ロイルとの旅
落札後の手続きについて話し合った後、再び受付へと戻る。すると、そこには腕を組んで立つ小柄な男とそのお供が立っていた。
「遅かったな」
「ロイルさん」
待っていたのはロイルだった。何かの紙を二、三枚持って片手でぺらぺらと揺らしている。
「落札した側の方が手続きは面倒な筈なんだがな。今回は納品から何から全て決定済みとかで早く処理が終わったよ。手数料は通常通り二割だがな」
鼻を鳴らしてロイルがそう告げると、クリークが恭しく頭を下げる。
「ロイル様のような豪快な方々のお陰で我がオークションハウスは成り立っております」
「上客だろう? 今後は専用の席と酒でも用意しておいてくれ」
軽口を口にしつつ、ロイルはこちらに向かって歩いてくる。
「……ドラゴン一体。まぁ、あれだけ良い状態のドラゴンなど見たことがないからな。もしかしたらお買い得だったのかもしれん。しかし、俺があのドラゴンを落札した狙いはドラゴンだけじゃない」
「……それ以外に、何か狙いが?」
聞き返すと、ロイルは笑みを浮かべて私の顔をジッと見据えた。
「あんただよ、アオイ。あのドラゴンを運ぶのはアオイという噂の魔術師本人だと聞いて、必ず落札すると決めた」
「え? 私が運ぶとは言われて無かったと思いますが……」
そう尋ねると、ロイルは鼻を鳴らして口を開いた。
「落札したらドラゴンはオークションハウス側が運ぶ手筈を整えているって言ったんだ。そんなことは異例中の異例でね。すぐに声を掛けて質問したんだよ。そうすると、あの天才魔術師が直接運ぶ、なんて話が聞けたのさ」
「なるほど」
ロイルの説明に頷き、納得した。確かに、落札する側としては生きたドラゴンを運ぶ方法も、誰が運ぶのかも気になるだろう。
そう思っていると、ロイルは腰に手を当てて顔を上げた。
「長話は良い。俺がドラゴンを運んで欲しいのはコウスキーの街だ。あそこには俺の別荘がある。街の近くには森があってね。最近、魔獣が街道にまで出てくるから面倒なんだよ」
「ドラゴンを置いて、魔獣除けに?」
「ドラゴンの唸り声でも聞こえたら何も寄ってこないだろう?」
「まぁ、それはそうかもしれませんが……」
ロイルの言葉に何とも言えない気持ちで返事をする。それならば、別にドラゴンでなくても十分だろう。森の浅い場所に棲む魔獣は中型までだ。そんなことを考えていると、ロイルは焦れたように手を振った。
「もう良い。とりあえず、すぐに準備をしてくれ。馬車で一週間かかる距離なんだ。明日には出ないと目当てのオークションに参加できなくなる」
「分かりました。それでは、すぐにでも出発しましょう」
どうすれば良いか決まり、ロイルの言われた通りに急ぐことにした。こちらとしても早く行動をしようと思っていたのだ。話が早いのは助かる。
「アオイ様。それでは、会場へ。ドラゴンを外まで運びましょう」
クリークに促されて、全員で会場へと戻る。
ドラゴンはすっかり檻に馴れたのか、大人しく横になっていた。これなら、すぐに眠らせることも出来るだろう。
眠りの魔術をかけて、状態を確認してから檻を開放する。
「……本当に大丈夫なんだろうな」
背後からロイルに声を掛けられたが、問題ないと伝えた。ストラスとエライザも冷静な為、ロイルは眉間に皺を寄せつつも黙って少し距離をとる。
邪魔されることなく作業出来たお陰で、ドラゴンを外まで運ぶのに五分も掛からなかった。
しかし、オークションハウスから出たところで周囲から悲鳴があがる。
「……とりあえず、街道に出ましょう。ストラスさん、申し訳ありませんが、衛兵の方に移動することを伝えてもらっても良いですか?」
「ああ、構わない。十分後に移動してくれ」
雑用を頼んだのだが、ストラスはすぐに頷いて城門の方へ向かってくれた。
その背を見送っていると、ロイルが話しかけてくる。
「……さっきのドラゴンを移動させた魔術。あれは魔術具の力か?」
「はい? あぁ、空を飛んだり飛ばしたりすることが出来る魔術です。言語魔術でも魔術具でも可能ですよ」
素直に答えると、ロイルが興味深そうにドラゴンを見上げた。
「飛行か。実際に目にする時が来るとはな……その魔術具、いくらなら売る?」
「魔術具ですか? しかし、飛行するのは少し制御が難しいので、まずは言語魔術での飛行から始めたら良いかと……それでしたらお教えしますので」
「なに?」
飛行の魔術について告げると、ロイルは表情を曇らせた。その様子に違和感を覚えていると、エライザが口を開いた。
「もう十分経ちますよ! そろそろ行きましょう!」
「あ、本当ですか? それでは、ストラスさんを探しながら移動を開始しましょう」
エライザに返事をしながら、飛行の魔術を使う。
空に浮かべるのはドラゴンだ。
「同時にバラバラで飛行させるのは魔力の操作が少し難しくなってしまいます。申し訳ありませんが、皆さんにはドラゴンの背に乗っていただきます」
前置きしてから、全員を空に浮かべてドラゴンの背に乗せていった。そうこうしていると、こちらに向かってくるストラスの姿を発見する。
「ストラスさん、ドラゴンの上に乗せますよ」
「分かった」
それだけのやり取りをして、ストラスは無表情で空に浮かんでいき、ドラゴンの背に乗る。普通なら驚いたり躊躇ったりするだろうが、無表情なのがストラスらしい。
皆をドラゴンの背に乗せた後、自らもドラゴンの背に移動する。すると、ドラゴンの背の上では混乱した様子で何かしらのやり取りが行われていた。
「ろ、ロイル様……この状況は本当に……」
顔面蒼白で不安そうにしているのは、ロイルの護衛らしき女の一人だった。長い髪を後ろにまとめたローブ姿の女である。もう一人は軽装の鎧を着た女だ。どちらも二十代に見える。
「黙っていろ、マイラ。どれも魔術具の力なのだ。心配する必要は無い」
マイラと呼ばれた長い髪の女は、それでも不安そうにもう一人の女を見る。鎧を着た女の方が背が高い為、見上げる形となっていた。
「ジェレ……」
そう呼ぶと、ジェレと呼ばれた女は顎を引く。
「大丈夫。二人でドラゴンを倒したこともあるでしょ」
「こ、こんなに接近した状態じゃなかったから……」
二人はそんなやり取りをして、ロイルは面倒臭そうに鼻から息を吐いた。
そして、ストラスとエライザは大きな紙を広げてあれこれと打ち合わせを行っている。
「北に真っすぐでしょう?」
「そうだが、迷わないようにこの北部に続く街道に沿って行った方が良くないか」
「空から見下ろして移動するんだから大丈夫ですよ!」
「上から見る景色と地上で見る景色は違うぞ」
どうやら、二人は向かう先、コウスキーの街の場所や行き方を調べてくれているようだった。
それに気が付き、ロイルが遠くに見える森を指差す。
「速度がどれほどか分からんが、鳥型の魔獣に襲われないのであれば真っすぐにこの森の上を通過する方が早かろう。我々も魔獣を撃退するくらいは難なくできるからな。心配無用だ」
ロイルにぶっきらぼうにそう言われて、微笑みとともに頷く。
「分かりました。それでは、あの森を通過します」
応えてから、飛行を開始した。馬車で一週間。急げばすぐに到着するだろう。
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