宿泊先
食堂に案内されると、寝室に少し似た雰囲気だった。分厚くて長いテーブルがあり、壁や柱には豪華な装飾が施されている。天井からは小さめのシャンデリアが幾つか吊り下げられているが、明るさは調整されているようだ。
周囲の柱に取り付けられているランプの明かりと天井からの明かりで、少しだけ薄暗く感じるのに雰囲気は中々良い。
椅子は背もたれが丸く、高さも背丈ほどもある。食堂なのにこんなに大きな椅子が必要なのだろうか。見るからに重そうだから使い難いと思うのだが。
そんなことを思っているとメイド二人が椅子を音もなく引き、こちらを見てきた。
「ありがとうございます」
一瞬戸惑ったが、私が座りやすいようにしてくれていることは明白なので、大人しくお礼を述べて椅子に座っておく。反対側ではグレンも同じように席についていた。すると、それを待ち構えていたようにテーブルの上に一気に料理が並べられていく。
メイド達が代わる代わる料理を持ってきてはテーブルに並べていき、あっという間にテーブルの上にはフランス料理のフルコースが全て並んだようになってしまった。
香草で包んだ大きな魚の姿焼き、見た目鮮やかな果物と野菜のサラダ。他にも鳥肉を野菜と一緒に蒸した料理や、野菜のパスタらしき麺料理とオレンジ色の温かいスープまであった。もちろん、グレンの要望した柔らかそうなパンも山盛りである。
「おお、これほど豪華な晩餐を用意してもらえるとはのう」
グレンもご満悦である。執事はその様子に満足そうに頷き、胸に手を当てて口を開いた。
「この施設は他国の重要な立場の方々を歓迎する為に建てられました。言い換えれば、この施設は王城と同様、我が国最高の歓迎をお客様に披露する場所なのです。お客様のどのような要望にも最大限の努力をいたします。その結果、お客様からお褒めの言葉を頂けたなら、それは私どもにとって最高の名誉となるでしょう」
執事がそう言うと、グレンは大きく頷き返す。
「うむうむ。フィディック学院に戻ったらカーヴァン王国は素晴らしい歓迎をしてくれたと伝えるぞい。それでは、さっそく頂くとしようかのう」
「そうですね。せっかく美味しそうなお食事ですし、冷める前に食べたいです」
グレンが執事とのやり取りもそこそこに会話を打ち切り、料理の数々に向き直る。ちょうど空腹だった私もそれに乗っかった。それを見て、執事は苦笑しながら一礼する。
「失礼しました。それでは、また何かご要望がありましたらお声がけください。お二人の邪魔をしないよう、最低限の人数のみを残させていただきますので」
執事はそれだけ言って、メイド達を連れて食堂から出ていった。残ったのはメイド二人だけだ。恐らく、グレンと私にそれぞれ付けてくれているのだろう。
「おお、これは美味いぞい! パンも風味豊かで良いのう」
と、気が付けばグレンは先に食事を始めていた。どうやら相当美味しかったようで、グレンは満面の笑みで食事を楽しんでいる。
「それは良かったですね。しかし、最初は何か仕掛けられたらと心配していませんでしたか?」
そう尋ねつつ、料理をフォークとナイフを使って切り分けていく。何となく気になった蒸し鶏にナイフの刃先を入れたが、驚くほど柔らかかった。ソースは白っぽい色合いで、少しスパイスの香りがする。
グレンはパンをもぐもぐ食べながら笑い、片手を左右に振った。
「いや、最初はそんな心配もしておったが、これだけ歓迎してくれていたら大丈夫じゃろう。皆良い人たちじゃし、料理もとても美味しいぞい」
と、グレンは嬉しそうに語る。どうやら、皆が優しく接してくれることでグレンの生来のお人好しが出てしまったようだ。まぁ、慎重さには欠けるが、とてもグレンらしい。
「それでは、私だけでも一応警戒しておきましょう」
微笑みつつそう呟き、そっと料理に魔術を使用した。見えないように、メイプルリーフ聖皇国の癒しの魔術の一つ、解毒の魔術を使ってみる。僅かに切り分けた肉が発光するが、ほとんど見えないだろう。
「……この魔術も不思議ですよね。毒というのは様々な種類があるものですが、物質的な毒は全て取り除けるというのは信じられません。毒と一口に言っても、それぞれ成分が……」
