やっぱり?
可愛らしい造形の猫型ゴーレムに、子供達の目が輝く。
「うわぁ……!」
「可愛いっ!」
特に、女の子たちは今にも飛びつきそうなほどテンションを上げている。初めて前のめりで話を聞いてもらえて、私も思わず調子に乗ってしまった。
猫型ゴーレムをエライザの前に移動させて、皆に見えるように尻尾を振りながら解説をする。
「ゴーレムの特徴ですが、造り方次第では少なめの魔力量でも大きなゴーレムを動かすことが可能です。また、大きさで動かしやすさは変わります。大きければ大きいほど動かす為には魔力操作の精度が求められます。また、人型以外の形状だとある程度のイメージが大事となり、魔力操作も繊細なものになることが多いです」
そう告げて、猫型ゴーレムを動かした。
「つまり、最上級の手法で作られたこの小さな猫型ゴーレムは、魔力操作こそ繊細なものの極小の魔力量で動かすことが出来る、ということですね。その魔力量を多めに供給することで、動きにも変化が現れます」
皆が興味深く講義を聞いてくれている。そう思って猫型ゴーレムの性能を紹介した。その場を跳んだ猫型ゴーレムは、目にも止まらぬ速さで地面から天井、壁と縦横無尽に飛び跳ねて移動する。
突然激しい動きを見せる猫型ゴーレムに、生徒達が息を呑んで驚く。
「ふふふ……この猫型ゴーレムは見た目の可愛らしさとは反対に、豊富な魔力量で驚くべき運動能力を有しています。毛を再現する為の土の部分の内側にはミスリル鋼が使われている為、相当な防御力を持っていて、その重量を使って突進するだけでも岩盤を貫くことが出来る高い攻撃力を……」
そんな説明をしている内に、猫型ゴーレムは誤って窓へと衝突してしまった。本当は壁を蹴って戻ってくる動きの筈だったのだが、間違えて窓に行ってしまったらしい。
結果、窓は粉々になって吹き飛び、そのまま猫型ゴーレムが外へと飛び出していってしまった。
「あ……」
失敗した。そう思って子供達の反応を見ようと視線を向けたが、もう遅かった。
気が付けば、子供たちはもう目に涙をいっぱいにしており、最初の時と同じように壁際で寄り集まってガタガタと震えていた。
「……ちゃんとゴーレムが戻ってきていれば」
悔しい気持ちでそう呟くと、エライザが両手を振り上げて大声を出す。
「違いますー!? なんで、あんな激しい動きするんですか!?」
エライザが怒ったのでそちらに顔を向ける。それを隙とみたのか、子供達が一斉に講義室から駆け出していった。全力疾走で逃げていく子供たちの背を悲しい気持ちで見つめて、エライザに頭を下げる。
「……申し訳ありません。私の力が及ばず……」
「力が及びすぎなんですよ!? その場で猫型ゴーレムが寝転ぶだけで良かったじゃないですか!?」
両手を振り回してエライザが怒り、そんなことを言った。それに反論するのは間違っているが、どうしても気になって質問をする。
「そ、その……やはり、魔術師として、その魔術がどれだけの効果を発揮するかは知りたいのでは、と思いまして……」
「初等部は各属性の基礎と魔術を概念的に理解する過程です! そういうのは中等部以上ですし、アオイさんのゴーレムなんて高等部で説明しても分かってもらえません!」
「ご、ごめんなさい……」
エライザは完全にご立腹だった。これはどうしようも無い。ただただ頭を下げるばかりである。
こうして、ストラスに続きエライザの講義でも大失敗してしまった私は、久しぶりに本当に落ち込んだ。中庭の奥の静かな場所。小さな湖がある畔で椅子に座り、深く溜め息を吐く。
気が付けば、太陽は赤みが増しており、遠くの山へ沈もうとしていた。少しだけ吹いている風が冷たかったが、なんとなくそのまま風を浴びていたい気持ちになり、座ったまま空を眺め続ける。
「……もしかして、私は少しズレているのでしょうか」
誰にともなくそう呟き、再び細く長い息を吐いた。子供達がどんな風に感じるか。どのような反応をするか、予測することも出来ていない。確かに、地球でも高校の教員だったし、この世界でも十代中頃の生徒達と接することが多かったが、それにしてもあんまりだ。
文化祭では上手くいったと思っていたが、あの時とはどうも勝手が違う。
「……アオイ先生? どうしたんですか?」
ふと声を掛けられて、驚いて振り返った。
そこには、白い髪の可愛らしい獣人の女の子と、朱色の髪の女の子が立っていた。奥には、淡い金髪の子と水色の髪の子もいるようだ。
「シェンリーさん。それに、アイルさんとリズさん、ベルさん……皆さんこそ、どうしてこんなところに?」
驚いて尋ねると、アイルが湖を指差して答える。
「少し前にフェルター先輩が此処で瞑想しているのを発見して、たまに遊びに来てるんです。誰もいないから静かでゆっくりできるし」
「フェルター先輩がいたら黙って帰るけどね」
「そうそう。声かけれない雰囲気だし」
と、アイルの言葉にベルとリズも苦笑しながら答えた。
「……アオイ先生。もしかして、落ち込んでますか?」
黙って四人の顔を見ていると、シェンリーからそんな声を掛けられて、思わず言葉に詰まる。シェンリーが気にかけてくれていることが、とても嬉しかったからだ。




