アオイの名案
湖の近くの長椅子に腰かけて、シェンリー達と話をした。我ながら情けないことだが、教員でありながら生徒であるシェンリー達に相談をしたかったのだ。
「それは、アオイ先生が悪いかも」
「ねぇ?」
と、アイル達は苦笑しながら答える。がっくりと項垂れつつ、頷いた。
「……分かっています。ただ、どうしても魔術について講義をしようとすると、手加減が出来なくて……」
そう告げると、リズが笑いながら口を開く。
「アオイ先生って、雷の魔術を教える時も最初から凄かったんですよね。最初は皆怖いから、少しずつ少しずつで良いんじゃないですか?」
ベルのその言葉にリズも同意する。
「そうだよね。私も火の魔術って最初は怖かったから、人差し指の先くらいの小さな火しか使えなかったし」
そんな会話をして、アイル達が笑い合う。しかし、どうもそこに違和感を感じた。
「私なら、最終的にどれくらい凄い魔術が使えるか知れた方がやる気になります。目標が定まるというべきでしょうか。いずれは自分もこれだけの魔術を使えるようになりたい、と……」
そう意見を口にするも、アイルが苦笑いをして肩を竦めてしまった。
「あはは……なんとなく、アオイ先生がどんな環境で育てられたか見えた気がする」
アイルのその言葉にリズとベルも苦笑しながら頷き、同意を示した。
「私の兄もそうだったけど、当主になるものとして……なんて事を言われて、凄い魔術を見せられてたっけ」
「これだけのことが出来るようになってもらわないと困ります、って感じかな?」
「そうそう! 特にコートハイランドは実力主義的なところがあるからね。すごい高い目標を最初に見せて、これくらいの実力に到達する為には他人よりも努力を……みたいな感じだったなぁ」
「そう思うと、アイルのお兄様は凄いよね」
「ああ、それは私も思う。気が付けばフィディック学院に入学するよりずっと前にその実力になってたしね」
三人はそんなやり取りをして笑い合う。アイルはどちらかというと呆れたような笑い方だったが、内側にはベルやリズと同じく、コートへの尊敬の念があるように感じられた。その様子をぼんやりと眺めながら、自分の行いを振り返る。
「……私がしていたことは、それほどプレッシャーを感じさせるようなことだったのでしょうか」
一気に不安になってしまう。自分は、相手が魔術を好きになってくれたらと思って様々な魔術をみせようとしていた、つもりだった。しかし、受け取り方が違えば私の想いは全く届かない。それどころか、真逆の方向へと進んでしまうのではないか。
そう思って俯いていると、ベルが両手を左右に振って慌てる。
「い、いやいや! アオイ先生の講義はそんなことないですよ!」
ベルがそう言うと、アイル達もすぐにフォローしようと口を開いた。
「アオイ先生がそうだとは言ってないですから!」
「そうそう! アオイ先生はそういう雰囲気じゃなくて、魔術を楽しんでいる感じですし!」
「……そうでしょうか」
アイル達が慌てふためく様を申し訳なく思いながら眺めていると、それまで黙って話を聞いていたシェンリーが真剣な顔で口を開く。
「アオイ先生は魔術が大好きだから、皆にも色んな魔術を見せて楽しんでもらいたいと思ってるんですよね?」
「そ、そうですね。私は、初めて魔術を見た時はとても感動したので……」
シェンリーの言葉に頷いて答えると、アイル達がシェンリーに拍手を送った。
「シェンリーちゃん、流石」
「すごい!」
「やっぱり困った時はシェンリーさんですね」
アイル達が下手な持ち上げ方をするが、シェンリーは滅多にない褒め殺しに顔を赤くして照れてしまった。素直な反応が可愛い。シェンリーは照れながらも、こちらに顔を向けて話を続ける。
「……アオイ先生はとても心の強い人なので、凄い魔術をいきなり見ても感動出来ましたが、小さな子供達は驚いてしまうかもしれません。だから、考え方を変えてみるとか……」
「考え方ですか?」
シェンリーに聞き返すと、眉根を寄せて珍しく難しい顔をして唸った。
「……例えば、初等部の講義に関しては講義と思わずにやってみるのはどうでしょう? 講義じゃなくて、例えば土の魔術なら皆が遊べる玩具をゴーレムで作ってみる、とか……」
そう言われて、腕を組んで成程と頷く。
「……確かに、講義だと思っていたから皆に色んな魔術の効果を知ってもらおうとしました。それが考え違いだったのですね」
シェンリーの言葉はスッと胸の内に入るように納得出来た。確かに、魔術を教えるという気持ちは強く持っていた。それが初等部の子供達を相手にするには早かったのかもしれない。
例えば水泳教室だ。水泳を覚えるといっても、最初からすぐに泳がせるようなことはしない。まずは水に慣れるということで、腰ほどまでの水位で水遊びをしたりするだろう。水に顔をつけるということもしない。ただ水で遊ばせるだけだ。
魔術の講義でも同じことが言えるだろう。
魔術は怖くないものと知ってもらうことから始まるに違いない。怖がっていたら扱うことも出来ないのだから、それは教育として正しい判断だと思う。そこまで思考が進み、ようやく私の頭にも閃きが訪れた。
「……良いことを考えました」