「おーい、アオイ君? おーい」
「はい?」
名前を呼ばれて、私は顔を上げる。すると、グレンが困惑したような顔で首を傾げていた。
「どうしたんじゃ。何かぶつぶつ言っておったぞい?」
「あ、申し訳ありません。ちょっと気になることがあって……」
そう答えて、ようやく切り分けていた肉を口に運ぶ。口に入れた途端、ソースの甘味とピリリとしたスパイスの味を感じ、肉を噛んだ瞬間に旨味の詰まった肉汁が口の中に広がった。味は意外にも中華に近いかもしれない。かなり手の込んだ料理のはずだが、味付けはくどくなく、いくらでも食べられるような感じである。
「これは美味しいですね」
「うむうむ、とても繊細な味じゃよ。わしのような上品な高齢者にはちょうど良いのう」
「ご機嫌ですね、グレン学長」
グレンはお気に召したのか、料理を次々と口に運んでいる。
先日食べたドワーフがオーナーをするお店の料理もとても美味しかったが、どちらかというとあの店の料理は美味しい個人居酒屋のような感じだった。対して、こちらは高級なレストランだ。上品かつ豊富な品数でどんなお客を相手にしても満足させることが出来るだろう。
多くの人は高級レストランを喜ぶに違いない。しかし、何となく私はあのドワーフの店の方が好きだった。
食事を終えて、グレンは満足そうに夜の挨拶をする。
「うむ、美味しかったのう。それじゃあ、わしは先に寝室で休むことにするぞい」
「はい、私はお風呂をいただいてから寝ますね。それでは、おやすみなさい」
そう言って頭を下げると、グレンはメイドに連れられて出ていった。
「アオイ様。それでは、湯浴みの準備をいたします」
「はい、よろしくお願いします」
メイドの言葉に同意すると、メイドは一礼して食堂から出ていく。結果、寝室以外で初めてこの建物の中で一人だけになる時間が出来た。
この状況を考えると、やはり我々を害するような気はないということだろう。もし監視以上のことを考えているなら、絶対に我々から目を離すようなことはしないはずだ。
そう思って少しホッとしていたのだが、すぐにメイドが食堂に入ってきた。
「ご準備が調いました」
「ありがとうございます」
いつの間に準備したのか。それとも既に準備していて、メイドが最終チェックをしただけなのか。僅かな時間で戻ってきたことを考えると後者なのは間違いないだろう。
メイドに連れられて食堂を出ると、廊下の奥へと案内された。
「こちらが女性用の浴室です」
そう言われて、広い部屋へ通された。どうやら脱衣所のようだ。それにしても、まさか来客用とはいえ男女別の浴室があるとは思わなかった。フィディック学院は特殊な環境であり、上級職員には浴室が付く。しかし、通常は貴族の家や王城ぐらいしか浴室、浴場と言えるような設備は無いのが普通である。
それなりの魔術師が常駐しているならハードルは低くなるが、もしかしたらあの執事やメイド達が魔術師なのだろうか。
そんなことを思いつつ、脱衣室で服を脱いで浴室へと入る。片開の扉を開けると、まず鏡のように磨かれた石の床が目に入った。そして、中心にある大きな丸い湯舟に驚く。
「……これは初めてですね」
そう呟きながら、湯舟の前に移動した。五人はゆっくり足を伸ばして入ることが出来るだろう。少し詰めれば十人以上は入れるような広さだ。お湯も沸かしたばかりのように湯気が立ち昇っている。
これは素直に嬉しい。
早く手足を伸ばして湯に浸かりたいと思って改めて浴室内を見回した。だが、身体を洗う場所が見当たらない。流石にこのまま入るのは気が引けるので、水の魔術で簡易的にシャワーを浴びるべきだろうか。
そう思っていると、不意に扉が外から開かれた。まさか誰か来るなどと思っていなかった私は思い切り身構えて振り返った。
「……お身体を洗いにまいりました」
「どうぞ、こちらに」
そう言って、メイドが三名入室してきた。それも、三人とも肌が透けるような薄い布を体に巻き付けている。まさかの事態に、私は身の危険を感じてしまうのだった。
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