生ける屍・ロックス
校舎裏に出て、まだ使っていない自分の研究室をミドルトン達に提供して、一先ず教室に戻る。
私に教育を任せたいなどと言われた気がしたが、まぁ教育は本来なら親が直接行った方が良いだろう。
それでも変わらなかった時は、私が厳しく教育するとしよう。
そう心に決めながら教室へと続く扉を開けると、皆の目が自分に向いた。
居心地の悪さを感じながらスペイサイドに頭を下げる。
「お騒がせしました。授業をお願いします」
そう告げると、スペイサイドは複雑な顔で頷き、生徒達を見た。
「……詠唱を一つ省略する場合ですが、中等部で詠唱の言葉一つ一つにそれぞれ意味があると伝えたと思います。その言葉を分解し、内容を保ちつつ文字を減らす必要があります。また、魔力を込める量も変化しますので、様々なパターンを試す必要があります」
そうスペイサイドが言うと、生徒達は一人一人が頷いて詠唱の分解を始める。
もう出来上がった三小節の詠唱を教えれば良いのにと思うかもしれないが、十人いれば十人分のやり方が見つかるのが魔術の難しさだ。答えが一つじゃない為、ようやく四小節で詠唱出来るようになった生徒が、学長ですら思いつかない発想をすることもある。
だからこそ、上級の生徒達は各々詠唱を省略する手法を練り、魔術の研究のやり方を学ぶのだ。
詠唱短縮に失敗しても、違う効果を発揮する魔術が完成することもある。その為、魔術研究者は各国に多くいる。
また、新しい魔術を生み出す糸口を見つけた者は、新たな魔術が完成するまで多くの苦労、苦悩をすることになる。魔術によっては広い土地が必要になるし、鉱石を用いた錬金に挑む者もいた。
今は教師に道を示してもらい、必ず解決する課題しか出されないが、自ら研究者となった者は終わりのない研究の道に足を踏み入れることとなる。
私はオーウェンの研究に協力していたから様々な魔術を学ぶことが出来たし、生み出すことにも貢献できた。
だが、根は研究者では無い為、苦労は理解できても気持ちは理解できない。
余計なことを言えば、学生の意欲を削ぐばかりか、傷付けてしまうこともあるかもしれない。
そう思って、授業ではあまり余計なアドバイスはしないようにしようと決めた。
私はスペイサイドの教える魔術を理解できていなさそうな生徒を見てみることにする。
最も苦戦しているのは、壁際に座る金色の髪を立髪のようにした大柄の少年だ。
フェルター・ケアンである。
「フェルター君は水が苦手ですか?」
確認すると、フェルターは面倒そうにこちらを一瞥した。
「……特段苦手というような科目は無い。だが、詠唱を減らすのは苦手だ。肉体強化なら得意だが」
面倒くさそうに言いはするが、フェルターは真面目に机に向かってはいる。ただ、ペンが進まないだけだ。
意外に真面目なのかもしれないなどと思いつつ、私はフェルターの隣に立った。
「何処が分からないのでしょう?」
「……分解が出来ていない。恐らく、この詠唱はこの……」
「ああ、これですね。これは水の球を発生、こちらは圧縮、こちらは圧縮と球形の維持の為の回転、そして、発動のきっかけの為の部分と、発動しなければ消えるといった部分です。それぞれ効果をバラバラに考えてみて、一緒に出来そうならしてみましょう」
「……なるほど」
私が簡単な解説を一つするだけで、フェルターはすぐに構成を理解してみせた。魔術言語は特異な体系だが、法則さえ理解出来ればどの魔術も一小節くらいは短縮することが出来る。
フェルターは賢いので、真面目にやればすぐにコツをつかむだろう。
そう思って微笑んでいると、ひそひそと声が聞こえてきた。
「おい、魔女が笑ってるぞ……」
「まさか、フェルターは呪われたんじゃ……」
大変失礼な会話が聞こえ、私はそちらを確認する。複数名が首が千切れそうな勢いで顔を逸らした。
じっと睨んでいると、スペイサイドがわざと咳払いをして注目を集める。
「……授業を続けるが、その前にアオイ先生」
「はい?」
名を呼ばれて首を傾げると、スペイサイドは無表情に口を開いた。
「今言った内容……もう少し詳しく頼みます」
結果、気がついたらスペイサイドも生徒のようになっており、自身の研究のために様々な質問をされた。
スペイサイドの質問は生徒達からすれば高度な内容だったが、それでも良い勉強の種になったらしい。授業が終わる頃には皆が何かしらのヒントを得ていた。
中には、詠唱が一気に二小節短縮することが出来た生徒もおり、ある意味授業は大成功である。
「……憎らしいが、確かに貴女の魔術の知識は底が知れない。私は私の研究の為、恥を忍んで貴女に教えを乞いたい」
「ご遠慮いたします」
「……一時間の講義で、金貨二枚でどうだろうか」
「ご遠慮いたします」
何故か授業が終わってからも、スペイサイドが側で延々と変なことを口走っている為、私は逃げるように断りの言葉を発し、その場を後にした。
廊下を進み、さてロックスはどうなっただろうかと研究室に向かう。
すると、研究室の周りに近衛騎士がずらりと並んでいる光景が目に入った。
「……あの、ロックス君はどこに?」
そう尋ねると、近衛騎士達は無言で研究室を指さした。
「もう一時間くらい経ちましたよ」
確認のためにそう口にしたのだが、近衛騎士達は無言で頷くばかりである。
どうしたものかと思っていると、研究室の扉が開き、ふらふらと人影が現れた。
ロックスの筈だが、わたしにはそれがロックスとは思えなかった。
何故なら、僅か一時間で頬が痩け、腰は曲がり、怯えたような態度で周りを見ていたからだ。そして、私の姿に気がついた瞬間「ヒュ」と息を吸ったのか悲鳴なのか分からない音を発し、その場に座り込んでしまった。
あまりの変わりように、私は思わず手を差し出して声をかける。
「……大丈夫ですか? いったい、何が……」
「ひぃ、ひぃいあぁああっ!?」
近付くと、ロックスは悲鳴を上げてバタバタと手足を動かし、後退りをした。
唖然としていると、研究室の中から満足そうに微笑むレアと大笑いするミドルトンの二人が現れた。
「む、お待たせした」
「ありがとうね、アオイさん」
二人に声をかけられて、私はロックスを横目に口を開く。
「……何故か、ロックス君が異常に怯えていますが」
そう尋ねると、ミドルトンは深く頷く。
「敵を増やし過ぎてしまった統治者の話を交え、もし横暴なまま変われなかったら、どのような未来が待っているのか。細部までたっぷりと教えてやったのだ」
「怪我は私が治せるから、実地体験も交えたのよ」
二人がそう言って笑うと、ロックスはガクガクと震え出す。
「……やり過ぎでしょう」
私は呆れた声を出してそう言ったが、二人はまったく気にしなかった。
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