【別視点】恐怖の魔女?
【ストラス】
生徒だけでなく、教員達の間でも恐怖の魔女の噂は広がっている。
ある者は、傍若無人だった王族を実力で叱り付けた正義の魔女だと言う。だが、ある者は平民が王族を相手に怒鳴りつけるなど極刑でも生温いと言う。
教員の意見はまた大きく割れた。
ヴァーテッド王国の報復を恐れて関わらないようにする者や、王侯貴族の在り方をアオイに教えようとする者はまだ良い。
学院が潰される可能性があるとして、アオイをヴァーテッド王国に差し出すべきとする者もいる。
共通するのは、悪感情を持つ者は皆、アオイを災厄の魔女と呼んだ。
「あの魔女が信じられないことをしたせいで、ヴァーテッド王国の国王が近衛騎士団を連れて来る」
「学院が潰されるぞ……!」
「いや、学長はヴァーテッド王国の貴族でもあるのだ。学院は何とかなるだろう。だが、学長が責任をとらされるやもしれん」
と、学院のいたる所で議論する声が聞こえた。
アオイを怖がる者、忌避する者が大半だが、面と向かって文句を言う者はいないようだ。
大騒ぎになってしまった為自粛しているのか、ロックスは三日ほど姿を消している。一方、アオイは何も気にせずにこれまで通り授業に参加していた。
「……三者面談。まさか、国王を呼びつけるとはな」
「本当に来るんですか……? 来ないですよね、まさか。一国の王が、そんな……」
「隣の街まで来てると聞いたが」
「ひぇえええっ!?」
悲鳴を上げるエライザを眺めていると、アオイが少し驚いた顔をして見せる。
「王都はそんなに近いんですか」
「感想はそこですか!?」
エライザが立ち上がって突っ込んだ。
すると、離れた場所で紅茶を飲んでいたスペイサイドが席を立ち、こちらに歩いて来る。
「……以前にも言った記憶がありますが、公共の場ではお静かに願います。貴方達は、食べる時は騒がしくしないといけないルールでもあるのですか?」
嫌味をチクリと口にするスペイサイドに、アオイはすぐに頭を下げた。
「すみません。静かにします」
簡単に謝ると思っていなかったのか、注意したスペイサイドの方が若干戸惑っている。
「しゅ、殊勝な態度は良いでしょう。さしものコーノミナト上級教員殿も、国王が実際に来るとは思わずに怯えているので……」
そう言って笑おうとしたが、アオイが真っ直ぐにスペイサイドを見上げていることに気が付き、グッと顎を引いて表情を引き締めた。
そして、苦笑する。
「……失礼。貴女は、そんな大人しい性格ではありませんでしたね」
肩を竦めてそう呟くと、スペイサイドは目を細めた。
「……もし、助けになりそうならば、私の侯爵家としての力を使って協力しましょう。今回だけですが、ね」
と、珍しくスペイサイドはアオイ側に立った言葉を残して、その場を去っていった。
これにはエライザも目を丸くしている。
いや、アオイ本人も目を丸くしていた。よほど意外だったのか、エライザと無言で顔を見合わせている光景は少し面白い。
皆は国王の来訪に戦々恐々としているが、俺はあまり心配していなかった。
国王の人柄を知っているということもあるが、グレン学長の発言力と影響力を考えれば、そうそう大きな問題になることは無いだろうと思っている。
問題は、学院内の方かもしれないな。
そんなことを思いながら、俺は果実水を口にした。
【シェンリー】
どうしよう。
私のせいで、アオイ先生が……私が、ロックス先輩に逆らったばっかりに、コート先輩まで怪我をして……。
ぐるぐると悪いことばかり考えていたら、更に悪い方悪い方へと思考は進み、自己嫌悪が酷くなる。
「私がいなければ……」
泣き出しそうになりながら、ぽつりとそう呟いた。
そこへ、優しげな声が聞こえてくる。
「貴女が何かしなくても、アオイ先生ならば結局こうなっていたでしょう。悔いる必要はありませんよ」
そう言って、コート先輩が隣に立った。
中庭で建物の壁に背中を押し当てて立っていたのだが、コート先輩はどうやって私を見つけたのだろう。
コート先輩を見上げると、笑顔が返ってくる。
「アオイ先生は生徒想いの人だと思います。シェンリーさんのことを恨んだりしません。だから、大丈夫です」
そう言ってくれたが、私は中々前向きになれないでいた。俯き、思わず思いの丈を口にする。
「……私は、ダメなんです。本当なら飛び級なんてせず、中等部にいなくちゃいけないのに……少し、魔術を覚えるのが早かったからって……高等部に上がれるって浮かれて、自分が凄く才能があるなんて勘違いをして……私なんて、この学院にいることも場違いなのに……」
情けない。
本当の自分を、弱々しい自分を他人に見せるなんて、恥ずかしくて情けなくて消えてしまいたくなる。
でも、我慢が出来ない。自分のことが嫌で嫌で、情けなくて情けなくて……誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
失望されるだろうか。馬鹿にされるだろうか。嫌われるだろうか。不安が胸の中を黒く染める。
しかし、コート先輩の笑顔は曇らなかった。
困ったように笑い、優しく頷く。
「大丈夫です。ほら」
そう言われて顔を上げ、指さされた先を見ると、こちらに向かって走ってくるアオイ先生の姿があった。
「何かありましたか?」
目の前に来て膝をつき、心配そうに私の顔を覗き込む。
「あ、い、いえ……そ、その、自分が、情けなくなっちゃって……なんでも……」
心から心配してくれている雰囲気が伝わってきて、私は涙が止まらなくなった。しかし、そこまで口にして、大事なことを思い出す。
「あ……ご、ごめんなさい……! わ、私のせいで、アオイ先生が……」
こんな時に自分のことばかり話してしまった。そう思って謝罪したが、アオイ先生は鋭く目を細めて首を左右に振る。
「シェンリーさんは関係ありません。ロックス君があまりにも乱暴過ぎたので、私の判断でご両親に来てもらっただけです」
「だ、だけど……」
「気にしてはいけません。これはただの三者面談です。王子とか、国王なんて肩書きは関係ないことです。だから、シェンリーさんが気にすることでは無いんですよ」
そう言って、アオイ先生は私の両肩に優しく手を乗せた。
間近で見るアオイ先生の目は、力強い光を放っている。あれが、信念というものだろうか。
何故かは分からないが、アオイ先生の言葉を聞くうちに、目を見ているうちに、何とかなるような気がしてくる。
アオイ先生ならば、どんな危機も乗り越えてくれる。アオイ先生ならば、私のことも救ってくれる。
無意識にそんなことを考えて、微笑んだ。
やはり、アオイ先生は凄い。私の英雄だ。
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