王都の支配人
王都を代表する高級な宿。それを知って宿泊したつもりだったが、部屋はまた想像以上に豪華だった。内装や設備もそうだが、何よりも寝具が素晴らしい。柔らか過ぎず、硬すぎないベッドは心地よく、すぐに寝付くことができた。
上等な寝具のお陰か、いつも激しくなりがちな寝癖も控えめである。
寝ぼけつつも洗面台の前で鏡を見て頷いていると、同室で宿泊したシェンリーが起きてきたのが鏡越しに見えた。何故か、私の後頭部を見て目を見開いていたが、音も無く何処かへ行ってしまった。トイレかもしれないので、そっとしておこう。うら若き乙女にわざわざ質問してトイレだと答えさせるのも酷である。
ぼんやりした頭でそんなことを考えつつ、寝癖を整える。水の魔術を使って頭をまるっと水球に潜らせて髪を濡らした後は、風と火の魔術でドライヤーの代わりをする。毎日やっているだけに、すぐに寝癖は消失した。
「あ、アオイ先生。おはようございます」
シェンリーが恐る恐るといった様子で洗面台の方へ入ってきたので、すぐに椅子を譲る。
「おはようございます。どうぞ、シェンリーさん」
挨拶を返して立ち上がると、シェンリーは照れ笑いを浮かべながら鏡の前に座った。しかし、既に髪型も整えた後に見える。
「……何処か直すところがありますか?」
気になって尋ねてみたのだが、シェンリーは左右に広がった髪を人差し指と親指で摘まんで眉をハの字にする。
「起きたばかりだったので、寝癖がすごくて……」
「え? 寝癖がすごい?」
シェンリーの言葉に驚いて髪をまじまじと見る。すると、シェンリーはアッという声を上げて両手を左右に振った。
「あ、いえ、ちょっと言い過ぎました。今日は寝ぐせはあまりない方です。えっと、すごいベッドで寝たからでしょうか。えへへ……」
「そうですね。私も今日は寝ぐせがあまりついていなかったと……」
「え?」
ロビーに行くと、もう全員が揃っていた。ストラスとエライザ、コートは一つのテーブルを挟んで座っており、グレンは一人掛けのソファーに座ってグラスを片手に何か飲んでいた。そして、支配人と副支配人の二人はロビーに向かう私とシェンリーを見て、腕を組んで立っている。
「遅いわよ!」
「まだ始まんないけど、先に行って打ち合わせしたいのよ!」
支配人達がぷりぷりと怒っている。
「すみません。とても良い部屋でゆっくりし過ぎてしまいました」
「そうでしょう!?」
「私たちも大好きなのよー!」
部屋を褒めると支配人達はコロッと表情を変えた。朝からテンションの高い二人に苦笑しながら相槌を打つ。すると、ストラスが立ち上がって口を開いた。
「ロックスは一度王城に寄ってくると言っていた。先にオークションハウスに行くとしよう」
「え? ロックス君?」
ストラスに言われて初めてロックスが不在であることに気が付く。
「……なんと、哀れな……」
グレンが何か小さく呟いていたが、よく聞き取れなかった。
「まぁ、良い。とりあえず、オークションハウスに行くとしよう」
ストラスが促し、他の面々も椅子から腰を上げる。支配人達は既に宿の出入り口へ移動していた。
「ほら! 早く!」
「私たちが案内してあげるわ!」
「……先に行け、先に」
二人のテンションについていけないストラスが疲れたようにそう呟くのを聞きながら、皆でオークションハウスへと移動する。
月末の大きなオークションだからだろうか。オークションハウス周辺は既に多くの人で賑わっていた。王都の人口は良く分からないが、何かのイベントかと疑うほどの人数である。
「こんなの並んでらんないわ!」
「私らは裏口から入るわよ!」
「裏口?」
支配人達はあまりの人数に辟易した様子でそう言った。聞き返すと、手招きをしながら先にさっさと歩き出す。オークションハウスの正面から右回りに回るようにして裏側に移動し始めた。
「ああ、搬入口の方から入るのか」
「違うわよ!」
「搬入されてたまるかってのよ!」
「何で怒ってるんだ!」
何がキッカケになったのか、支配人達が怒り出し、ストラスも怒り返す。もう定例の流れとなってきた為、皆の反応も薄い。
「ほほう。仲良しじゃのう」
「そうですよね! 私もそう思ってました!」
「ストラス先生が感情をあんなに出すのは珍しいですね」
グレン、エライザ、コートがそんな感想を口にする。それに苦笑しつつ、支配人達を見て口を開く。
「裏口はもっと奥ですか?」
「その通りよ!」
「黙って付いてらっしゃい!」
質問に答えてから、二人は再び奥へと歩き出す。
ドラゴンを搬入した出入口を通り過ぎて、建物の裏側へと移動する。すると、奥には入口とは全く違う、小さな金属の扉があった。黒くて物々しい重厚な雰囲気の扉だ。明らかに警戒心を抱かせるような扉を見て訝しく思っていると、支配人はその扉をノックして口を開いた。
「メーカーズ!」
「私よー! ワイドとタキーよ!」
支配人達は扉をノックしながらそんなことを言った。ここで初めて支配人達の名前らしきものを聞いた気がする。
「ワイドさん?」
「私よ!」
名を呼ぶと、髭の中年男性が両手を挙げて振り返った。
「タキーさん?」
「私よー!」
名を呼ぶと、両手を広げて中年女性が振り返った。面白い二人である。
「お前ら、そんな名前だったのか」
ストラスがそう呟くと、ワイド達は示し合わせたようにその場で転倒した。
「あんたもかい!」
「今更知ったってかい!?」
二人が素晴らしいリアクションでストラスに突っ込む。どれくらいの付き合いがあるか知らないが、確かにもう相当付き合いが長そうではあった。まぁ、これも三人の掛け合い漫才のようなものだろうか。
そうこうしていると、重厚な扉は内側から開かれた。
「うるさいな……なんで此処にいるんだ、お前ら」
低い声で文句を言いながら、大きな男が現れる。髪の毛が無い。いや、スキンヘッドというべきだろうか。眉毛も薄いせいでかなり怖い雰囲気である。見るからに筋肉質な体つきのスキンヘッドの男が険しい顔で地面を転がるワイド達を睨んでいる。ヤクザかマフィアにしか見えない風貌だ。
「メーカーズ! 今日は私らもオークションに参加するわ!」
「よろしくね!」
「あぁ?」
メーカーズと呼ばれた男は二人の言葉に低い声を出した。
「……お前らがわざわざ二人で来るってことは、何かやばいやつが出品されるのか?」
メーカーズは不審そうにそう呟いた。それにワイド達は立ち上がって鼻を鳴らすと、揃って胸を反らせる。
「知らないの?」
「今回のオークションにはロイル・ウェット・サルートが参加するのよ!」
二人がそう告げると、メーカーズが目を鋭く細めた。
「何を言っている。ロイルはこの前のオークションに参加していたぞ。街を出たと聞くし、今日のオークションには間に合わないだろう」
「それが、このアオイちゃんがロイルを送ってあげたみたいなのよ!」
「凄いんだからね!? 空を飛んでビューンよ!?」
「……冗談かと思ったら、本当に空を飛んで移動したのか? それじゃあ、今日の目玉の魔術具を競り落としに来るってことか」
メーカーズはそう言って、こちらに顔を向けた。
「それで、あんたがアオイ・コーノミナト。フィディック学院の上級教員ということだな」
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