魔術研究
魔導の深淵。魔術師となった者ならば、一度は耳にする言葉だろう。
実際にそれが存在するのかは分からない。だが、魔術の研究をする者は皆、より深く、より深くと探究を続けている。
実際に、各国の魔術師達は言語魔術の基礎の幅を広げ、中級魔術、上級魔術の体系化にまで至った。これにより、一から魔術を学ぶ者達はレールの上を進むように上級までの魔術を習得することが出来るようになったのだ。近代の魔術研究では特級と呼ばれる魔術や、一部で口伝により伝えられていた癒しの魔術、無属性魔術、身体強化魔術などのオリジナル魔術も研究されている。
しかし、魔術研究者の殆どが研究途中で絶望してしまうこととなる。何故なら、魔導の深淵に辿り着くどころか、その深さがどれほどかも分からないままだったからだ。
一部の魔術師は魔導の深淵の探究は海に潜ることに似ていると言う。生身で海に潜ったところで、潜れる深さは数十メートルが精々だ。どこまで潜っても海の底がどこにあるかも分からない。
古代の遺跡から稀に発掘される魔術具が、一時期ではその研究の助けになるのではないかと期待されたことがある。言語魔術は口伝や書物を使って一から習得させるしかないが、魔術具ならば自身が研究したものを形にしてそのまま残すことが出来るからだ。その研究が進めば、やがては魔術具を用いて魔導の深淵に辿り着くのではないか、そう考えられた。
しかし、現実は思うようにいかなかった。魔術具の研究は遅々として進まず、人間の数十年という寿命では殆ど成果が出なかったのだ。特に、言語魔術で特級相当の魔術が各国で開発されてからは魔術具の研究は全くされなくなってしまった。
発掘される魔術具が、最大でも特級相当のものばかりだったからだ。研究した結果、魔術具は特定の文字や図形を用いて魔術を形にすると思われた。それならば、言語魔術と大差ないのではないか。そう判断されたのである。
結果として研究が継続されたのは、魔術具による照明や熱を発生する物といった生活用品ばかりとなった。
一方、即座に魔術が発動することや、魔術の効力を長期間継続できることに興味を持った一部の魔術師は、魔術具に使われている魔法陣の研究に人生を捧げている。
自分の師匠だからというわけではないが、そう考えるとオーウェンの才能は際立っていた。いくら長命なエルフだという部分を考慮したとしても、魔術具の研究を一人であれだけ進めたことは驚愕すべき功績だ。
惜しむらくは、オーウェンがその研究を唯々自らの知識探究の為だけに用いていることだろう。月に一、二度麓の村に訪れる行商人ですら、オーウェンの魔術具の驚異的な力を知ることは無い。魔術に関する深い知識の無い村人達は言わずもがな、である。
幸運にも、私はオーウェンに拾われて魔術を学ぶことが出来た。そのお陰で最上級の魔術の習得をすることが出来たと思っている。
日本で学んだ知識も役に立って研究が進んだと喜ばれたが、魔法陣の研究の一部に役立てた程度だろう。
もっと、役に立てたら良いのに。
育てられた恩もある。オーウェンの為に新しい情報だけでも届けられたらと思って、フィディック魔術学院でも研究を続けていた。
そんな折、転機は訪れた。
古代魔術と呼ばれる、エルフの精霊魔術との出会いだ。オーウェンは出生国の魔術だったからか、疑問を感じなかったようだが、もっとも科学的に解明が難しい魔術だと思う。
今の私に出来るのは似て非なる方法にて再現することだけだ。
「……精霊魔術。この研究が進めば、あるいは……」
今も研究が出来る日は毎日研究を続けているが、理屈が分からない魔術は簡単には解明できない。
エルフの王国の第一王子、ラングスの説明では、人間には認識できない他の世界から精霊と呼ばれる力のある生命を召喚し、使役するという。
この研究を進めることが出来たなら、また魔術研究は一つの深みに到達するのは間違いない。
取っ掛かりも見つけられずにいるが、いつかは私にも他の世界とやらを認識できる時が来るはずだ。
「……何か、見逃してしまっている要素はないだろうか。それとも、考え方自体が間違っている?」
今日も、精霊を呼び出す魔法陣の研究を続けながら、自問自答を繰り返す。なにか、切っ掛けが欲しい。研究の新たな切り口でも良い。なにか、切っ掛けが……。
 




