アオイは上級教員なんだから、高等部向けの高度な魔術講義をする方が良いだろう」
と、ストラスは諭すように言ってきた。それに眉根を寄せて自分の考えを述べる。
「いえ、私はそうは思いません。この学院で教えている魔術は私のやり方とは少し違いますので、初等部、中等部、高等部でそれぞれ魔術概論、魔術の実習基礎と応用などを段階に分けて行えたなら、恐らく相当な効果が出ると考えています」
「ふむ……しかし、それだと通常の魔術とアオイの魔術を同時に学ぶ生徒は混乱してしまうことだろう」
「むむむ」
ストラスに言われて、確かにと納得してしまう。現在の詠唱をメインにした魔術の基礎は、魔法陣から着想を得た私やオーウェンの魔術とは大きく違う。そもそも、詠唱を形式的にとらえて使っている段階で考え方が違うのだ。
恐らく、強い魔術を扱うならばオーウェンの考えだした魔術の方が優秀である。しかし、誰でも扱うということを念頭に置いて考えるなら、詠唱する魔術を形式的に学ぶ方が個人差は出ないし、科学的な知識なども不要だ。
「……それでは、今のまま学びたい人が学べる講義という形でいくべきでしょうか」
若干気落ちしながら答えると、ストラスは腕を組んだまま唸った。
「……そうだな。どうせなら前に言っていた魔法陣について学べる講義とかならどうだ? これなら、現在の魔術の基礎とは別で教えることが出来るし、初等部や中等部から講義を受けたいという生徒も出てくるんじゃないか?」
そう言われて、成程と手のひらを合わせる。
「そうでした。魔法陣の講義をしようと思って忘れていました。それなら、確かに詠唱する魔術と混同してしまうこともないと思います。ストラスさん、とても良い提案ですね」
ストラスのアイディアに喜んで新しい講義の内容を考え直す。ドラゴンのブレスを疑似的に模倣する魔術を考案して、初等部から高等部までの数年で使えるようになる講義などを考えていたが、ストラスの考えた講義の方が遥かに応用性があるし、学院のレベルアップにもつながりそうだ。
「魔法陣……そうですね。それでは、各属性の魔術を扱う為の魔法陣の構成を説明する基礎講義と、中級以上の魔術を発動する魔法陣の講義、後は特殊な効果を発揮する応用編なども良いかもしれません。癒しの魔術もありますから、これは需要がありますよね?」
尋ねると、ストラスが答えるより早くエライザが前のめりになって口を開く。
「それは私も聞きたいです! 是非とも魔法陣の講義をやりましょう! 今すぐやりましょう! さぁ!」
「ちょ、ちょっと待ってください。まずは魔法陣の考え方を教える講義から検討しないと……」
「アオイさんなら大丈夫ですよ! さぁ、一緒にグレン学長のところへ!」
「え? 今からですか? 流石にいきなり新しい講義の提案は……もう少し内容を練ってからにした方が良いと思いますが……」
「いえ、大丈夫です。私がグレン学長に説明しますよ」
「え、エライザさんが説明するんですか?」
強引なエライザに手を引っ張られ、急遽グレンの下へ行くことになってしまった。そういえば、エライザは魔法陣を研究している最中だったか。初等部と中等部の生徒にも講義を聞いてもらいたいと思っていたのだが、まさかの生徒第一号がエライザになりそうである。
私は戸惑いながらもエライザに引っ張られて校舎の中へと入っていったのだった。




