アオイの名案③
「……他に何か噂が流れているのでしょうか?」
肩を揺すって笑うグレンを半眼で見て、改めて尋ねる。すると、グレンは再び分かりやすく狼狽した。
「そ、そそそ、そんなことはないのじゃよ」
グレンが手を左右に振ってそう答えると、アイル達も目を細める。
「絶対に嘘じゃない?」
「ねぇ?」
「グレン学長、汗すっごい」
三人からそう言われてグレンは乾いた笑い声を上げながら遠くの景色を見始める。
「……おお、もう今日の最後の講義も終わる時間じゃのう。一日はあっという間じゃなぁ」
そんなことを言って一人で頷いている姿を見て、グレンは口を割らないに違いないと察した。いずれは私の耳にも入ってくるだろうし、今は現状直面している問題解決を優先する。
「……まぁ、良いでしょう。それで学長。その噂を解決する為にお願いがあるのですが……」
そう前置きしてから自分の案を説明すると、学長室に驚きの声が響き渡ったのだった。
「……なんなんだ、これは」
「学生全員が集まる集会なんてありました?」
「いや、初めてだ」
居並ぶ生徒達を見回しながら、ストラスとエライザがそんな会話をする。そこには本日講義を受ける予定の生徒達の大半が揃っていた。初等部から高等部まで含めて全員である。
並びはグレンより指示されて教員が最前列に並び、その後ろに高等部、中等部、初等部が列を作っている。
ちなみに、私はグレンと並んで他の教員や生徒達と相対するように立っていた。距離は三十メートル以上離れているが、初等部の生徒達の顔が強張っているのが一目で分かる。
少し悲しい気持ちになりながらも、グレンに声をかけた。
「そろそろ始めましょうか」
そう口にすると、グレンは眉間にシワを寄せて渋面を作る。
「……本当にやるのかのう? 他に良案は無いんじゃろうか」
心配そうなグレンに、勇気付けようと声を掛ける。
「きっと大丈夫です。私が責任を持って安全に配慮します」
力強くそう告げたのだが、グレンの表情は変わらなかった。
「アオイ君の大丈夫は普通の人にとって大丈夫じゃないこともあったり無かったり……」
「なんですか?」
「イヤ、ナンデモナイゾイ」
何故かカタコトで返事をするグレン。それに首を傾げながら眺めていると、グレンが仕方なくといった様子で顔を上げた。そして、皆を見回しながら口を開く。
「……今日集まってもらったのは他でもない。わしの耳にも届いておるが、学院で流れている噂についてじゃ」
グレンがそう告げると、生徒達の中からざわざわと声が聞こえてきた。一方、教員の一部は私の顔を見ている。
「……アオイ、まさか……」
「アオイ先生……」
不安そうな顔はストラスとエライザだ。そして、無言で顔を引き攣らせているのはスペイサイドである。
だが、皆の不安や心配もすぐに吹き飛ぶことだろう。今回のアイディアには自信があるのだ。
そう思っていると、こちらをちらりとグレンが見てきた。それに力強く頷くと、大きな溜め息を吐いて、グレンは皆に対して口を開いた。
「……その噂とは、ドラゴンの噂についてじゃ。ドラゴンが近くにいるかもしれないと思うと確かに気になるかもしれん。ドラゴンが恐ろしいという声も聞こえておる。しかし、このフィディック魔術学院は世界最高の魔術学院といわれておる。その学院に通う生徒達ならば、ドラゴン程度を恐れてもらっては困るのじゃよ」
グレンがそう言うと、高等部の先頭に立つ生徒が挙手をして口を開いた。良く見ると、それはコートだった。
「……グレン学長。正直、各国の宮廷魔術師にでもならなければドラゴンを見る機会も無いと思います。それでもドラゴンがどれだけ強大な存在かは誰でも知っています。魔術を勉強中である僕達が恐怖心を抱くのは仕方がないことではないでしょうか?」
コートのその質問は一部の生徒達の声を代弁するものだったのか。高等部だけに関わらず、多くの生徒がしきりに頷いていた。そして、グレンもそのコートの言葉に大きく頷いてみせる。
「その通りじゃ。はっきり言えば、教員の中にもドラゴンを実際に見たことない者はおるじゃろう。そういった現状も、ドラゴンを怖がる原因になってしまっておるやもしれんのう」
コートの言葉に納得したように頷きながら自分の顎髭を撫でるグレン。だが、すぐに顔を上げて皆を見回した。
「じゃから、今日はその噂の主を実際に見てもらって、ドラゴンに対する偏見や余計な恐怖心を払拭してもらおうと思っておる。うむ! 中々ないぞい? 実際に安全な状況でドラゴンを見れるというのは、わしでも信じられないことじゃからな」
と、グレンは勢いで話を終わらせると、皆の反応や返事を確認する前にこちらに握手を求めるように手を差し出して話を振ってくる。
「それでは、アオイ先生。頼むぞい!」




