ロイルの来訪
それから一ヶ月。
ミドルトンとレアから借り受けた魔術具の研究はそれなりに進んだ。
ただ、魔術具の力は予想とは少し違うものだった。
「……新たな生命の創造、とは呼べませんね」
球状の魔術具を両手で持った格好でそう呟く。目の前には炎で形作られた大きな蜥蜴の姿があった。魔力を流し込んで魔法陣を起動し、炎の卵から炎の蜥蜴が生まれたのだ。その動きは本物のようで、何も指示をしていないのに首を左右に振ったり、小さな炎を吐いたりしている。
しかし、発動から構成されるまでを注視していれば、これは自分が作った精霊魔術の紛い物に近い存在だと気が付く。
この炎の蜥蜴には自我が無いのだ。恐らく、精霊魔術は魔術的な考え方が根本的に違っている。何もないところに魔力を用いて生命を誕生させるという考え方では辿り着かない筈だ。
そう思い、精霊魔術に精通しているラングスにも見てもらった。
「どうですか?」
そう言って尋ねたところ、ラングスは興味深そうに炎の蜥蜴に顔を近づけている。
「……面白い。そして、可愛い。この魔術を是非教えてもらいたい」
「いえ、魔術具によるものですので……」
欲しかったものとは違う感想をもらい、困惑しつつそう告げる。まぁ、もう少し分析すれば似たような魔術を使えるとは思うが。
そんなことを思っていると、ラングスは炎の蜥蜴観察に満足したのか、立ち上がって口を開いた。
「私からすれば、このような魔術の方が興味深い。なにせ各属性や効果ごとに魔術の構成や考え方が大きく変化しているのだ。それに比べて、我らの精霊魔術はどの属性も考え方は同じだ。それぞれの精霊世界から力のある存在に力を貸してもらい、魔術を行使している。精々言うなら、自身に向いた属性の方がより強大な精霊の力を借りることが出来るくらいか」
ラングスにそう言われて、ふと気にかかることがあった。
「……自分に向いた属性……」
私は、正確に言うなら、この世界に生まれたわけではない。
もしかしたら、精霊世界における相性というものが関係しているのだろうか。そうなると、私には精霊魔術を一生使えない可能性すらあるのではないか。
そんなことを思ってゆっくりと歩き回っている炎の蜥蜴を見ろしていると、研究室の扉を叩く音が聞こえた。
「……はい、どなたですか?」
返事をしながら外に出てみると、そこにはシェンリーの姿があった。
「あ、アオイ先生! ちょっと良いですか?」
少し慌てた様子でシェンリーがそう言ってから研究室にいるラングスにも気が付く。
「あ、ラングス先生も……」
「む? 私に何か用か?」
「あ、どうなんでしょう……もしかしたら、一緒に来てくれた方が良いかも……」
シェンリーのその言葉に、ラングスが口の端を上げる。
「良く分からないが、アオイが行くのならば同行しよう」
判断理由は分からないが、ラングスも同行するつもりのようだ。しかし、シェンリーがあまり会話をすることが無いラングスを呼ぶ事態とは何なのか。
「何かあったのですか?」
改めてシェンリーにそう尋ねると、眉根を寄せて口を開く。
「その、ロイルさんがアオイ先生を訪ねてきたらしくて……」
「ロイルさんが?」
シェンリーの言葉に思わず眉間に皺を作ってしまう。
「まさか、魔術具を買い取りに来たのでしょうか……」
ミドルトンは贈呈したと思っているかもしれないが、個人的にはこの魔術具はミドルトンとレアに借り受けている状態だ。売れと言われても売ることは出来ない。
もし売れと言われたらどう断れば良いだろうか。
そんなことを考えながらシェンリーに付いて行くと、学院の敷地外へと向かっていった。
「お疲れ様です。通りますね」
「おお、アオイ先生。いってらっしゃい」
受付のおじさんにいつものように挨拶をしつつ、敷地の外へと出る。すると、フィディック学院の前の広間に護衛を連れたロイルの姿を発見した。ロイルはこちらに気が付くと、護衛の女たちを引き連れて近づいて来る。
「……アオイ・コーノミナト。俺を覚えているだろうな」
「ロイルさん。お久しぶりです」
そう答えると、ロイルは鼻を鳴らして腕を組む。
「ふん。魔術具で上級教員の座を手に入れ、各国の王族とも便宜を図ってもらえるようになるとはな。どれだけ希少な魔術具を所持しているのか」
そう言ってから、ロイルは組んでいた腕を解いて左右に何かを手にした。三十センチほどの棒状の物と、両刃の短剣だ。どちらも金属製に見える。
「興味が湧いてな。お互いの持っている魔術具で勝負しようじゃないか」
「それは面白いですね。私も、ロイルさんがお持ちの魔術具には興味があります」
ロイルの意見に素直に頷いて答えた。すると、ロイルは口の端を片方だけ上げて凄みのある笑みを浮かべる。
「それは良かった。それで、提案があるんだが……」
「提案?」
首を傾げると、ロイルは両手に持つ魔術具らしき物を掲げながら口を開いた。
「お互い、魔術具を集めている同士だ。どうせなら勝負をして勝った方が相手の持つ魔術具を手に入れる、というのはどうだ? お互いが使うことが出来る魔術具は十個。降参するか、戦闘不能になったら負けだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。私は魔術具を使うところを見ることが出来れば問題ありません。わざわざ相手を負かして手に入れようとは……」
勝負をすることが決まったような調子でルールを説明するロイルに、慌てて勝負はしないと伝えてみる。ところが、ロイルは表情を変えずに首を左右に振った。
「勝負から逃げることは許さんぞ。国王とも親しくしている貴様には分からないだろうがな。魔術具を一般市民が手にいれる機会など皆無に等しい。こういった機会を除いて、な」
そう言ったロイルの表情は全く笑っていなかった。雰囲気からしても冗談とは思えない。
「本気ですか? 断ったら、力尽くで魔術具を強奪する、とでも?」
そう聞き返すと、ロイルは剣をこちらに向けて頷いた。
「貴様らは自分たちを特権階級だと我が物顔で魔術具を独占しているが、それに皆が従うとは思わないことだ」
ロイルはそう言って笑みを深め、話を続ける。
「……貴様らがどうして魔術具を独占しようとしているのか、俺は気が付いているぞ」
「独占する理由、ですか?」
何が言いたいのか意味が分からずに聞き返す。すると、ロイルは息を漏らすように笑った。
「自分達、王族や上級貴族の地位を確固たるものにするためだ。強力な魔術具は全てをひっくり返す力を秘めている。だから独占しているのだろう?」
「……それは一部の王族には当てはまるかもしれませんが、私はただの教員ですよ?」
誇大妄想めいたロイルの推測に、どうしてそうなるのかと事実を告げる。だが、ロイルには響かなかった。
「馬鹿を言え。改めて噂を収集したが、学院の魔女と呼ばれる最強の魔術師であり、異例の上級教員として迎え入れられた特別な存在。また、各国の王族や貴族にも伝手があり、エルフの王国でエルフの王にも認められた……これが普通の教員のわけがあるか。ああ、本当にどれだけの魔術具を持っているのか、楽しみで仕方が無い」
と、激しく思い込んでしまっているロイルはこちらの言うことに耳を貸す気配も無い。
「……仕方ありませんね。とりあえず、暴れて街を破壊しないように拘束だけさせてもらいます」
私はそう呟き、顔をあげたのだった。




